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バーチャルプロダクションの正しい理解と活用法 ー その1

去る6月26日(月)18:30より東京都千代田区のWATERRASCOMMONホールにて開催された6月開催VFX-JAPANセミナー「バーチャルプロダクションの正しい理解と活用法」の内容について、こちらにアップします。

当日お話した内容はVFXに関わる方々を対象としているので、細かな説明はかなり端折っています。なので、ここでは少々付け加えて、わかりやすいようにしました。
参加された方も参加されていない方も、映像制作に関わっておられる方もそうでない方もお読みいただけると幸いです。

講演時の様子

今回の講演のテーマは、バーチャルプロダクションについてです。
最近はバーチャルと名のつく技術が非常に多いですが、今回お話しするバーチャルプロダクションというのは、映画やCMなどの映像制作におけるさまざまなプロセスにデジタル技術を活用して、より効果的な作品制作を行おうというものです。

映像制作は、だいたい以下のような手順で制作が行われます。

1)企画開発
2)台本製作
3)撮影
4)編集
5)仕上げ

1と2の工程をプリプロダクション(事前作業)、3をプロダクション(本作業)、4と5をポストプロダクション(後処理作業)と呼びます。このやり方は、映像制作が始まった100年前からほとんど変わっていません。
バーチャルプロダクションというのは、この伝統的な映像制作のプロセスをデジタル技術を活用して改革し、もっと効果的な映像表現を実現しようという壮大な試みなのです。
昨今では、ディズニーの「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」などのハリウッドの大作映画などで活用され、映像業界では大きな注目を集めています。日本でもNHK大河ドラマの「どうする家康」などで活用され始めています。

今回のお話では、これらの作品の制作で使われている技術を細かく紹介することはしません。ましてや、それぞれの技術内容について上手くいっているかどうかなどと、とやかく言うこともしません。現状のバーチャルプロダクションは、まだ完成されたものではなく、試行錯誤の真っ最中です。それをいちいちどうこう言っても仕方がありません。
今回は、今のバーチャルプロダクションがどうしてこの形になってきたかを振り返り、その中からこれからどうしていけば良いかを、一緒に考えていけたらと思っています。

では、まず、最新のバーチャルプロダクションの形を見て頂きましょう。

これは、配信サービスであるDisney+で見ることができる「マンダロリアン シーズン2」のメーキング映像です。
ムービーの中で、スタジオ内に設置された巨大なLEDスクリーンで覆われたセットの中で俳優が演技しているところがご覧いただけるでしょう。これはどうなっているかいうと、3DCGで製作された背景をLEDスクリーンに表示し、カメラが向いている背景はカメラの位置とレンズ設定等によって正しく計算された映像が表示され、その場で3DCGとの合成映像を撮影してしまっているのです。
従来であれば、青や緑で塗られたクロマキースクリーンと呼ばれる単色背景の前で演技する俳優を撮影し、のちのポストプロダクションで合成を行っていました。ですが、これでは俳優は自分がどう言う環境の中にいるか想像しながら演技をしなければいけませんし、クロマキースクリーンに平坦にライティングを行わなければならず、俳優に当たるライトも不自然なものとなってしまいます。合成にも非常に手間がかかるため、作業時間も必要となり大きなコスト負担となります。
その場で合成映像が撮影できてしまえばどうでしょう?俳優も演技がしやすいでしょうし、ポストプロダクションの負担も軽減されます。このように、デジタル技術を活用して、製作作業に大きな構造改革をすることがバーチャルプロダクションなのです。

このLEDスクリーンを使った撮影システムは、突然発明されたわけではありません。90年台からデジタル技術を使って試行錯誤されてきた結果生まれてきたものです。その試行錯誤は、今でいうDX(デジタルトランスフォーメーション)そのものです。
DXと言う言葉は、ニュースなどで頻繁に使われており、耳にされている方も多いでしょう。私も、製造業の企業の方々とDXに携わってきましたが、ITとかIOTとか似通った言葉が乱立しており、正確に理解されている人はあまり多くありません。
一度、ここでDXの定義を見つめ直してみたいと思います。

経済産業省によれば、DXとは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義されています。
なんだか分かりにくい言い回しですが、要は「デジタル技術を活用することにより、企業の作業プロセスを変革し、現代の市場に合わせた競争力を持たせること」です。つまり、ただデジタル技術を使うのではなく、作業プロセスをより良い形に変革していくことが必要なのです。ITとかIOTというのは、デジタル技術を活用した一つのプロセスのことであり、それらを組み合わせて新しいパイプラインを構築することがDXなのです。DXを行う上で重要なのは、そこを理解することです。

上記は、企業についてのことですが、これを映像業界に置き換えてみれば、容易く理解いただけるでしょう。

先に、100年間ほとんど変わらない映像制作の基本プロセスについて記しました。その方法は先人たちによる長年の努力によって構築されてきたものです。特に日本では、欧米とは異なる独自の進化をしています。監督の名を冠する〇〇組という組織スタイルもその一つです。撮影、照明、美術といった各パートのスタッフが監督の意を瞬時に汲み取り、各自が責任を持って一斉に作業を行うことで低予算、短納期で制作を行うスタイルは、他国では例を見ない素晴らしいスタイルだと思います。もし、このスタイルを維持しつつ、DXを行い、より素晴らしいスタイルを構築することができれば、それは日本の映像制作において大きな力になるのではないでしょうか。
私は思います。今までの方法を古臭いとかいう理由で葬り去るのではなく、その方法の良いところだけを抽出し、デジタル技術によってパワーアップさせる。それこそがDXの本当のやり方ではないかと。

そのために何をしないといけないのか。
今までの方法をしっかりと理解し、因数分解を行なって、今の時代にそぐわない部分を抽出、削除し、デジタル技術を使った新たな方法を組み込んで、新たなパイプラインを構築するということをしなければなりません。ただ、新しいものを持ってきて「便利だからこれを使え」というだけでは、それは絶対にうまくいきません。
黒板とノートを使っていた学校で、いきなりタブレット使えと言ってもうまくいかないのです。そのためには、先生がどうやってタブレットに黒板と同じような表示をさせるか、生徒はそれをどうやってノートスタイルに書き込むか、予習復習にはどうやって使うのかなどを決めてから、導入する必要があります。同じことなのです。

そのDXの歴史は、欧米でデジタルプロダクションができていく過程を見れば明らかです。どうやって今の形になってきたのか、有効活用するためのパイプラインはどうなっていくのか。この過程を理解すれば、日本におけるバーチャルプロダクションの導入にも活用していけるようになるでしょう。

次の投稿では、今までの進化の過程を順を追って見ていくことにいたしましょう。

P.S.
発表資料をご参考までに添付します。

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