【取材】明治が推進するサステナビリティと事業の融合(前編)
公益財団法人流通経済研究所
上席研究員 石川 友博
研究員 寺田 奈津美
今回は食品・医薬品メーカーである明治グループのサステナビリティの取り組みについて、詳しく取材した内容をご紹介します。明治ホールディングス株式会社サステナビリティ推進部の松岡伸次さん、池田祐一さんに2024年5月にお話をうかがいました。
「明治ROESG®経営」-サステナビリティと事業の融合を目指して
――貴社の経営や事業におけるサステナビリティの位置づけについてご説明ください。
池田さん:当社は2026中期経営計画のコンセプトとして、サステナビリティと事業のさらなる融合を目指し「明治ROESG®[1]経営の進化 市場・事業・行動の変革を通じた成長軌道への回帰」を掲げています。「明治ROESG®」は2023中期経営計画からの最も重要な経営目標であり、2026中期経営計画でも最上位の経営目標として掲げています。
[1]「ROESG」は一橋大学教授・伊藤邦雄氏が開発した経営指標で、同氏の商標です。
池田さん:「明治ROESG®」は、ROEと5つの評価機関からの評価によるESG指標の目標達成に加え、「明治らしさ」の目標達成がポイントに加算されるものです。この「明治らしさ」とは、「健康寿命延伸」、「タンパク質摂取量」、「インフルエンザワクチン接種率」などの明治が重視する社会課題を6項目設定しています。2023中期経営計画から、「ROE(事業業績)」と「ESG(サステナビリティ)」の両方の目標を達成することを私たちの一番重要な経営目標として継続して取り組んでいます。
池田さん:2023年度の実績としては、ESG指標ではMSCI ESG Rating、DJSI、FTSE4Good、CDP(Climate Change)、CDP(Water Security)の5つの評価指標すべてで目標を達成しました。2023中期経営計画がスタートする前の2020年度は、MSCI ESG RatingがBB、DJSIが52点と高い評価ではありませんでした。
2023年度の実績として、MSCI ESG Ratingは2段階アップしてAに、DJSIも15点アップして67点まで上がるなど、評価機関から非常に高い評価を受けることができました。このように、当社は環境問題やサステナビリティに関する評価指標とROEを目標に掲げ、事業とサステナビリティの融合を最も重要視し、その同時実現を目指して取り組んでいます。
松岡さん:現在、世の中ではSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)という概念が広まってきていますが、これはまさにROESG®のコンセプトと一致しています。私たちは、この度「SX銘柄2024」にも選定され、これからもSXを確実に実現していこうと考えています。
また、2026中期経営計画において、市場・事業・行動の変革について、以下の重点戦略を設定しています。
このうち、「成長事業への経営資源投入」と「安定したキャッシュ創出力の維持・強化」においては特に「サステナビリティと事業の融合」が重要と考えています。
池田さん:今までも、サステナビリティと事業の融合についてはずっと言ってきました。例えば、これまでサステナビリティへの投資がどうしても後回しになっていたところを、ESG投資枠のようなものを設けて優先的に投資する仕組みづくりはできてきました。しかし、実際の商品にそれを反映させることはまだ十分にできていません。
今後は、商品のコンセプトにサステナビリティを組み込んで、それを商品の強みとすることが次のステップです。そのような活動を通して、私たちサステナビリティ推進部は、当社の事業変革に貢献することを目指しています。
12のマテリアリティを通じてサステナビリティ活動を推進
――貴社のミッションやビジョン、マテリアリティ設定について教えていただけますか?
