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【短編小説】テディベア
■あらすじ
とある田舎町にリラとクレアという女の子が暮らしている。
しかしその環境は異なり、リラの父親は大きな会社を経営している成功者で、大金持ち。
クレアは既に母親は亡くしており、警察官の父親と2人で暮らして居るが、仕事が忙しく一緒にいる時間はあまりない。
やがて迎えたクリスマス。
リラは森の中にいた。
仮面夫婦の両親に耐えられなくなり、家出したのである。
そこに森の住人であるリラが通りかかる。
クレアはリラが持っているテディベアが欲しいと言うが、リラは拒む。
クレアはリラを脅すため、父親がクリスマスプレゼントに買ってくれたおもちゃの拳銃を出す。
リラは恐怖のあまり、テディベアを手放してしまう。
落ちたテディベアを拾ったリラは、思いのほか古いものだったので驚く。
リラは「そのテディベアはパパがくれた最後のクリスマスプレゼントなの」と言う。
リラの両親は仲が悪く、現在は互いに愛人がいるが、世間体を気にして離婚していないだけで、両親のどちらもリラを気にしていない。(金と物を与えておけばいいという考え)
それを聞いたクレアは、テディベアを返す。そして2人は……。
■本編 「テディベア」
重たい雲が満月を隠すかのように流れる冷たい夜。リラという名前の少女が、森に迷い込んでしまった。
「ここ……どこ……?」
左手にテディベアを抱えながら、リラはキョロキョロと辺りを見回す。暗い森では、自分の居場所さえ分からなくなる。それでもなんとか帰り道を探してみようとするが、木ばかりの森ではどうにもならない。
「パパ、ママ! 助けて!!」
大声で叫んでみても反応はない。絶望の中で泣いたり叫んだりしてみても、人が通る気配すらない。疲れ切ったリラは、1本の木に寄りかかるようにして座り込んでしまう。その顔は涙で濡れている。
そこに、ようやく人が通りかかった。リラは疲れ果てた声で、呼びかける。
「おねがい! 助けて……」
すると、その人が振り返り、近くまでやってくる。身体の大きさから察するに、同い年くらいの少女だろう。
「お前、リラか?!」
自分の名前を言われて驚くも、目の前の少女が同級生であることに気づくと納得がいく。
「クレアちゃん……」
そう呼んだレアの顔は、まだ絶望から抜け切れてはいない。クレアとは同じクラスだが、あまり話したことはない。なぜなら、クレアがリラを一方的に嫌っていたからである。きっと、クレアは自分のことを助けてはくれないだろうと思った。
「大金持ちのお嬢様が、こんなところで何してるのかな?」
「……迷子になっちゃったの」
「クリスマスなのに? キミの家にはチキンやらケーキやらご馳走が並んでいるだろう? ボクみたいな貧乏人には、一生縁がないようなパーティーってやつを楽しんでるんじゃないの?」
クレアの言うとおり。リラの家では今頃、政治家やら著名人やらが集まる盛大なパーティーが開かれている。恐らく、娘の失踪など気づいてすらいないだろう。森の冷たい風が、心を刺してくる。
「ねぇ、クレアちゃん。私、今、迷子なの。この森から出る方法を教えてちょうだい! 教えてくれたら、チキンもケーキも好きなだけご馳走するわ」
「迷子なのは見れば分かるよ。この森には不釣り合いな可愛いドレス着てるし。でも、ボクに道案内しろっていうなら、チキンやケーキごときでは足りないよ?」
「じゃあ何をあげればいいの? お金?」
「そうだなぁ……その、熊のぬいぐるみをちょうだい。毎日学校にも持ってきてるし、相当いいものなんだろ?」
「……ごめん、クレアちゃん。これだけはあげられない。他のものなら何でもあげる。リラの玩具全部あげるから!」
