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天の道~真実の行方 最終話

    2章ー⑨

最近の雨は、時に尋常じゃない雨量を観測し、河川の氾濫、土砂崩れによる道路の寸断、建物の損壊と言った大きな災害へ発展する時がある。
この地域はつい最近、そんな被害に見舞われたばかりだった。
それは、ちょうど、瞳が砂浜体験をしたその夜から、幾日も降り出した激しい雨の影響を受け発生したものだった。

道路が川のように水嵩を増し、何台もの車がプカプカと浮かぶ程の凄ましい雨の降り方は生まれてこの方、初めて目にする光景だった。後にそれは、ゲリラ豪雨と呼ばれ、全国各地へと広がっていき、今に至っては、いつどこで同じような災害が起こっても可笑しくない気象現象となっている。

久木田と別れ、濡れながら帰路に向かっていた瞳だが、強めの雨に途中から警戒心を募らせ小走りで家に辿り着いた。その頃には雨足も弱まり大事に至らなかった事へホッと胸を撫で下ろし、すぐに熱めの湯船に浸かりながら
再び、アクションが成功した満足感を噛み締めながら、お風呂を出たら、すぐに順子に連絡を取ろう……久しぶりの充実した時間を味わった。

早速、順子に逢う日が決まり、この日、順子の元へ向かう途中、至る所で
車窓から目を疑ったものは、かつての美しい緑に覆われた山々だった。
土砂崩れの為、剥き出しになった山肌が痛々しく残され、景色は、大きく様変わりしている。やたら多い通行止めの標識…進まぬ復旧に災害の爪痕は今も残されたままだった。

懐かしい順子の匂いがするこの家に来るのは5年ぶりになる。
チャイムを鳴らすと、待ちかねていたような順子がすぐに出迎えてくれた。
「瞳~~久しぶり~」
「順子~~、、ん?」
「順子、どうしたの!?そんなに痩せちゃって、、」
「ま、中で話すわ、私って前がぽっちゃりだったから、今ぐらいがちょうど
良いんだけどね、とにかく上がって」
順子の変貌ぶりに驚きが先に出て、真っ先にハグをと考えていた瞳の演出はタイミングを逃し、感動の再会とはならなかったが、勧められるままに順子の好きなケーキの手土産を持ったまま、家の中へ入った。

「連絡しなきゃと思いながらね、私も色々あったのよ」
「いやいや、、私の方こそ、長い事連絡しないで、気にはなってたのよ」
「だって、瞳、新しい職場に移って間もない頃だし、落ち着くまで大変だろうなって、暫くはそっとしといた方が良いかもとか思ってたら、いつの間にか、ズルズルになって、、」
お互いに、逢わない時間を作っていたのは、自分の方だと思っていた。

「それより順子、ごめんね。今度の事びっくりしたでしょう?大丈夫だった?」
「何?」
真っ先にリークの件が事後報告になってしまった事を、順子に謝りたいと思っていた瞳は、嚙み合わない順子の反応に先日の久木田の話を持ち出した。
「久木田さんから、色々、あの事を聞かれたでしょう?」
「だから、、何の話?」

幾ら説明しても、事情聴取をされたとの認識を持った出来事が、順子には起きてはいない、思い当たる節もないと繰り返すだけだった。ましてや、久木田の名前さへ、初めて耳にすると言う。順子の様子から、、
真相解明の為、当事者全員から事情聴取を行った…確かにそう言った久木田の言葉が嘘、偽りだったと瞳が理解するのに、時間は掛からなかった。

「やられたわね、瞳。多分、、安心させて貴方さへ黙らせれば、それで終わりだったのよ、要するに、、揉み消そうとしたのよ」
「分かる!分かるよ順子」だが、ショックの余り声にならない。
久木田にされた仕打ちは只、騙されたという単純なものじゃない、何故騙したかという深層部分を探ると見えてくる、物言わぬ圧力に他ならない。

真相解明へのリアクションは行われず、いい加減な実態の上に重ね塗りされた無責任な言葉は、あまりに幼稚すぎるが、その幼稚さで対応された自分が無力な人間と見做され、取るに足りない相手だと、そう言われているような無言の圧力を感じた。こんな程度の自分が゛あの子達”を天国へ帰してあげようと進んだ道は、やはり大それた事だったのか?

「瞳、もう止めな!これ以上進んだら、危険だよ!もういいじゃない、みんな充分、罰は受けているのよ、貴方に話さなきゃいけない事があるの」
瞳と同様、順子の方も打ち明けねばならない秘密を抱えていたと言う。
ショックでうずくまっていた瞳に、順子の口から語られたのは、当事者たちの今の悲惨な現状だった。

師長の海江田紀子、、あれから益々メンタルの不調が悪化し、人前でも奇行な振る舞いが目立つようになり、本人の意図しない入院を余儀なくされ、仕事への復帰も現在の所、絶望的と見られているらしい。小早川医師に至っては、手術を執刀した患者の一人から猛烈な非難を受けそれが、裁判訴訟にまで発展しているとの事。

