調理場の冷凍庫

私は普段調理場にはあまり行かない。それも当然である。

私は結婚式場で働いているのだが、全バイトの中で2人しかいないウェルカムドリンクを作る係。ウェルカムドリンクは入口付近のロビーで提供するため、勤務場所も終始入り口付近で納まっている。だから、ここでもう何年も働いているのに入口付近以外の場所についてはほとんど無知という、レアな存在であった。それでも調理場にはグラスを洗うときにだけ行くことがあったが、調理場に入り食洗器まで直行し洗い終わったら帰るだけなので調理場についてもあまり知らない。ましてや調理場の冷凍庫なんて、全く縁は無かった。

そんな中今日のバイトでは突然、調理場の冷凍庫まで氷の在庫を確認しに行くよう指示があった。今まではそういうのは社員さんがやってくれていたのだが、今回は色々あり私が確認に行くことに。冷凍庫の位置を教えてもらい、特に不安も無く私は調理場に向かった。

冷凍庫は自分ごと入るタイプ。冷気が調理場に流れないように分厚い扉は、ずっしりと重い。ドアノブをゆっくりと引き透明のピラピラを抜け、未知の領域へと私は足を踏み入れた。

入ってみると中は思っていたより寒い。普通の制服のままで大した心の準備もなしに入ってしまったので、その寒さに思わず腕をさすった。早いところ氷を確認して帰ろう。急いで奥の棚に並ぶ食品や下に積み上げられた段ボール箱を見回した。見たことのないものに囲まれ若干圧倒されつつもようやく氷を発見。やっとのことで冷凍庫から脱出!...とはならなかった。

冷凍庫の内側のドアノブは良く分からない形をしていた。それでもとりあえず押してドアを押し開けようとしたが、開かなかったのだ。

一瞬思考が停止した。ドアの前で唖然としてしばらく立ち尽くす。初めての冷凍庫。出方なんて知らなかった。少し頭が動き始めると「このままでは凍えてしまう」と気づき、急に焦りだす。

しかしドアの表面をよく見るとなんと、ご丁寧にドアの開け方が書いてあるではないか。開け方を見つけた歓喜に私の指は驚くほど素早く反応し、指示に従ってあっという間に自分の左前にある何か丸いものを回していく。そして最後。「勢いよくドアを開けてください」と書いてあったので、出れるぞ!という気持ちと共に思いっきりドアを押した。

するとちゃんとドアが開いた。ただ開いたのと同時に、「カラッ」という何かが落ちたような音がした。何か嫌な予感がしたので、思わず動きを止める。恐る恐るドアを開けてみるとなんと、調理場の人たちがみんなこちらを驚いたような顔で見ている。なぜこんなに見られているの...? 頭が真っ白になる。訳も分からないままさっき音がした方向にふと視線を落とした。床に転がるドアノブ。えっまさか、私が外したのか...? そんなはずは...。咄嗟に、さっき食いついたドアの表示を振り返った。

非常時のドアの開け方

まるで急速に脳が解凍されたように、一瞬ですべてを悟った。私は非常用のドアの開け方をしてしまったのだ。

何か丸いものを反時計回りに回したのは、ドアノブを緩める動作だった。そして勢いよくドアを開けた結果ドアノブが外れて無事"緊急脱出"できたようだ。

冷凍庫から出られず一人でパニックになり一人で緊急脱出。何やってんだ私は!! 自分の内と外との温度差に、猛烈な恥ずかしさに襲われた。コックさん達に不思議そうに見つめられながら、はち切れんばかりの恥ずかしさを完全に押し込むには黙ることしかできなかった。

するとその場にいた見知った社員さんから「(自分の名前)ちゃんの一押しで取れるなんてダメだね」との声。「直しとくので大丈夫だよ」とドアノブを拾ってくれたコックさん。

お...? これは、私が開けたときにたまたま取れてしまったと思われている。ラッキー!と思ったが、調理場の人の整備不良が原因となったら申し訳ないと理性が働き「私が開け方を間違えたのかもしれない」と控えめに白状するも。「いやそんなはずはない。普通に経年劣化か何かで取れたんだわ。」と。

ああ、私の異次元のボケは想定外すぎて一般人には理解不能のようだ。

私はその場から、現実から、逃げるように立ち去った。


※これはノンフィクションです。