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【取材】第一三共のサステナビリティ(後編)

公益財団法人流通経済研究所
上席研究員 石川 友博
研究員 寺田 奈津美

こんにちは。後編では、ダイバーシティやウェルビーイング推進の取り組みや環境経営、投資家との対話、サステナビリティ経営の課題などについて、中編に引き続き第一三共株式会社サステナビリティ部の原田さん、有馬さん、山本さんにうかがったお話を紹介します。

※前編・中編はこちら👇


グローバルに展開するダイバーシティやウェルビーイングの取り組み

――ダイバーシティ推進や社員のウェルビーイングに関して、ここ1~2年で成功した取り組みや注力された取り組みはありますか?

山本さん:ダイバーシティの観点から言うと、「One DS Culture」の中でCore Behaviorsの一つとしてインクルージョンとダイバーシティに関わる項目が含まれており、この考えが社内で浸透してきていると感じています。実際、グローバルで年1回行われるエンゲージメントサーベイでもその改善が認められています。

サステナビリティ部 山本さん

山本さん:私も営業の現場にいた立場から、経営トップよりダイバーシティに関するメッセージが発信され、上述のカルチャーアンバサダーのような取り組みも含め、一連の流れによってそれらが現場にもしっかり伝えられ、ダイバーシティの推進が重要視されるようになってきたことを感じています。これにより、心理的安全性が向上し、以前よりも職場で意見が出やすい雰囲気になっていると思います。

 ウェルビーイングの観点から言うと、当社は健康経営を推進しており、今回初めて健康経営銘柄に選定され、外部からも高い評価をいただきました。
 具体的な取り組みの一つとして、当社オリジナルの体操を制作したり、メンタルヘルス対策として、従来の年1回のストレスチェックに加えて、全社員を対象とする年4回の従業員サーベイを組み合わせて社員の心理状態や健康状態を確認しています。そこで何か問題があれば、上司や周りの同僚からフォローが受けられる体制が整っています。また、働き方改革も進めており、以前と比べてもコロナ禍を経てテレワークが大幅に進み、また、多様な働き方が受け入れられ、その人のライフスタイルに合わせた柔軟な働き方が可能になってきています。有休が取りやすくなり、勤務時間もフレキシブルに設定できる環境が整ってきていると感じます。もともとフレックスタイム制などの制度は以前からありましたが、管理職を含め理解が深まり、これらの制度をより活用しやすい環境になってきていると思います。

 最近では、グローバルでのやり取りが増えてきたことにより、深夜の就業が増加していることが明らかになりました。そこで、海外の各社と調整し、グローバル会議の開催時間や実施方法に関してルールを定め、それを展開することで、勤務間インターバルをしっかり確保するように、現在もその取り組みを進めています。

全拠点での再生可能エネルギー導入でカーボンニュートラルに貢献

有馬さん:環境経営にはかなり力を入れており、スコープ1およびスコープ2の削減のために、再生可能エネルギーの導入を進めています。2022年度からは、国内の主要な事業所全てで再生可能エネルギー由来の電力に切り替えが完了しています。この取り組みにはかなり注力しており、現在すでに2025年度目標の水準まで達しています。当社は2025年に2兆円企業になることを目指していますが、目標が高まっても使用エネルギーを削減できている状態を維持しています。

第一三共の環境経営の概要

有馬さん:一方で、十分に取り組めていない課題は、ネットゼロを達成するところまでの具体的な手段が定めきれていないことです。ここは、社会の技術革新が待たれる領域でもあり、技術革新を促進するための私たちの関わり方を考えていかなければならないと思います。それでも、私たちは昨年8月にネットゼロへのコミットメントを発表し、2040年までに自社のプロセスから排出されるCO2をゼロにする目標に向かって動き始めたところです。
 それ以外にも、当社は健康に関わる企業ですので、環境汚染物質の排出を最小限に抑えることなどにも非常に注意を払った環境経営を行っています。

ESG説明会を通した投資家との対話 人的資本への関心高く

――情報開示やステークホルダーとの対話に力を入れてきているということでしたが、ここ1~2年でさらに注力したことなどがあれば教えてください。

原田さん:2021年度から継続して経営トップによるESG説明会を開催しています。また、昨年度は投資家との対話の機会を増やす方向性でIRと連携し、投資家との対話を積極的に行いました。その結果、昨年度は対話の機会がかなり増えたと感じています。さらに、バリューレポート(統合報告書)を発信し、皆さんの意見をヒアリングしています。

第一三共グループバリューレポート2023

――近年、特に時間を割いて議論されているホットなイシューはありますか?

