19.部活の話 〜悪い魔法使い〜
俺は人生で一度だけ、怒りのままに人を殴ったことがある。
これまでのエッセイを読んで頂いた方々のイメージにもないと思う。俺が人を殴るなんて。おそらく、親しい友人ですらイメージないと思う。俺が人を殴るなんて。
それも遊びや、笑いノリではなく、怒りのままに俺は殴った……。
それは高校1年のとき。
俺は野球部だった。
俺の高校は田舎の公立校で、年々人口の減少が相次いでいる。野球部の同期は5人、ひとつ上の先輩は7人だった。3年生が引退後の新チーム、ひとつ上の先輩が全員スタメンだとしても、1年生のうち2人がスタメンになる――俺はスタメンになった。世間一般的にいえば、俺の身体能力レベルは中の中ぐらいだと思う。ただ、同期5人の中でいえば走力、球速、パワーなど大体が1番だった。先輩や顧問からの評価も得た。実力主義とするならば、同期の中では自然と俺が中心人物になった。
俺は、自分が置かれた立場を理解した。あるいは、俺の短所の一つでもある『調子に乗る』が顔を出しつつあった。
1年生は昼休みにグラウンド整備、ライン引き、部室まわりの掃除をすることが決まりだった。うちの高校には野球部専用のグラウンドはないため、学校のグラウンドを使う。昼休みにグラウンド整備をしたところで、体育でグラウンドを使ったらどうせ汚れるのに……する意味あんのか……。
俺の同期は5人しかいない。5人だけで、昼休みにそれらを済まさなければならない。昼休みになったらできる限り速く昼食を済ませ、グラウンドへ向かう。1人でも欠けようものなら切羽詰まる。
入部して2ヶ月ほど経ったときだった。同期の部員Oが、昼休みグラウンドに来なくなった。この同期Oは、いけ好かないやつで、当時すでに同期みんな嫌気がさしていた。
例えば、練習が終わったあと。1年生だけでグラウンド整備、片付けをしなければならない。練習が終わるとすぐさま片付けに取り掛かる俺たちに対し、同期Oは、グラウンドに置かれたままになっている先輩のグローブや手袋などを手に取り、「〇〇先輩、グローブです」「〇〇先輩、手袋です」と部室に届けに行く作業を真っ先にする。
――なんなん、あいつ。
あるとき、「〇〇先輩、グローブです」と持っていった同期Oに対し、「置いとんよ! いちいち持ってくんな!!」と先輩がキレてるときがあった。
――ざまぁぁぁあ!!
全然うまくもないのに、口を開けば自信満々に話したり、自慢話が多かったりで、とにかく見栄を張るいけ好かないやつだった。
同期で晩メシのとき米どれくらい食ってるか? という話になったとき。同期の1人が「2合ぐらいかな」と言うと、刀返しに「え、俺5合ぐらい食べてた」と同期Oは言った。
――っなわけあるかボケ!! いちばんガリガリやないか!!
実際、そんなに食ってるところ見たことない。
そんな同期Oが、昼休みグラウンドに来なくなった。次の日も、また次の日も、またまた次の日も。
――なんなん、あいつ。
同期みんなイライラしていた。
部活のときに顔を合わすも、その件について同期Oから事情説明があるわけでもなく、悪びれる様子も一切なかった。すぐに咎めてもよかったが、何か事情があってのことなのかもれない。誰も同期Oを咎めることなく辛抱していた。
いつも通り昼休みにO以外の同期でグラウンド整備などを終えたあとの道中、飄々と歩く同期Oを発見した。
――なんなん、あいつ。
「おいっ!」
俺は眉間にシワを寄せて、同期Oに詰め寄った。
「お前なんで、昼休みこんの?」
「え? なんかすることあるん?」
はぁあ?? あるに決まってるやろ! お前の頭の中ではいつからすることなくなったんや! 教室の窓からグラウンド見えるし気づくやろ! ふざけんな!!
すると、俺の頭の中に天使と悪魔が――
天使は言う
――殴ってやりなさい、肩あたり
悪魔は言う
――殴れ、顔面
「お前、ふざけんな!!」
ボゴッッッッ!!!!!!
