The Lemon Twigs – Everything Harmony
自分のような無教養で無粋な人間が、何の批評性もなくネガティブな感情をネット上にあげてしまう行為ほど、持続可能な社会実現にとって害悪なものはない。我々にできることは、己の価値基準において良作と思える作品について、可能な限り自分の言葉で表現することくらい。ポジティブな感情が増幅される限りにおいては、少なくとも社会へのダメージは少ないはずだから。
自分の言葉で、と書いたそばから恐縮だが、このアルバムの意義については、簡潔に評した記事を見つけたので、まずはこちらを読んでいただきたい。
https://www.theguardian.com/music/2023/may/05/the-lemon-twigs-everything-harmony-review
クリエイションにおいて、模倣は必要不可欠である。とくにロックのような、カントリーやブルーズ、ソウル、ジャズなどなど豊かな背景をもち、誕生後半世紀以上を経て成熟しつつあるカテゴリーにおいて、レガシーを完全に無視した創作はほとんど不可能だ。
ならば、音楽家が取るべき態度は、レガシーに対して適切な評価を下し、また適度な距離を保ちながら、それらを糧に批評性をもって、クリエイションに昇華させることしかない。さもなくば、それは単なるコピー、あるいは紛い物で終わってしまう。我々は、何度となくそんな作品に出くわしてきたわけだが、彼らは驚異的に優れた楽曲によって、こうした懸念を払拭してみせた、というのがガーディアンの評価である。このアルバムに対する評価は、これに尽きる。
これまでの作品と異なるのは、作品全体を通して、突き抜けたポピュラリティを獲得しているところだろう。もしかすると、時代との折り合いの付け方がようやくわかったのかもしれない。ルーツへの憧れと新しいサウンドを希求するマインドをもちつつ、あえて大衆性を意識した作品づくりをしていたころ(従来のフォーマットに飽きてしまう前の)のトッド・ラングレンのように。
もちろん、あまりに大衆的すぎてこちらが気恥ずかしくなってしまう部分もあるにはある。だが、それは、ガーディアンの指摘通り、圧倒的なクオリティを誇る楽曲の前では大した問題ではない。問題はむしろ、頬を赤らめるこちら側にあるのだ。それはつまり、「わかりやすいものはダサくて、より難解で複雑な、大衆の理解の及ばないもの」が良しとされてきた、シェーンベルク以降の価値観にいまだに毒されていることの証でもある。
毎日が人生最悪の日だ--たったこのワンフレーズの繰り返しだけで、3分半もの素晴らしくチャーミングな楽曲に仕上げられる音楽家がこの世に何人いるだろう。創造性と大衆性の絶妙なバランスの成せる技である。
今後彼らを取り巻く環境がどのように変化するか不明だが、「ロック」というフォーマットにおいて、幅広い層にアピールし得る魅力のある、実に音楽的でハイクオリティなサウンドが、必ずしもマスの評価を受けるとは限らないのが世の常でもある。日本のディープサウスに暮らすしがない農夫の悲観的な予測が外れることを願って。