原田さん:当社の場合、経営の関与度が高く、バリューレポートの作成にあたっては7~8回のミーティングを重ね、全てのページについてディスカッションを行っています。また、企画・構成においては、取締役会メンバーの意見も取り入れています。ESG説明会も同様に、経営と多くのディスカッションを経て内容を詰めています。

 一昨年度前のESG説明会にて、現在のCOOである奥澤がCFOとして登壇し、人的資本や知的資本などの非財務資本への投資や資本効率について説明を行いましたが、非常に多くの投資家が人的資本への関心を持っていました。
 研究開発型の製薬企業の将来を予測する上で何が重要かと言えば、やはり研究開発であり、イノベーションを生み出し、研究開発を推進するのは「人財」です。そのため、「人的資本についてどのような考え方を持ち、どのような経営を行っているのか、それがどのように成果に結びつくのか」といった点について、人的資本施策とそのアウトプット・アウトカム、企業価値へのインパクトパスをしっかりと整理して説明してほしいというニーズがありました。
 昨年度はそのニーズに応えようと議論を進め、バリューレポートやESG説明会でインパクトパスに近いものをご説明したという経緯があります。



第一三共の人的資本経営マネジメントサイクルの概要

――人的資本が生み出す価値のストーリーに焦点が当たったのですね。

原田さん:そうですね。それは非常に良い指摘で、サイエンス&テクノロジー(S&T)という強みがどのように生まれ、継続的にイノベーションが生み出される仕組み・施策はどのようなものかを整理する機会にもなりました。人的資本に対する各種施策がどのようにパイプラインの創出や育成(それが最終的にエンハーツのような大きな製品に繋がる)に繋がるのか、という点をしっかり深掘りしていこうと議論しています。

 第一三共らしさをどのように表現できるのか。内在する価値の可視化は難しい部分ですが、そこにチャレンジができれば面白いなと思っています。

――そうですね、どのように可視化されるのか非常に興味があります。

サステナビリティ経営の課題はグローバルなガバナンス体制、経営戦略との連動、人材育成

――サステナビリティ経営に関して、理想の状態を10点満点として、現状から1点上げるためには何をされますか?また、それを実行するうえで想定される障害とその対処法を教えてください。

原田さん:現状を1点上げるためには、グローバルなサステナビリティ推進体制の確立が必要だと思います。当社は日本、アメリカ、欧州を主要拠点とし、アジア・中南米にも複数の拠点があり、それらを最終的な目標に向けて取りまとめ、KPIをブレイクダウンして浸透させる必要があります。しかし、各地域での理解度に温度差があるため、各リージョンや事業ごとの役割と責任を明確化し、KPIに対してコミットしてもらえるような体制をいかに作っていくのか、サステナビリティ部としてどのように連携していくのか、という部分が今後の課題です。

 また、サステナビリティの経営戦略の連動をさらに進めるということも課題の一つです。業績管理制度によって、各リージョンや各事業の業績が決まり、それが各個人の報酬に反映されるので、そのマネジメントシステムと統合させ、報酬や人事制度にきっちり紐づけていくことができれば、完全に統合された状態が実現できるのではないかと思います。

――他にはありますか?

原田さん:サステナビリティ人材育成の面でも向上の余地があると思っています。サステナビリティ部門自体の専門性をより一層強化するとともに、理想としては、サステナビリティ部門で数年間、専門性を身に着けた社員がローテーションしていく、といったように各事業ユニットと連携して育成する体制があると良いと思います。そのような社内の仕組み自体の構築も必要ですし、サステナビリティを各ユニットにさらに浸透させるキーパーソンとなる、サステナビリティ人材の育成が課題です。

サステナビリティとは、社会課題をニーズとして捉え、イノベーションを通じてビジネスとして解決すること

有馬さん:社会が持つ課題やニーズに対して、儲かる課題やニーズについてはすでにどこかの企業が取り組んでいると思います。一方で、サステナビリティ課題は、今、社会が抱えている課題で企業がなかなか手をつけられない分野が多いと思います。しかし、だからこそ誰も手をつけていない分野はビジネスチャンスであって、今は儲からないかもしれないけれども、イノベーションによって儲かる仕組みを作れば利益を生む製品になるチャンスがあるというふうに考えています。ですから、サステナビリティも本質的には一種のビジネスニーズだと認識しています。その認識の違いをどう埋めていくのかということが課題だと思っています。

サステナビリティ部 有馬さん

――難しい課題ですが、認識の違いを埋めるための具体的な方法としてはどのようなことが考えられるでしょうか?