同期Oの、左肩に、俺のメガトンパンチがめいちゅう。たぶん20のダメージ。俺は初めて怒りのままに人を殴った。すると、天使と悪魔は肩を組みながら去っていった。
次の日から、同期Oはちゃんと昼休みグラウンドに来るようになった。数日は険悪なムードが漂いつつも、次第に元の関係に戻った。
――が、第二の乱
9月下旬。2年生たちは修学旅行へ旅立ち、部活は1年生だけになった。
同期Oは、夏ごろから腰の痛みで練習にほとんど参加せず練習の補助や雑用をしていた。それが突如、先輩たちが修学旅行でいなくなった途端、練習に参加した。しかも誰がどう見てもおもいっっっきりバッド振っとるし、おもいっっっきり走っとる。
――えっ、なんなん。
同期みんな目を丸くした。
同週。元々予約していた腰の診察のため、部活に遅れてやってきた同期O。
制服のまま顧問と何やら話をしている同期O。練習中の俺たちには会話の内容は聞こえない。話を終えた同期Oは、そのままグラウンドを去っていった。
――えっ、なんなん。
練習できないなら、せめて補助とか片付けとか一緒にして帰れよ。
同期みんな「なんなん」と憤っていた。
部活を終えたあとも怒りが収まらなかった俺は、同期Oにメールを送った。
《お前なんで今日帰ったん?》
すぐに返信が来た。
《MRIの音で気分悪くなったけん帰った》
《腰が痛くてじゃなくて?》
《うん》
《お前さ、補助とか片付けぐらい一緒にして帰れよ》
《仕方ないやん》
《お前ずっと腰痛いって練習してなかったのに、
先輩らおらんなったらなんで急に練習しだしたん
おかしくない?》
《軽くやったら大丈夫やけん》
《いやいや、どう見てもおもいっきりバット振っとたやろ! 嘘つくな!》
《お前ほんとせこいんよ、いっつも》
《お前いつもさ、練習終わったあと真っ先に先輩のグローブとか持っていくやん?
ああいうのも腹立つけんやめろ》
《同期みんなお前に腹たっとるけん》
ヒートアップした俺は、それまでの鬱憤を晴らすように怒りをぶちまけ、メールでケンカになった。ケンカというよりほとんど俺が一方的に――。
――翌日から、俺と同期Oは話さなくなった。
部室では俺の座り位置の、真向かいに座る同期O。お互いどちらからも話しかけることはない。顧問や先輩に「O呼んで」と言われたときに「先輩呼んでるわ」と、声をかけるのはそれぐらい。
翌春。俺たちは2年生になり後輩もできた。なおも、お互い話かけることはない。
「O先輩と仲悪いんですか?」
後輩が聞いてきた。
「なんで?」
「喋ってるところ見たことないです」
はたから見てもあからさまに分かるほどだった。なおも、お互い話しかけることはない。
3年生が引退して新チームになり、俺はキャプテンになった。なおも、お互い話かけることはない。
弁護士タレントの橋下徹が大阪府知事になり、オリンピックで北島康介が2連覇で金メダルを獲得「なんも言えねぇ」と名言を残し、夏の甲子園で大阪桐蔭が17年ぶりの優勝を果たし、GReeeeNの「キセキ」をみんなが口ずさみ、エド・はるみの「グ〜!」が流行語大賞になった。アメリカでは黒人初の大統領が誕生した。
部活の度に顔を合わせ、部室では真向かいに座り、練習では、共に、グラウンドを駆け回り、白球を追いかけ汗を流した。共に、試合に勝って喜び、負けて悔しがり、顧問に怒られ、チームを鼓舞するために声を出した。
なおも、お互い話しかけることはなかった。
――俺と同期Oが話さなくなって、およそ1年半が経った。
他の同期たちも、当初は本意かあるいは同調か、同期Oとほとんど喋らなかった。部活後、俺たちがダベってるなか、同期Oはひとりでそそくさと帰っていくこともよく見られた光景。それでも次第に、他の同期たちは同期Oと喋るようになり元の関係に戻った。
ずっと腹を立てていたかというと、そうでもない。仲良くなりたいかというと、そうでもない。気まずいかというと、そうでもない。もはや互いに話さないことが普通になっていた。周りも違和感を感じなくなっていたように思う。
悪い魔法使いに呪いをかけられた主人公は、呪いを解く方法を探すため、旅に出て悪戦苦闘するのがお決まりだが、俺は呪いの呪文「オートクチヲキケナイノー」をかけられたまま何もしなかった。仲間たちの力で――そんな展開もなかった。そもそも俺が呪いをかけた悪い魔法使いで、同期Oが呪いをかけられた主人公かもしれない――。だとしたら、その呪いを解くカギは、おそらく俺が握っている……。
