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癌サバイバーとの生活④

《注意》ここでは、癌サバイバーになった母と暮らす私の目線で経験を書きます。現在、癌を患っている方・支えている家族の方などは、ストレスを感じるかもしれません。心配がある方は、この先を読まないほうが良いかもしれません。







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(前回からの続きです。)
一度、最悪の状態からマシにはなったものの、脳転移はあるままです。よく脳転移にはガンマナイフとか放射線治療とか聞くけど、母の脳転移への治療はステロイドの飲み薬で脳圧を下げるだけでした。
つまり、根本的な解決にはならず、どうにか意識障害になるのを遅らせるだけの治療のようです。


母は、パートを辞め、退院後はお家で過ごしていましたが…ある日、いつもより多く出血しました。
床に血溜まりがあり、ベッドも血だらけでした。
母は、入院して輸血をする事になりました。

祖母が輸血をした時に肝炎を患って亡くなった事もあり、私達は輸血は極力したくないと思っていたのですが…輸血をしないと体がもたないとの事で、輸血する事を決めました。

退院後、何ヶ月か落ち着いて過ごし、外出も出来ていたのですが…

目に違和感を感じ始めました。
片目の視野が狭くなってるし、照明や太陽の光がすごく眩しく感じてサングラスをかけずにはいられない程だったそうです。あと、平衡感覚がつかめなくなったと言っていました。


そして、恐れていた認知機能低下の症状がでてしまいました。
仕事中、警察署から電話が…
母が近所の家に勝手に上がり込んだとの事でした。
足取りもふらつきがあり、何故そこにいるのか自分でも分からない状態でした。

近所の方も母の病気の事を知っているので、大事にはなりませんでしたが…もしも、今後お家に帰ってこれなくなったり、車にひかれたり、コンビニでお金を支払わなければいけないことを忘れて飲食してしまったりしたら…と不安になりました。

私が家に帰ってくると、母が「おかえり!」と声をかけて出迎えてくれたけれど、ズボンとパンツを履いてない状態でした。そして、床を見ると便がありました。どうやらトイレが分かっていないようでした。
足取りもふらつきがあり、下痢が続き、嘔吐もしました。
この日は、床にあった便を拭き取り、ハイターで消毒し、母の足音が聞こえればトイレまで行き、お互いほとんど寝られずでした。

朝になると、母は、ベッドから起き上がれなくなっていました。

病院に電話をすると、入院できることになりました

振り返ると、症状がひどくなる前にあれ?っと思う時はありました。
・これは私のだから、食べないで置いててね!と言っているのに食べていた時。
・雨で濡れた物が家の中にあった時。(いつもは外にある物。)


入院後も、ふらつきや、言動に違和感がありました。
私の勤務時間中に電話してきたり、夜中に弟に電話したり…以前はそんな事はありませんでした。

「どこかで食べてから帰ろうか。」とLINEがきたり…
記憶障害など、認知機能の症状が出ており、どう接すれば良いのか正解が分かりません。




支える立場の家族も、注意してください。
私の場合、生理がいつもより早く来ました。
たぶん、精神的な疲れからホルモンバランスが乱れたんだと思います。

それから、頑張りすぎない事。
母は、仕事がデキるタイプでしたが、頑張りすぎるし、我慢するタイプでした。
職場の人は、病気になっても同情するだけで助けてはくれません。
自分を守れるのは、自分と家族だけだと思います。

母ががん患者になる前の生活は、睡眠時間が少なめで、職場では本来母がしなくても良い仕事もさせられ、お家に持ち帰って仕事してたそうです。

そのことに、遺伝で癌になりやすいのも+されてがん患者になったのかな…と個人的には思ってしまいます。(医学的な根拠はありませんが…)



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