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大人の「現代文」128……『檸檬』19「西洋」という「塊」
これが冒頭一段落の謎語たち
えたいの知れない不吉な塊の正体は「西洋そのもの」でしょう。それがときに「えたいの知れない不吉な塊」になるのです。……逆に言えば、それ自体は普段は「えたいの知れない『魅力』の塊」なのです。いや正確に言えば、「えたいの知れない『魅力の』塊」だったのです。この物語が語られている時間帯は、「過去以前の過去」から「過去のある一点の時間の過去」までです。(これはあとでまた触れます)
冒頭これは「宿酔」(二日酔い)に喩えられていました。つまり、「いつも」彼を苦しめるものではないのです。「酒を飲んでいると宿酔が来るように」「それに相当した時期が来る」のです。つまり言わば間欠的に彼を苦しめる「恒例行事」のようなものなのです。「いつも」苦しめるのではない。いつもは苦しめないのです。魅力なんですから。でも時に彼を脅かすのです。だから「相当する時期がやってくる」「それが来たのだ」となるのです。だから「ちょっといけなかった」のです。「うんといけなかった」のではないのです。
その感情を「焦燥と言おうか、嫌悪と言おうか」と主人公は呟きます。この言葉矛盾していると思いませんか?「嫌悪」とは「何かに対する」嫌悪でしょう。「焦燥」とは「何かを期待してそれが得られない」焦りですよね。この二つを同時に満たす「何か」とは何でしょうか?私は、それは往時の彼にとっての「西洋」だと思うのです。
喩えて言えば、「西洋」は圧倒的な魅力を備えた恋人のようなものです。いつもかれを憧らせる「美女」であり、時にして彼を邪険に扱う「悪女」なのです。そして、いまは彼を拒否する「悪女」の「時期がやってきた」のです。「宿酔」のように来た?繰り返しますが、この「えたいの知れない不吉な塊」は、彼にとって初めてのモノではないのです。それまでに彼にしばしば訪れ彼を苦しめた、彼にとってはおなじみの存在だったのです。これで冒頭の謎めいた語群は解けたでしょうか?
この「美女」であり「悪女」である西洋の存在は、いまの生徒には実感できません。だから、その感覚は想像するしかないのです。私は生徒に「皆さんにはピンとこないかも知れませんが」と前置きして説明します。そうすれば生徒は距離を置いて理解することができるのです。そしてそれを知ることが歴史的存在者としての彼らに確かな栄養となるのです。
次回は、いままで主人公を苦しめた「えたいの知れない不吉な塊」に対して、今回、主人公が「初めて」試みた、「夢のような抵抗」を確かめてみます。