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大人の「現代文」40……『舞姫』後半の展開再開します


 大臣の信頼をゲット


 さて後半、再びあらすじに戻ります。前にすでに少し紹介した部分の繰り返しになります。
 カイゼルホオフホテルで、相沢からもらった忠告、すなわち「とにかく大臣に君のドイツ語能力を見せつけて、君が仕事のできる人間という信用をまず獲得せよ」という教えを、豊太郞はあっという間に果たします。
 もともとの豊太郞の得意中の得意分野でありますから、まあ「朝飯前」のことです。豊太郞はもらった翻訳依頼の原稿を、ホントに「朝飯前」にやってのけます。

 実際、「翻訳は一夜になし果てつ」

 と書いてあります。
 これは大臣喜びますよね。「こいつはできる」と思った大臣は、どんどん仕事を頼みます。豊太郞はどんどん、その仕事をクリアーします。ものの一月もの間に、豊太郞は、がっちり天方大臣の心をつかんでしまいました。「いやー道中、こんなヘマしたやつがいてね……」といったような失敗談が大臣の口から話題に上るような、打ち解けた雰囲気になるのに、さほど時間はかからなかったのです。これ、かつて、豊太郞か上司から「ムチャクチャ」(失礼、令和六年の流行語をつかいます)可愛がられたあの状況と似ているでしょうね。
 そしてある日……突然、大臣は豊太郞にこう尋ねたのでした。

 「太田君、私は明日、ロシアに行くことになっておるんだが、君はついてこられるかね?」

 おおーっ、と豊太郞は心の中で叫びます。ここのところ相沢とは会っていなかったので、これはホントに不意打ちの「朗報」だったのです。無論、彼は即答致します。
  「勿論、参ります」
 
 これがすでに紹介したくだりです。このあと、まるで言い訳をするかのように、こう続けるのです。

 「余は我が恥を表さん。この答へはいち早く決断して言ひしにあらず。余は己が信じて頼む心を生じたる人に、卒然ものを問はれたときは、咄嗟の間、その答への範囲をよくも量らず、直ちにうべなふことあり。さてうべなひしうへにて、そのなし難きに心づきても、強ひて当時の心虚ろなりしを覆ひ隠し、耐忍してこれを実行することしばしばなり」

趣旨はこういうことです。 
「私は、私の『恥じ』をここでさらそう。私が即答したのは、別に、すぐに決断できたという決断力の早さを意味するものではない。私は自分が心から信頼する人に突然何かを頼まれたときに、その瞬間、引き受けたことが、どういう結果をもたらすかなんて全く考えもせずに、はいわかりました、と即答してしまうことがある。で、承諾した後、それができないことに気づいても、あのときは何の考えもなく、承諾したなんて事実はおくびにも出さず我慢してそれを実行しようとすることがよくあった」

  要するに、絶対信頼する人には「無私」になるということです。先にも言いましたが「私はノーと言えない人」ということです。
 私は、ここに、ある種の絶対信頼の「倫理』があるんだと、説明したんです。「義理」とは違うということも。

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