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【取材】脳科学が拓くダイバーシティとサステナビリティの可能性~早稲田大学大須研究室の最新脳科学研究~(後編)
こんにちは。後編では、日本のコミュニケーションが苦手な人への不寛容や、ニューロマーケティングで本音を引き出す方法の研究、脳科学を活用して環境配慮行動を促す方法の研究などについて、中編に引き続き大須先生と土屋さんにうかがったお話を紹介します。
公益財団法人流通経済研究所
上席研究員 石川 友博
研究員 寺田 奈津美
※前編・中編はこちら👇
日本のニューロダイバーシティの課題は「コミュ障」への不寛容と過度な同調圧力
――日本では「コミュ障」という言葉があるように、コミュニケーションが苦手なことが悪とされており、それが同調圧力になっているように感じます。欧米の国々では、そのような人々も単に異なるコミュニケーションスタイルを持つ人として受け入れられているのでしょうか?
大須先生:そうですね。欧米の方が、そのような考え方が日本より定着していると感じます。
例えば、コミュニケーションが苦手でも、特定の能力や得意な分野を持つ人々を積極的に採用しようとする姿勢が見られます。大手企業では、こうした採用枠が設けられていることもありますね。
日本では障がい者雇用に関して、「(何かを)できない人に仕事をさせてあげる」というようなアプローチになりがちで、単にコミュニケーションが苦手なだけで、実は多くの能力を持っている人々が、初めの段階でシャットアウトされてしまうという点が大きな問題です。
その点では、外資系の企業の方が、そのような人々の価値を認めて採用する傾向があるのではないかと思います。また、日本と比べて、就職しなければならないという圧力がそれほど強くないということもあります。
そのため、欧米では、社会での受け入れられ方により多くの選択肢があり、「こうしなきゃダメ」のような概念が元々少ない部分もあります。それを進んでいるといえるかどうかはわかりませんが、より生きやすい選択肢がある環境なのではないかと思います。
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出所:(一社)日本経済団体連合会「2018年度新卒採用に関するアンケート調査結果」(https://www.keidanren.or.jp/policy/2018/110.pdf)
――お二人からご覧になって、どのような社会になれば望ましいと思われますか?
土屋さん:私はニューロダイバーシティに関連するプロジェクトに参加しています。この研究を進める中で、自閉症スペクトラムの人々が抱えるコミュニケーションの困難が、その特性に由来するものであることの難しさを感じています。
同時に、現在の日本では、定型発達と呼ばれる人々でさえ、「コミュ障」という言葉を気軽に使うことがあるように、コミュニケーション至上主義的な雰囲気があります。このような、「これができていないとダメ」というような同調圧力が広がり、その結果、全員が苦しむような状況になっているように感じます。
自閉症スペクトラムと診断されていない人でも、多かれ少なかれ、それぞれの人が特性を持っています。神経系にも多様性があり、コミュニケーションの仕方も多様なのです。このような、お互いの多様性を受け入れる世界になれば、お互いがより寛容になり、自分も他の人も生きやすくなるのではないかと考えています。
大須先生:また、今の日本の伝統的な日本企業、いわゆるJTC(Japanese Traditional Company)は、土屋さんが述べた理想的な社会とは真逆の状況であると強く感じます。
特に、エネルギー系やメーカー系などの一般的な日本企業では、主にいわゆる「おじさん」たちが支配的です。おそらく彼らもその状況を変えたいとは思っているのだけれども、どのように変えていけばよいかがわからない状況なのではないでしょうか。
そのため、パワハラや、コミュニケーションの苦手な人がうまく生きていけないといった問題が発生します。実際には難しい課題かもしれませんが、そのようなところに改善の余地があるかもしれませんし、何か提案できることがあるのではないかと思っています。
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出所: 日本経済新聞2024年1月22日「忖度・調整・決まらぬ会議…『働きがい改革』へ JTC大解剖」
(https://www.nikkei.com/telling/DGXZTS00008750R10C24A1000000/)
ニューロマーケティング手法におけるアンケートで本音を引き出す方法の研究
――我々は流通業のシンクタンクであり、小売業や食品メーカーのサステナビリティやウェルビーイングに関するサポートを行っています。ニューロダイバーシティ以外にも、流通が関わりそうな分野で、先生が将来において実現されたいことがあれば教えていただけますでしょうか。
大須先生:私の研究室の学生が修士論文で行った、ニューロマーケティングに関する研究があります。
ニューロマーケティングは、もともと「アンケートでは多くの人が忖度して回答するため、本音がわからない」という問題から生まれました。
例えば、マーケティング調査である商品についてどれくらい好きかを尋ねると、特定のメーカーの商品をよく評価しようとする人や、フォーカスグループでは誘導された回答があったり、来ている会社にいいように答えようとしたりといった忖度が含まれることがよくあります。
調査を実施する側は忖度のない素直な本音を聞き出したいと考えており、その実験では、わざわざ忖度をしてしまう状況と、そうではない状況を作り、脳の活動を計測しました。
その結果、忖度してアンケートに回答する場合とそうでない場合で、脳のTPJ(側頭頭頂接合部(そくとうとうちょうせつごうぶ、英:Temporo-parietal junction))と呼ばれる、コミュニケーションするときに役割を果たすとされるエリアの活動に違いがみられることがわかりました。
このことから、その領域の活動を変化させることで本音を聞き出すことができるのではないかと考えてます。この研究は、本音を聞いて流通業に貢献する手がかりになるかもしれないと思っています。