私がいる頃からそうだった……充分な術前のムンテラ(説明)を行わず、オペ自体も自分の独断で変更する事は、朝飯前のように行う事がままあった。
術後に患者の認識と、ムンテラの食い違いは当然で、戸惑う患者は多くいた。これまでは誰も事を荒立てる者がいなかっただけだ。
※ムンテラは現在のインフォームドコンセント(IC)

「前の職場でも、似たようなトラブルがあったのが分かって、病院側もお手上げ状態みたいよ」
順子の口調は小早川に対する、『気の毒に』との悲哀が込められていた。
「85歳まで現役でいたい」
そんな風に言っていた小早川は、今年、確か76歳になる。

坂口とし枝、、元々、不妊に悩んでいた彼女が不妊治療を経て待望の妊娠を果たしたのも束の間…流産となり、その落胆ぶりはなかったとか。
「そして、最後は私。瞳、、私、癌が見つかって今も治療中なのよ」
「……!」
「そんな順子!何で貴方まで!」

有ろう事か順子は子宮頸癌を患っていた。痩せたのは病気のせいだったと気付かされ、溢れそうになる涙を必死に堪えた。
「これで、分かったでしょう?当事者全員これだもの……罰が当たったのよ
゛あれ”に関わった全員これだもの、絶対、罰以外、考えられないでしょう?
あれだけの事に…ずっと蓋をしてきた報いなんだわ、この間の災害だって、きっと天が与えた罰よ!天が怒ってるのよ!」

咄嗟に、あの日の空が蘇った。坂口とし枝から゛昨夜の秘密”を聞かされた
゛あの日”確かに、窓から広がる黒い空が妙に気になった。
天に全てを見透かされているような、そんな気持ちになり、幾度となく空を見上げて過ごした日だった。

そして、゛あの子達”へと心が引き戻された発端となった『砂浜体験』の夜
から降り出した雨が災害へと繋がるが…あれは天災なのだろうか?確かに
神が自然災害を用いて天罰を下すと信じる人も少なからずいる。
この世には決して誤魔化されない天の道があるのかも知れない。

瞳にとっては心の傷を癒してくれた5年の月日は、当事者達の歯車を少しずつ狂わせ、゛あの日”想像もつかなかったであろう今を与えていたのだ。
順子は罰が当たった、というけれど……そもそも当事者達の罰とは誰が与えたものだろう。

天が与えるものは、その者が進むべき1本の道だけなのだ。
本来、1本ある道を真っ直ぐに歩けば良いだけの話だが、多々すれば
人間に備わった煩悩に心惑わされ、時に人は道を踏み外してしまう。
道なき道は、多くの試練や苦悩を用意して、間違った道だよ、と囁き続け

その囁きに気付いた者だけに、本来進むべきだった道は、再び目の前に
はっきりとその姿を見せるのだ。
大丈夫、其処から又、歩いて行けば良い。必ずやり直せる。
砂浜体験を通して、瞳はその事を悟った。

だから、瞳にとって罰とは、抽象的な何かが下す報いを例えるものではない、悪事に対する報いは、全て道を踏み外す己が作り出すものだと思えた。
「みんな、、道を間違えただけなのよ」
堰を切ったように泣き出す順子に救われた気がした。今、目の前に心から懺悔する友がいる。

「大丈夫、順子。貴方にはもう本来の道が開けている。貴方の病気は必ず治るわ……大丈夫」
何故か、順子に対し、そんな確信めいたものを感じた。
そして瞳も又、真実を歪めようとした者に、遮られそうになった自分の道を思い出し、歩き続けようと決意を新たにするのだった。

終わってしまった過去は、変えられるものではない。如何なる真実が語られるのは、二度と同じ過ちを繰り返さないと言う未来に向けて発せられるのだ
正義が遂行されないような、難しい現実に在っても、自分の中の正義を卑下する事はない…これからも、この信念を持って私は歩いて行く。

小さな命の在り方は、瞳に様々な経験や思考を齎しながら、1本の道へと導いてきた。使命を全うするという志が生きている限り、歩き出した1本の道は、その都度、道標を作り出してくれる。遠回りばかりしているように見える道程にも、決して無駄は無い。

道程の過程には、意義あるものが生み出され、更に強い志が織り成されて行く。現れる道に、その瞬間の心そのままに、進んで行けば良い。
志を持った道は、決して崩れる事は無い。

【天の道~真実の行方】は……
平等であるはずの命も、扱い方遺憾で、瞬時に不公平に転じる事もある
誰の目にも触れる事のない、舞台の裏側を盲点に、ひっそりと消えて行った
命に対する『心探し』の為に書かれた物語である。

身勝手な人間が招いた、切なく悲しい物語を通して、もう一度
命は尊いものだと、思い出してほしい。
小さな命を見つめ続けた、私(瞳)が語る【真実の物語】から、沢山の
ピュアな心が集められ゛あの子達”が天国へ行けますよう……
その行方をどこかで、見守らせてほしい…

   天の道~真実の行方 完

※この小説はフィクションです。登場する人物、名称は架空のものです。
























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