「ボクはこの熊が欲しいんだよ。他のものはいらない。どうしてもくれないなら、これでお前を殺す」
いつの間にか、クレアの手には銃が握られている。
リラはあまりの恐ろしさに、思わず左手に抱いていたテディベアを手放してしまう。それをサッと取り上げるクレア。
「なんだこれ。近場で見ると、思ってたより汚いな」
「お願いクレアちゃん! それ返して!!」
リラは大声で叫ぶも、寒さと恐怖心が心を締めつけて、思うように声がでない。そんなリラを見て、クレアが問う。
「……なんでこんなボロボロの熊を大事にするの? 君の家なら、頼めばすぐに新しいものを買ってもらえるだろう?」
「そうね。頼めば何でも買ってもらえるわ」
「じゃあなんで……?」
「このテディベアは、5歳のときにパパが買ってくれたの。クリスマスプレゼントよ! リラが頼んだわけじゃないのに、一生懸命選んで買ってきてくれたの。だから、すごく嬉しかった。でも、次の年からは、パパは何も買ってくれなくなったわ」
「ふーん」
クレアは面白くなさそうな顔で笑う。リラの家庭のことには興味はないが、とりあえず話しだけは聞こうとしてくれているらしい。
「パパは選挙に出るようになってから、変わっちゃったの。リラのことなんて興味なくて、えらい人たちに気に入ってもらおうって必死なの」
「へぇー。そうなんだ。ボクから見ると、お金持ちで仲良しな家族だと思ってたけど」
「仲良くないよ。パパもママも他に恋人がいるの。それなのに、パーティーの日は仲良しなふりをする。それを見てるのに耐えきれなくなって、逃げ出してきたの」
「それで森で迷子になったってわけか」
「うん」
クレアは頷きながら、手にしていたテディベアをリラに返した。リラはそれを抱きしめて、暗闇を突き抜けるような声で泣き出した。クレアは慌てて「悪かった。……でも、クリスマスに一人きりなのは君だけじゃないよ」と言った。リラは涙を流しながら「えっ……?」と小さく聞いた。
「ボクは3歳のときに母親が死んでてさ。それからは父さんが1人でボクの面倒をみてくれてるんだ。でもさ、父さんは警察官だから、事件が起きるとすぐに駆けつけるんだ。ボクと遊んでても、呼び出しがあればそっちへ行く。そういう仕事だっていうことは分かってるけど、父さんの居ない家は寂しいよ。今日だって事件が発生したせいで、クリスマスだっていうのに、置いてけぼりだよ」
「……クレアちゃんも、ひとりぼっちなんだね」
ようやく泣き止んできたリラがぽつりと呟く。森はだんだん闇を深くし、たまに聞こえる得体の知れない獣たちの鳴き声が響きわたる。
「でも父さんは妙に真面目なところがあってさ。毎年、クリスマスプレゼントを送ってくれるんだ。これが今年のクリスマスプレゼントってわけ」
そう言って手に持った拳銃をくるくると回す。
「それ、本物なの?」
「そんなわけないだろ。ただの玩具」
「そうなのね。でも、さっきは本当に怖かったんだよ?」
「……ごめん。でもさ、ボクこれでも女の子なのに、これは……プレゼントのセンスがなさすぎると思わない?」
「……うんまぁ……そうね……」
リラはどう答えたらいいか分からず、緩い相槌を打つのが精一杯だった。ただ、もし父親にこのようなプレゼントを貰ったら、素直に喜べないだろうな……と心の中だけで思った。夜の森は、ますます闇の色を強くする。冷たい風が吹き、木々がざわめく。
「リラ、今日はうちに泊まらない? すぐそこになるんだよ」
「……いいの?」
「うん。これだけ真っ暗だと、街に行く途中で迷子になるかもしれないからね。今日はボクの家で休んで、明日の朝、君の家まで送り届けるよ」
「ありがとう」
「これでお互い、一人きりのクリスマスじゃなくなるな」
リラとクレアは、手を繋いで歩き始めた。
END