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不妊治療から女性医療の未来を切り拓く。データ解析サービスや医療者向け情報メディアまで多角的にアプローチ。
DEEPCOREの出資先であるvivola株式会社は女性医療×AIを軸に、不妊治療をはじめとした生殖医療領域に特化したtoC・toBサービスを展開しています。少子化が社会課題となっている日本で、どういった想いで不妊治療領域のサービスを展開しているのか、代表の角田 夕香里さんにインタビューしました。
<プロフィール>
vivola株式会社 代表取締役 CEO
角田 夕香里(Yukari Tsunoda)
東京工業大学大学院理工学研究科物質科学専攻修了、工学修士
2009年ソニー株式会社入社。R&Dでデバイス開発に従事した後、同僚と社内新規事業提案制度を利用してライフスタイル製品を立ち上げ。2016年退社後は、フリーランスとして活動し、3年で50の新規事業プロジェクトを伴走し、近年は社会課題のテーマに積極的に参画。自身も婦人科系疾患や流産、不妊治療経験を経て、患者が治療を体系的に理解するための形式知化、治療のデータエビデンスへのアクセシビリティに課題を感じ、患者に寄り添うサービスを作りたく株式会社vivolaを創業。
X:https://x.com/vivola11
不妊治療にまつわる原体験からvivola創業
——これまでのご経歴や、創業に至るまでの実体験をお聞かせください。
角田:大学院卒業後新卒でソニーへ入社し、7-8年ほど研究開発や事業開発を前職で行ってきました。その後結婚し、仕事と私生活を両立しながら5年ほど不妊治療を行うなかで、仕事と両立できなかったことや情報過多な中で自分に合った情報を選択しづらかったことなど、精神的に辛い時期がありました。そうした原体験から不妊治療にまつわる課題を解決したいと考え、2020年にvivola株式会社を立ち上げました。
——2020年当時、不妊治療は日本でどういった立ち位置だったのでしょうか?
角田:それまで「保険適用は今後10年難しいだろう」と言われてきた不妊治療ですが、2020年からの3年で環境がとてもドラスティックに変わってきました。
当時はまだ不妊治療は基本的に自費診療で、高額な治療費を支払いながら自分自身で継続するか否かを決断して治療を行っていかなければいけないという状況でした。そのため助成金制度もありましたが、年収などの制限がありました。
それが菅政権の時代に、不妊治療の年収制限の撤廃があり、さらに保険適用範囲が拡大され、2022年4月からは体外受精などを含む基本治療はすべて保険診療となり、3割負担になりました。費用面でのハードルが下がったことで、より多くの方が不妊治療にトライしやすくなりました。
——他の先進国と比較した際、日本の不妊治療はどういった特徴や傾向がありますか?
角田:実は、不妊治療が保険適応されている国は珍しく、自費診療の国が多い状況です。アメリカですと日本の1.5〜2倍の値段での自費診療が主流になってます。アメリカと日本は文化面の違いも大きいと思っており、日本は実子にこだわる文化がありますが、アメリカでは養子や卵子提供など実子以外の選択肢が多くあり、社会一般に受け入れが進んでいる傾向があります。また、日本では35〜40代前半が不妊治療のボリュームゾーンなのに対し、アメリカでは妊孕性が大きく下がり、治療による妊娠が難しくなるとされる35歳以上の年齢層の方は、不妊治療ではなく卵子提供や代理母、養子など別の道を探ります。そのため、治療患者の年齢のボリュームゾーンが日本より5歳以上若くなっていると言われています。日本の場合は卵子提供や代理母の仕組みが整っていないので、自分で長年治療していく金銭面や心身への負担がかかる傾向にあります。
自身で納得して選択することができる不妊治療を
——そうした不妊治療をとりまく社会環境の中で、どういったサービスを展開しているのでしょうか?