池田さん:明治グループは2026年に創業110周年を迎えます。創業以来培ってきた企業価値をさらに発展させるため、「明治グループのNEXT100に向けて 世界の人々が笑顔で健康な毎日を過ごせる未来社会をデザインする」というミッションを掲げています。このミッションのもと、明治グループサステナビリティ2026ビジョンを打ち出しました。
池田さん:このビジョンには、「こころとからだの健康に貢献」「環境との調和」「豊かな社会づくり」の3つの活動テーマがあります。それぞれのテーマには具体的な活動ドメインがあり、「こころとからだの健康に貢献」では「健康・栄養」や「安心・安全」が挙げられています。また、「環境との調和」には「脱炭素社会」「循環型社会」「水資源」「生物多様性」、そして「豊かな社会づくり」には「人財」「社会」があります。
さらに、私たちはカカオ事業や医薬品事業などを展開しているため、持続可能な調達活動が必要不可欠です。これを共通テーマ「持続可能な調達活動」として掲げています。
松岡さん:このビジョンは上のような図で構造化されており、その中で、私たちが取り組むべき社会課題としてマテリアリティ(重要課題)を位置付けています。今回の2026中期経営計画スタートにあたり、2023中期経営計画で特定した8つのマテリアリティに不足していた4つを追加し、合計12のマテリアリティを新たに特定しました。
これらのマテリアリティに優先順位をつけるために、縦軸にステークホルダーにとっての重要度、横軸に明治グループの事業における重要度の2軸を取り、ある程度定量化して評価し、下図のマトリックスを作成しました。
松岡さん:この図では、右上に位置する項目ほど優先度が高くなっています。最も右上にある「健康と栄養」は、事業を通じてお客さまの健康に貢献することを意味しています。その下の「製品品質の安全性・信頼性」は品質保証に関するもので、これもメーカーとして最も重要な項目です。
また、ステークホルダーにとって重要度が高い項目としては、「気候変動」や「医薬品の安定供給」も非常に重要です。明治グループにとって重要度が高いものとしては、「新興・再興感染症の脅威」や「多様な人財の成長と活躍」が挙げられます。
この12の重要課題は、約30のサステナビリティ課題を検討し、その中から厳選したものです。したがって、これらの12のマテリアリティはすべて重要であり、その中でも特に右上の6つの最重要課題に重点的に取り組むことに決めました。
取り組みの実行に関しては、これらの12のマテリアリティに基づいた具体的な活動計画を策定しています。目標設定についても、これらのマテリアリティに沿って、ある程度定量化でき、ステークホルダーが納得できるようなKPIを設定しました。
また、明治グループのサステナビリティ活動の基盤となるのが「サステナビリティの自分ゴト化」です。サステナビリティを社員全員が意識し、自分ごととして捉えることができて初めて「サステナビリティと事業の融合」が実現すると考えており、そのような風土の醸成にも取り組んでいます。
サステナブルプロダクツの推進-商品に社会的意義を持たせて、競争力を強化
――中小企業を含む多くの企業から「事業が最優先で、サステナビリティに取り組む余裕がない」という意見を聞きますが、「サステナビリティと事業の融合」における重要な考え方とはどのようなものでしょうか?
松岡さん:当社では、最近では一般的になってきている「経済価値と社会価値をトレード・オンにし、両立させる」という考え方を自社の基本戦略と位置付けています。
これまでの商品価値は品質や機能性、デザイン性などによって構成されてきましたが、今後はそれに社会価値が上乗せされるようになります。私たちはこの社会価値がサステナビリティ活動によって生み出されるものだと考えています。お客さまがこの価値を認識し、評価してくれれば、それが付加価値となってきます。
そこで、社内ではサステナブルプロダクツのようなコンセプトの商品を開発していく方針も話し合っています。商品に社会的な意義を持たせ、それを商品価値の一部として位置付けることで、自社の競争力を高め、独自のポジションを確立することを狙っています。この取り組みが可能になれば、サステナビリティと事業の融合を実現できると考えています。
今後、社会課題の解決が商品価値になってくると考えると、逆に、そうした社会価値を提供できない商品は市場で選ばれなくなる可能性があると考えています。したがって、私たちはこのアプローチを推進し、サステナビリティを事業戦略の競争軸の1つとして取り込んでいきます。
中小企業の皆様もすでにそのような取り組みを行っていらっしゃると思いますし、そのようなコンセプトの商品も存在はしているはずです。しかし、私たちはそれをさらに強力に推進していくつもりです。
松岡さん:例えば、この商品は「森をつくる農業」として知られるアグロフォレストリー[1]農法で作られたカカオ豆を使った「アグロフォレストリーチョコレート」です。
さらに、現在は実現していませんが、例えば「低炭素牛乳」なども将来的には可能になると考えています。また、海外の一部のメーカーでは「児童労働ゼロのチョコレート」を販売したりもしています。
私たちはこうした商品を積極的に展開し、これらを主力ブランドとして育てていきたいと考えています。
[1]アグロフォレストリーとは、アグリカルチャー(農業)とフォレストリー(林業)をかけ合わせた造語です。「森をつくる農業」と呼ばれ、森林伐採後の土地に自然の生態系にならった多種の農林産物を共生させながら栽培する農法です。自然へのダメージが少なく、持続的に長期間の土壌利用が可能になります。(株式会社 明治ホームページより)
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