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バーチャルプロダクションの正しい理解と活用法 ー その5

去る6月26日(月)18:30より東京都千代田区のWATERRASCOMMONホールにて開催された6月開催VFX-JAPANセミナー「バーチャルプロダクションの正しい理解と活用法」の内容について、続きの投稿です。
もし、まだ前投稿をお読みでない場合は、以下をご参照ください。

前投稿までに、バーチャル・プロダクションができあがる過程の中でさまざまなDXがあり、その結果としてLEDウォールを使ったシステムができあがったというお話をしました。
本投稿では、バーチャル・プロダクションという新しい制作手法について、どう向き合っていけばよいか、考えていけたらと思います。

この後は、以下の3つのテーマで進めましょう。
1)日本の映像制作のデジタル技術活用はどう進むのか?
2)バーチャル・プロダクションを受け入れる心構えとは何か?
3)アニメ、VRなどのさまざまな制作での活用はあるのか?

いずれも難しいテーマではありますが、どれも今私たちが直面している問題でもあるので、セミナー等でお聞きしたご意見も踏まえてお話しできたらと考えています。
ではまず最初のテーマから参りましょう。

1)日本の映像制作のデジタル技術活用はどう進むのか?

バーチャル・プロダクションは、このシリーズで一貫してお話ししているように、デジタル技術の進化の積み重ね、つまりDXの集合体なわけです。
ということは、バーチャル・プロダクションを考えるベースとして、デジタル技術の活用について考える必要があります。

そもそも、日本の映像制作でしっかりしたデジタル技術の活用ができているのでしょうか?この話をするとどこでも「うまく機能していない」という声をお聞きします。日本の映像でデジタル技術が使われていない映像などどこにもないにも関わらず、こういう声が聞かれるというのはどういうことなのでしょう?

一番の原因は、正しく評価がなされていないということなのだろうと思います。
テレビのワイドショーでは「これCGなんでしょ」というバカにしたような言われ方をされ、スタントやミニチュアなどが多用された作品については「CGなしの映像!」などとあたかもCGがない方がすごいかのように言われます。日本で権威ある映像の賞、日本アカデミー賞やブルーリボン賞などにもVFXなどのデジタル技術に対する賞はありません。そのような状況なので、一般的にデジタル技術に関しては評価が低くなってしまうのが現状なのです。

日本アカデミー賞公式サイト
https://www.japan-academy-prize.jp

報酬についても高いとは言えないでしょう。映画やCMなどほとんどの映像制作でデジタル技術は不可欠になっていますが、適正価格が決まっているわけではないので、制作費の中で削減対象にされている状況です。
映像は1990年代くらいまでは主にフィルムで製作をされていましたので、カメラのレンタル費やフィルム代、フィルム現像費などのアナログ技術に関してはずっと昔から変わらない適正価格が存在していました。そこに段々とデジタル技術が入ってくるわけですが、システム価格や作業時間はデジタル技術の進化に伴い、どんどん変わっていきます。できることも日進月歩で変化します。しかも、デジタル技術は目で見えないところで行われますから、アナログの世界でやってきた人たちには、全くのブラックボックスだったわけです。値付けができるわけもありません。
デジタル技術を使ってほしいメーカーや技術会社は、お試しという形で安く提供し、制作は安くできるということで受け入れていきます。そのような歴史の中で進んできてしまい、残念なことに制作プロデューサーの中では「コンピュータが簡単にやってくれる」というイメージができてしまいました。
私も以前、ある映画の制作で「50万円でやってくれ」と言われ、絶句したことがあります。その費用でできることをやりますということで作業しましたが、当然ながらすぐに足らなくなり制作途中で辞退しました。その映画は完成していたので、その費用でも受けるところがあったわけですから驚きです。そういうことをすると、またその制作プロデューサーは、低予算でデジタル技術を使おうとするでしょう。悪循環が起こってしまいまいます。