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将来の世界の悪い状況を想像させたり、遠い未来の報酬を意識させることで環境配慮行動を促す
大須先生:もう一つは、脱炭素行動に焦点を当てた研究です。この研究は、脱炭素に良い商品を選ぶ行動を促進することをテーマに、企業と協力して行っています。
具体的には、どのような状況で行動変容がより起こりやすいかを調査しています。例えば、現在考えられているのは、カーボン価格のようなものです。
つまり、カロリーや価格と同様に、「この商品の炭素ポイントは○○ポイントです」と表示し、購買者が商品を選ぶ際に「この商品はこれだけのカーボン排出があります」といった情報を伝えることで、たとえ価格が高くてもカーボン排出が少ない商品を選ぶようになるかを実験したりしています。
また、先ほど学習について話した際に、報酬に対する行動学習のデータがあるという話をしましたが、その脳の学習原理の中には「探索行動」というものもあります。
探索行動とは、「何かもっといいものがあるんじゃないか」といろいろ探し回る行動です。つまり、それがいいと思ったら一つの選択をずっと続けるのではなく、新しい世界に向かって範囲を広げていくということです。
これはまだ仮説段階ですが、探索行動をする人の方が脱炭素行動に変わりやすいのではないかと考えています。少しの言及でも「カーボン排出が少ない商品を選んでみようかな?」という行動を取ると予想し、現在予備的な実験を行っています。
せっかく食品メーカーが脱炭素商品を作っても、消費者がそれを選ばなければ意味がありません。したがって、この研究データは、食品メーカーが脱炭素商品を開発する際の基本的な市場ニーズのデータになり得ると考えています。
例えば、健康に関する行動では、よりカロリーや炭水化物が少ないものを選ぶことで自分に直接的な報酬があります。しかし、脱炭素行動には自分がすぐに幸せになるような直接的な報酬はなく、ずっと先の将来に良い世界が来るであろう報酬に対する選択として、現在の価格や味を犠牲にしても脱炭素商品を選べるかということが肝となってきます。
また、なぜそのような行動を取るのか、そしてどのような人がその行動を取るかを理解することも重要だと思っています。
現在、世間では脱炭素や環境配慮行動の重要性が叫ばれていますが、報酬がすぐに得られるわけではなく、また、特別美味しいというわけではなくても、その商品を選ぶかどうかという問題について、人間の脳の基本的な学習行動選択のメカニズムに鑑みて、どうすればこのような商品を選んでもらえるのかという点も興味深いテーマになると思います。
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出所:流通経済研究所『流通情報』2024年1月号より作成
――現在の研究では、脱炭素価格を示すことが報酬とされているのでしょうか?
大須先生:実験では、現時点で特に報酬は設定していません。想定される報酬は、「この商品を選ばないと将来魚が食べられなくなりますよ」「これを選ぶとこんな悲しい世界になりますよ」といった将来の悪い状況を想像させ、その上で行動を選択させるというものです。
言い換えれば、そのような遠い未来の報酬を報酬として捉えられるかという問題でもありますし、メーカーは今後、消費者にそうした未来を想像させるようなアプローチを取らなければならなりません。
これはもちろん、脳のメカニズム自体も関係していますが、教育や社会の流れ、「そうしないと恥ずかしい」「やばい」といった風潮など、様々な要素が影響します。
脱炭素行動がなかなか進まないとしたら、これらの要素を組み合わせて、脱炭素行動をうまく促進する仕組みを作る必要があるでしょう。
――同調圧力の逆バージョンみたいな感じですかね。
大須先生:そうですね。最近で言うと、食品の「てまえどり」も同じように考えられます。てまえどりする人が多数派になって、賞味期限の長い商品を奥からとることが恥ずかしいとか、そうすると批判的にみられるようになれば、みなさんてまえどりをし始めるのかな、とは思います。
そのようなことも含め、「人間とはどういうものか」を理解することが脱炭素行動などの促進に繋がるのではないかと思っています。
まとめ
今回は早稲田大学人間科学学術院の大須研究室のダイバーシティやウェルビーイングに関する研究について、脳卒中で麻痺した側の手を使いたくなる仕組みの研究や、ASDのニューロダイバーシティの国際共同研究、脱炭素行動を促すアプローチの研究などをご紹介しました。
最新技術の動向や、ニューロダイバーシティ及び消費者の環境配慮行動を推進するうえで、特に重要なポイントとして、以下の3点が示唆されました。
最近、バーチャルリアリティ(VR)を使ったリハビリ手法が注目されている。従来の訓練方法では効果が得られなかった場合でも、VRを利用することで治療や学習が効果的に進む可能性が広がる。例えば、麻痺側の手を使いたい気持ちに訓練する方法はこれまであまりなかったが、VRを活用した「強化学習」によって、麻痺側の手を使いたいという気持ちを育てるような研究が広がっている。
国や文化によってダイバーシティの状況や課題は異なる。ASDはコミュニケーションの仕方が異なるだけであるのに、それが同調圧力の強い日本のような国では、健常者も含めてコミュニケーションの仕方が厳しく見られがちで、その違いをそのまま受け入れてもらえない。それによってウェルビーイングの度合いが結構違ってくる。
消費者の環境配慮行動を促すヒントは、脳のメカニズムを活用して、将来の世界の悪い状況を想像させたり、遠い未来の報酬を意識させることである。加えて、教育や、恥ずかしいとかやばいといった社会的風潮などの要素も活用していくことが重要。
流通業界において、多様な人材を受け入れるイノベーティブな職場の創造と、消費者を巻き込んだ環境対応が重要な経営課題となっています。
したがって、大須先生や土屋さんを含む脳科学研究者の研究成果が、流通業界のダイバーシティやウェルビーイングに与えるインパクトは大きいと期待されます。今後も引き続き脳神経科学の進展を注視し、実証実験などを通じて研究成果を現場に迅速に活かすことが重要です。
――大須先生、土屋さん、ありがとうございました!
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