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大人の「現代文」112……『檸檬』3謎解きです。
みすぼらしくて美しいもの
なぜ主人公の「不吉な塊」が高貴なものになるのか、は直接書いてはありません。そう考えざるをえないように心境がつづられていくのですが、追ってみたいと思います。
さて、彼はどう行動をするのか?
こう書いてあります。
以前私を喜ばせたどんな美しい音楽も、どんな美しい詩の一節も
辛抱がならなくなった。蓄音機を聴かせてもらいにわざわざ出か
けていっても、最初の二、三小節で不意に立ち上がってしまいた
くなる。何かが私をいたたまらずさせるのだ。それで私は始終街
から街へ浮浪し続けていた。
この詩とは何の詩でしょうか?またこの音楽はどういう音楽でしょうか?ここだけではわかりませんが、最後まで読めば、これらの詩や音楽がどうやら西洋のものと想像されるのです。それで、私は「いたたまらない」のです。つまり、この私を「いたたまらず」させる「何か」とは西洋のアートのことでしょう。あるいは、「西洋のアート」によって、私の心に引き起こされる何らかの感情ということになります。そこで彼は街から街へ「浮浪」しつづけるということなるのです。
で、次に、彼の「浮浪行動」が述べられていきます。これがまたおもしろい行動なわけです。引用しますね。
なぜだかその頃の私はみすぼらしくて美しいものに強くひきつけ
られたのを覚えている。風景にしても壊れかかった街だとか、そ
の街にしてもよそよそしい表通りよりもどこか親しみのある、汚
い洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったりする裏通
りが好きであった。雨や風が蝕んでやがて土に帰ってしまう、と
いったような趣のある街で、土塀が崩れていたり家並みが傾きか
かっていたりー勢いのいいのは植物だけで、時とするとびっくり
させるような向日葵があったりカンナが咲いていたりする。
「みすぼらしくて美しいもの」です。