これは日本だけの問題ではありません。
程度の差はありますが、ハリウッドでも同様の問題があります。米国大手VFX制作会社「リズム&ヒューズ」は、映画「ライフ・オブ・パイ」のVFXを担当し、第85回アカデミー賞において3度目の視覚効果賞を含む11部門で受賞しましたが、その年に倒産してしまいました。その事件は世界に衝撃を与え、VFX産業を守ろうと映画「ホビット」のVFXチームが、アカデミー賞が行われた会場の前でデモを行いました。また、FacebookなどのSNSで世界中のVFX関係者が緑色のアイコンに変更し、意思表明を行いました。映画「ライフ・オブ・パイ」のVFX関係者が作ったドキュメンタリー「LIFE AFTER PI」も公開されています。

このようなことが起こってしまう原因は何でしょうか?
デジタル技術者のスキルの問題でしょうか?それともプロデューサーなど制作側のデジタルスキルの問題でしょうか?

少なくとも、日本において、デジタル技術のスキルが世界的に低いかというと、そんなことはありません。私もハリウッドなど世界のVFX関係者と話をしましたが、そういう人たちに比べて日本のVFXスタッフのレベルが低いとは感じません。むしろ、発想力においては彼らよりも上だと感じているくらいです。
では、制作側の問題でしょうか?私はそうとも言い切れない気がします。なぜなら、彼らはビジネスとして仕事をしているからです。実際、ハリウッドで問題になった際に、私はロサンジェルスで開催されたVES サミットという会合に参加しましたが、その中でディズニーの上級プロデューサーが「VFX制作会社をもっと重んじてはどうか」というVFX関係者からの質問に対して、一言「これはビジネスですから」と答えていたことはとても印象的でした。正規費用が明確でない中で、ビジネスとして安く交渉することは当然であるわけで、それに対応できないことがダメだというわけです。

最近、米国で脚本家組合や俳優組合がデモをしているというニュースが日本でも話題になっています。AIに関するところが日本では報道されていますが、本当に重要なのは、配信などによる収入が脚本家や俳優たちに還元されていないことです。従来は劇場公開とDVDなどのメディア販売で収入を得て、それを彼らの報酬に還元していました。しかし、新型コロナ感染の影響でネットフリックスなどの配信が急激に大きくなり、従来の収入パターンから外れてきました。それを是正しようというのが主な目的です。AIについては、フェイク動画などの問題や今後の制作で使われるだろうという懸念から、このタイミングで法制化しておこうという狙いにすぎません。
このストの影響で、ハリソン・フォードやトム・クルーズなどのハリウッド俳優たちが映画のキャンペーンで来日するはずでしたが、中止になりました。彼らは既に大きな財力を持っているので、組合に従う必要はありませんが、彼らが従うことで、まだ力のない若手俳優たちを救うことができるわけです。
同じようなことがVFXなどのデジタル技術者に対してもできないのかというと、デジタル技術者をまとめるような組合が存在しないので、結集して制作側と交渉するということも難しくなっています。

デジタル技術の評価がちゃんとできている欧米ですらこんな状況なのですから、日本では非常に難しいんですね。
とはいえ、このままでは日本のデジタル技術の活用はどんどん遅れ、韓国や中国、台湾、シンガポールなどの諸外国に追い抜かされて行ってしまいます。なんとかしなくてはいけません。

私は、バーチャル・プロダクションこそが、それを打破できるチャンスだと考えています。現状の様々な問題点をDXによって解決し、プロセスを改革しながら、映像文化を再構築する。
それは、アナログな人たちを排斥することではなく、たくさんの経験を持たれている先輩方の知識や技術もDXに取り込むことを意味します。このシリーズの最初にもお話ししたように、映像制作のプロセス構造は基本的に変わりません。その中で、DXによってより効果的な仕事ができるように改革をしていかなければならないのです。おそらく、それは欧米の映像制作で目指しているバーチャル・プロダクションとは違うものになるでしょう。
みなさんといっしょに、その形を見つけていきたいと考えています。

次の投稿では、これからつくっていくバーチャルプロダクションに向き合っていくためにどういう心構えが必要かということについて、考えていきたいと思います。

P.S.
発表資料をご参考までに添付します。

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