大人の「現代文」28……『舞姫』窮地を脱出した豊太郞
ひとまず窮地脱出
豊太郞の「生活への不安」は、わからないでもないですよね。
いくら「二人の愛の生活」という理想を掲げても、日々飲まず食わずではうまくいかないでしょう。「愛さえあればいい」というのは、美しいけれど、「絵に描いた餅」では人は生きてはいけません。「衣食足りて礼節を知る」はある程度真実でしょう。豊太郞がドイツの地で「あらたな自己」に生まれ変わったとしても、日々の生活が成り立たなくては、その「新たな自己」にはムリがあろうというものです。
で、この帰郷かドイツ滞留かという「ハムレット的」二者択一の葛藤に対して、豊太郞はどういう決断をしたのか?
彼はベルリンに留まります。旅費は貰いませんでした。とこれだけ言えば、おーがんばりました……となるんでしょうが、つまり「汚名」に耐えられなかったということでしょう。
では生活はどうしたんでしょうか?我々の感覚では、東大をトップで卒業し、ドイツ語に堪能な彼であれば、たとえ失職したとしても、なんとかなるんじゃないか、と思いたくなりますが、実際そうではありました。
といっても、百パーセント独力で道を見つけたわけではありません。ここでこの物語のもう一人のキーパーソンの「親友」相沢謙吉が登場します。
これ以降この親友が、「いろんな意味?」で大活躍します。その活躍1がこの場面です。親友の不意の免官に驚いた彼が、すぐに新聞社に交渉して、豊太郞に、今で言う、海外特派員のような仕事を斡旋したことです。ベルリンはヨーロッパ有数の中心的な都市ですから、その政治・経済情報は重要ですよね。良い仕事です。豊太郞にぴったりじゃないですか。この素早い援助で豊太郞は当面の窮地を脱出します。
その給料は高くはなかったものの、とりあえずは、生活のめどは立ちました。贅沢しなければ、ですけど。そしてさらに家賃を浮かすために、豊太郞はエリスの家に同居致します。そしてこう書いてあります。
「エリスと余とはいつよりとはなしに、あるかなきかの収入を合わせて、憂きが中にも楽しき月日を送りぬ」
つらいけれども、楽しい生活の開始です!