もうすぐ俺たちは3年生になる3月某日。その日は高校入試があり、入試が終わるまで校内に入ることを禁じられた。そのため部活の開始時間が不明瞭だった。分かり次第、顧問から俺にメールが送られることになっていた。
《今日、部活16時から。みんなに連絡しといてくれ》
顧問からメールが届いた。
俺は部員全員にメールを送った。同期O以外全員に――。というのも、俺は同期Oのメルアドを電話帳から抹消していた。
――このままでいいんだろうか……。
甲子園なんて行けるはずもない俺たちは、あと4ヶ月ほどで部活を引退する。
いま腹を立てているわけでもない……。
最後ぐらいは……。
“最後はわだかまりなく終わりたい”
“俺はキャプテンだ”
呪いを解くためには、いくつか呪文を唱えなればならない。
ひとつ目の呪文を唱えた
《Oのメルアド教えてくれん?》
同期Oのメルアドの召喚に成功。1年半会話をしていない同期Oのメルアド。
《俺やけど。今日の部活16時からやけん》
ここで最大の呪文
《ごめん》
さらに唱える
《前はごめん。俺も言い過ぎた。今はもう怒ったりしてないし、もう少しで俺らも引退やし、普通に喋ろ》
《俺も悪かった。ごめん。ありがとう》
《最初は変な感じになるやろうけど、よろしく》
無事に呪いは解かれた。
最初は会話という会話ではなく、部活のノック中に「ナイスキャッチ」「おーい、ちゃんと取れよー」と掛け声だったが、次第に会話も増え、完全に呪いは解かれた。
結果、よかった。クラスは違うし、普段一緒に連でいるわけでもないが、喋ったり、いじったり、関係は良好だった。改めて絡んでみると、ただのアホなやつだった。クラスの連中はよくOをいじってた。それに便乗するかたちで俺もいじった。そして、互いに笑った。
同期Oが残した名言。就職希望だった同期O。面接練習のとき「最近、読んだ本はありますか?」の問いに対し、同期Oは言った、
「はい。最近、ほんだよんわ……」
それ以降、俺たち界隈で言い間違えることを『ほんだよんわ現象』と呼ぶようになった。アホやん。
同期Oが残した名言。友達2人がベンチに並んで座っている中央に無理矢理入り込んで座った同期Oは言った、
「ねぇ、ひとつ言っていい? ………せまい」
お前が入ってきたんやろ!! ひとつ言っていい、ってなんやねん。溜めて言うことかっ!!
「ねぇ、ひとつ言っていい? ……暑い」「ねぇ、ひとつ言っていい? ……帰ろ」それからしばらくの間、俺たち界隈で何か発言をするとき「ねぇ、ひとつ言っていい……」と冒頭につけるようになった。アホやん。
呪いにかけられたままだったら、そんなやりとりの中に俺はきっと入れなかった。呪いが解けてよかったと、俺は思う。
――最後の夏の大会、一回戦敗退。
キャプテンだった俺と、同期Oは、共に、試合に出ることなく終わった。
負けた直後、俺は泣けなかった。そして俺の心にはドス黒いモヤがかかった――
同期Oは、前腕で拭うほどに涙を流していた。きっとそれはキレイな涙――
やっぱり俺が、悪い魔法使いだったんだなぁ
エッセイ
作成中。不定期で更新。
〈目次〉
1.俺のプロローグ 〜迷惑をかけない〜
2.迷惑をかけないは迷惑をかけた
3.俺はそんなヤツじゃない①
4.部活の話 〜俺はキャプテン向いてない〜
5.上阪での失敗 〜俺は枝豆〜
6.今の自分は好きですか?
7.砕け散った好奇心
8.もしも俺が魚だったら
9.過去は過去、今は今
10.何が迷惑になるか分からないから
11.初めての本気土下座
12.青鬼になろう
13.俺はそんなヤツじゃない②
14.教師にしばかれた話
15.初めての就職① 迷惑をかけないの力
16.初めての就職② 仕事を辞めれない俺が
店長になった
17.初めての就職③ スタッフからの手紙
18.初めての就職④ 俺って
19.部活の話 〜悪い魔法使い〜
21.失敗は成功の素(チャラ男風味)
22.勤労学生な生活① 不安
23.勤労学生な生活② ルーティン
24.苦手は苦手でいい
25.勤労学生な生活③ 4年間のあれこれ
26.やりがいを感じた話 〜残される側の悔い〜
27.分岐点は君がため①
28.分岐点は君がため②
29.分岐点は君がため③
・
・
順番どおりに見てもらえると嬉しいです。