Benny Sings - Young Hearts (2023)
"おじさん"の音楽的感性が死んだわけではない--そんな"おじさん"擁護記事に対し、僕のようなクソ田舎に暮らす初老の農夫は、どう反応すべきなのかがわからずに困っている。まさにそれ! よくぞ言ってくれた!と快哉を叫ぶべきなのか。あるいは、そんなこと臆面もなく主張するから老害って言われるんだよ、とか同輩のくせに斜に構えるべきなのか……。
「経験があるのだから仕方がないのだよ」というロジックは、おじさんには気持ちのいいものであり、若者に対する巧妙なマウンティングでもある。手練れのやり口だ。僕も危うく膝を打ちかけた。
しかし我々が自覚すべきは、何をして「いい曲」とするのか--その価値観がアップデートされていないからこそ、我々は"おじさん"と呼ばれるのだということ。そもそも「いい曲」の価値基準が違うのだから。
つまり、20世紀の西洋ポピュラーミュージック的価値観でつくられた1970年代〜1980年代の昭和歌謡と、そんな文脈などどこかに放り投げてしまったかのように、奇妙にオリエンタルな(それくらいしか感想を持てない自分が歯痒い)令和ポップを同列で評価することが無理な話なのだ。
だから我々おじさんは「昔の曲はよかった」と嘆くのではなく、「昔の曲の方が好みだなあ」と控えめに呟けばいいだけのこと。1960年代のブリルビルディング系とか筒美京平とか、プロフェッショナルなソングライターの音楽を好むならば、おとなしくそれを愛で続けていればいいだけなのに、それらと比較して新世代の音楽を腐すおじさんは、ビートルズ旋風が巻き起こった当時、「彼らには音楽的センスなど微塵もない。反音楽的ですらある」とこき下ろした批評家たちと同じ過ちを犯していることに気がつくべきだ。
新しい音楽は常に"反音楽的"なのだ。
前世紀の美しいハーモニーを崩した挙句無調へと向かった20世紀初頭の音楽家、あるいはそのエッセンスを薄め大衆音楽を生み出したティン・パン・アレーのソングライター、そんな大衆的な豊かなハーモニーを削ぎ落とし(伴奏から削除しただけでメロディーにはちゃんと前時代的なハーモニーが残されていた)わかりやすくソリッドなロックンロールを発明したビートルズのように。
つまり、令和ポップに対する批評の言葉すら持てない僕は、前時代的な価値観にコミットしすぎたあまりビートルズに否を唱えた批評家と同類。新時代への違和を声高に主張した瞬間に老害となる。
前置きが長くなった。
そんな僕でも、新しい音楽で感動したいとは思っているわけで。本稿で紹介したかったのは、そんな20世紀初頭以降の西洋ポピュラーミュージックをルーツにした音楽を好むおじさんでも楽しめるかもしれない作品だ。
たとえば2023年リリースのBenny Sings『Young Hearts』が象徴するように、僕の音楽欲を満たしてくれる作品が、ロックやポップフィールドではなく、クラブミュージックまわりにあったりするのが20世紀末以降の傾向ではあるかもしれない。
僕がBenny Singsをフォローするようになったのは、『Benny… At Home』(2007)がリリースされたころから。以来、新作がリリースされるたびにチェックしてきたが、"ポップ"という観点でいえば、『Young Hearts』は名盤『Benny… At Home』にも匹敵する充実ぶり。"21世紀のポップマエストロ"の名に恥じない楽曲がそろっている。
この世界には、その時代に相応しいメロディがあるだけで、不変のメロディなどないことくらいわかっているつもりだが、やはりどこかでそれを追い求めてしまうのは人間の性なのか。Benny Sings『Young Hearts』は、その存在可能性を信じさせてくれる作品である。大袈裟に言えば。