有馬さん:単純にサステナビリティ課題はニーズであると認識することからスタートできれば良いと思います。しかし、そのニーズに応えられる製品がなかったり、適正な価格で提供できなかったりします。そのニーズに応えられる製品が生み出せればビジネスになりますし、これまでコストが高くてどうしてもビジネスにできなかったものが、生産プロセスの革新により儲かる仕組みになれば、それはもうビジネスとして成立するということです。
 
――なるほど。社会課題をニーズとして捉えるということですね。また、そのベースにイノベーションがあると。
 
有馬さん:そうですね。当社のビジネスでいえば、患者さんのニーズに対して、まだ対応できていないものがたくさんあると思います。それに対応できる製品を開発することが、イノベーションであり、社会課題の解決であり、当社のビジネスでもあるということだと思います。だからこそ、患者さん目線で情報を収集することが非常に重要になってきます。

原田さん:社会課題解決型ビジネスと捉えるならば、ビジネスとしてリターン(利益)を求めることは当然だと思います。一方で、ビジネスを支え、後押しするCSRも非常に重要だと思います。経営資源は限られているため、中長期の企業価値向上のために取り組む課題には優先度をつける必要があり、それがマテリアリティでもあると考えていますが、さまざまなステークホルダーの意見を取り込み、議論を重ねていくことが大事だと思います。

――製薬会社における中長期というのは、創薬プロセス自体が10~20年かかる中で、具体的にはどのくらいの期間を想定しているのでしょうか?

原田さん:当社では、中期経営計画は5年間となっており、それは10年後のビジョンを見据えて策定しています。
 10年後を見据えて大きく舵を切っていく時など、資源の集中や配分などの計画をしっかりと立てていくことが極めて重要です。
 サステナビリティの観点からは、中長期的な視点を擦り合わせるためにステークホルダーと対話していく必要があると思っています。
 ステークホルダーには株主もいますし、さまざまな社会のニーズもあるため、ステークホルダー同士の利害の対立も想定されるかもしれない。その中で、より良い関係性を構築していくためにバランスを取りながら経営へ具申していくことに、サステナビリティ部の機能の重要性があると思っています。

まとめ

 今回は製薬会社・第一三共のサステナビリティ推進について、パーパスの浸透、KPIの策定、投資家やステークホルダーとのコミュニケーションなどについてご紹介しました。その中で、特に重要なポイントとして、以下の3点が示唆されました。

  1.   パーパスのグローバルな社内浸透:グローバル共通の企業文化「One DS Culture」の浸透を図るため、トップがタウンホールミーティングや動画でメッセージを発信し、各職場で職場会議を開いて1年間の活動計画を決めている。各組織のカルチャーアンバサダーがその進捗を管理するサイクルがあり、企業文化を体現している社員を表彰することで、モチベーションを高めている。

  2.  中期経営計画と連動したマテリアリティのKPI:経営戦略と連動したマテリアリティのKPIを設定し、目標管理制度の中で管理している。サステナビリティをニーズとして捉え、競争力や利益の源泉にしようとしており、その代表的な指標であるKPI「優先審査制度への指定数」は、第一三共の強みである革新的医薬品を創出する力を示している。

  3.  人的資本が価値を生み出すストーリーの可視化:現在のホットイシューは人的資本。投資家からも人的資本がどのように価値を生み出すのかというストーリーの説明を求められており、今後はそれをどのように可視化していくのかに挑戦していく。

 医薬品業界のグローバル企業・第一三共におけるサステナビリティ推進の事例をご紹介しました。業界が異なる、国内産業中心の企業でも、パーパスの浸透や、経営層から各職場への浸透の仕組みは参考になるのではないでしょうか。
 また、サステナビリティの取り組みは本業とは別の社会貢献ではなく、経営戦略の中心に位置づけられるべきで、KPIを業績目標と連動させ、報酬制度にも紐づけることで、全社員が一体となってサステナビリティを推進できる体制の構築が実現されるでしょう。
 最近では、非財務的価値、特に人的資本の価値が重要視されるようになってきており、その価値を生み出すストーリーを自社なりにステークホルダーに対して説明できるようになることが望ましいとされています。

――原田さん、有馬さん、山本さん、ありがとうございました!

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