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荒木一郎の素敵な映画『白い指の戯れ』

白い指の戯れ(1972年、日活)
監督 村川透
脚本 神代辰巳/村川透
 
 荒木一郎の映画、といえば、まずはコレ!日活ロマンポルノの代表作で、ポルノとしては初のキネマ旬報ベスト・テン入りを果たした名作である。
 
 相手役の伊佐山ひろ子がいい。ポルノ映画の主役にしては色気のない、頭の大きな子供のような体格。不貞腐れたような顔つきも、なんだか憎ったらしい小娘という感じ。それが映画の画面を動き回ると、とても個性的で、魅力的に映るのだ。実際とてもエキセントリックな女性だったということが荒木一郎の著書にもあるが、本当に不思議な魅力を持つ女優だと思う。
 
 荒木一郎は「この映画の濡れ場は全部自分で演出した」という逸話がある。実際、二人がはじめてベッドをともにするシーンがとてもステキ。ラジオで株価が読み上げられている中で、二人がベッドの上で抱き合っているところから、荒木一郎がタバコを指の間に挟んだまま、伊佐山ひろ子の靴を脱がせワンピースのファスナーを滑らかに下ろす、という一連の動作の美しさ。無機質なアナウンサーの声と、ガムを噛みながら行為に及ぶ荒木一郎のクールなスタイルがマッチして、なんともスタイリッシュな場面なのだ。

 この濡れ場で、伊佐山ひろ子が「女に、生まれて、よかった」と息も絶え絶えという感じに悶えながらつぶやくのだが、これをしつこいほど何度も繰り返すのが特徴的。コミカルでもあるが、実はリアリティもあるような。もしかすると荒木一郎は実際にこういう女性に出会ったのかもしれないと妄想。こんなことこんなに言わせてしまうなんて…素敵すぎるじゃないか。

 荒木一郎はこの映画でスリの役なのだが、彼は実際にマジシャンで手先がとても器用なため、スリをするシーンも吹き替えなしで撮られているという。この指先のしなやかさ、美しさ。『白い指の戯れ』というタイトルにぴったりなのである。

 しかしこの映画、前半は荒木一郎がなかなか出てこないのである。ストーリーがだいぶ進んでから、傷心の伊佐山の前に荒木が現れるという構造になっている。でもこの「おあずけ感」により荒木の登場シーンのカッコよさが引き立っているともいえる。
 荒木一郎が歩道橋から降りて来る、この登場シーン。カッコいいトランペットが鳴るBGM、ティアドロップサングラス、細身のGジャンとベルボトムに赤のインナー、ガムを噛みながらのふてぶてしい態度。一目でわかる不良性。最高である。「よっ!」と画面に声をかけたくなる。

 二人はこの出会いのあと街の中を歩き回るのだが、その中で荒木一郎が目についた看板などの文字を逆さまから読み、ちょっと外国語風に発音、伊佐山ひろ子を笑わせる、という場面がある。このなんでもないシーンにも、荒木さんモテたんだろうなあというのが伺える。初対面の男女、これからたぶん行為に及ぶ関係、の二人が、つまらない身の上話や世間話ではなく、誰でも楽しめるちょっとしたゲームのような会話に終始するという感じ。スマートな大人の魅力をビシビシ感じさせる。
 
 そしてこの映画で一番好きなシーン。泡だらけのお風呂場で、伊佐山ひろ子ともう一人の女優さんの二人が、数人のスリ仲間の男性たちと戯れるシーン。金色夜叉をもじった春歌のような歌を歌いながら、裸で楽し気に戯れる男女。ここで荒木一郎は上半身裸、ぴったりとしたベルボトム一丁で、ギターを弾いている。ソファに横たわるような形で水平にギターを持ち、しなやかな指で弦を弾く。やがて男女の戯れが盛り上がると、荒木はギターを皿のようにクルクルと器用にまわして放り投げ、泡だらけの風呂場にベルボトムのまま乱入する。このシーン、何だかすごく青春ぽくて、楽しくて、好きなのだ。ギターを弾く荒木一郎の、繊細な指先が観られるのも嬉しい。
 
 と、名シーン続出のこの映画、私が特に好きだと思うのは、荒木一郎扮するスリの男がものすごく優しいところ。見た目はかなり悪いし、実際スリだし、だけど心はどこまでも紳士という男なのだ。だから何があっても伊佐山ひろ子のことを怒ったりしない。終始優しいのだ。
 映画にありがちな構造ではあるけれど、不良よりも警察側の人間の方を悪く、ズルいものとして描くのも嬉しい。

 この映画の荒木一郎こそ、森茉莉が彼を称して言った「一流の不良」らしさあふれる姿だと思う。
 


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