角田:現在はtoC向けに不妊治療データ検索アプリ「cocoromi」というアプリの展開と、toB向けに生殖医療領域に特化したデータ解析サービス「vivola-Analytics」、生殖医療領域に特化した医療者向け情報サイト「vivola-Insights」の運営を行っています。
「cocoromi」は、不妊治療に取り組む方が、不妊治療に関する統計データや特定のアルゴリズムで抽出した自分と似た人のデータを参照しながら治療過程を理解していくアプリです。不妊治療では頻繁に通院して検査データをもらいますが、そのデータを他人と参照する機会がありません。日本産科婦人科学会のデータベースはあくまで統計値なので患者さんが参考にするには難しいですし、SNSにはさまざまな不妊治療ストーリーがありますが、個人個人でホルモン値や精子や卵子の状態も違うので治療そのものの参考にはなりづらい面があります。
「cocoromi」は定量的なデータを参照できるもので、自分と似た人の治療のデータを見られるようになっています。卵巣の中の卵胞の数や、卵子の質や量、年齢など自身と近い方のデータを閲覧できます。また、治療スケジュールや治療データの一括管理も行えます。
日本の法律では、医療者ではない私たちは具体的な治療法の提案はできませんが、自身とバックグラウンドが近い人たちはこういう治療でこういう結果が出ていますよ、というデータが見れることで今後どんな治療をしてみたいかと医師に聞かれた際、患者自身が主体的に治療法を知るための判断材料になっています。
「cocoromi」を通して、妊娠率をあげることはもちろん、不妊治療に対するリテラシーを上げ、ご自身が納得して自身のライフステージに向き合っていくことを重要視しています。
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日本は国民皆保険制度なため、医療への関心が低くなりやすく、周りが道を作ってくれると思いがちな側面があります。不妊治療に関わらずですが、自身の治療について理解していなかった結果、後悔することがあると思います。なので、どういった治療法があるのか選択肢が見えない状態から、データを参照して自身にとって有用そうな選択肢を理解したうえで選べるようにすることを「cocoromi」では意識しています。女性がリテラシーをつけ、自分で選択できる社会を目指しています。
——toBではどういったサービスを展開されているのでしょうか?
角田:一方で、医療側からも個人に最適化された治療法を提案する必要があると思い、2023年8月から医療機関向けに生殖医療領域に特化したデータ解析サービス「vivola-Analytics」をローンチしました。
医療機関が過去の治療データを統合データベースに入れて類似症例が検索できたり、ホルモン値や過去の疾患歴など患者背景情報を入れてフィルターかけていくと、様々な臨床指標が可視化でき、どういう治療が良いのかが見えてくるようなツールになっています。
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現状の医療現場では大きな産婦人科クリニックでも院内データが整理しきれているところは少なく、同じ患者さんのデータでも検査結果などがバラバラに存在していることが多いのです。「vivola-Analytics」ではそうした分散したデータを一元管理できるようにデータを見える化しています。
さらに、医療従事者の情報収集を効率化をすることで最終的には患者さんが新しい有用な治療を受けられる環境をつくることにつながるのではという想いから、生殖医療領域に特化した医療者向け情報サイト「vivola-Insights」を運営しています。
「vivola-Insights」ではvivolaセミナーというwebセミナーを毎週行っています。特に開業医の先生は毎回学会へ行くことが難しく、学会で新しい知見が発表されていてもキャッチアップがしづらい現状があります。そこで私たちが学会へ行って先生に声をかけ、研究内容の配信や、最新の論文の紹介を弊社のWEBセミナーで行っています。現在、ローンチから半年で生殖医療に従事する医療機関の3割が登録しています。今後はデータだけではなく生殖医療領域に携わる人のプラットフォームとしても成長していきたいと思っています。医療機関からデータをさらに集めて製薬会社や保険会社など、データを活用してより良いサービスを作っていきたい企業とも連携していきたいと考えています。
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——テクノロジー面での強みはどういったところにありますか?
角田:子宮の画像を解析し、疾患の有無やそれがどれくらい妊娠に影響があるかを測るアルゴリズムを作っています。また、LSTM(※1)とCNN(※2)を使い、画像だけでなく系列データを含めた統合的なデータ解析を得意としています。この領域ならではの特徴量の抽出が可能であることなど、領域特化しているからこその強みもあると思います。
※1:LSTM(Long Short Term Memory)
AIが機械学習を行うための仕組みであるニューラルネットワークの一種
※2:CNN(Convolutional neural network)
畳み込みネットワーク
——DEEPCOREとの出会いやパートナーとして選んだ観点はどういったところだったのでしょうか?
角田:会社を設立して2-3ヶ月ののち、DEEPCOREで投資業務を担っている左さんをご紹介いただきお話をしたのが最初のきっかけです。コロナ禍だったので会議や投資委員会なども全てリモートでした。出会いは4年前になりますが、実は先日初めてリアルで会いました(笑)。
DEEPCOREは大阪大学の医療系のAIの解析への投資や、AIを軸にしたヘルスケアサービスにも投資をされていたので、弊社が医療の分野でサービスを展開していく中で必要な情報である、法規制の問題やデータの個人情報のセキュリティについても知見を持っていると思い、アドバイスもいただきたいと思ったのが最初の動機として大きかったです。投資に対して知識がないなか、『投資とはこういうものだよ』と基礎的な質問にも丁寧に答えてくださって、すごく信頼ができる先生のような方だな、と思いました。わからないことが聞けると言う関係性が築けているのはとてもありがたいですし、事業に関するディスカッションをしていると私の頭の整理が進み、かつ応援の言葉をいただけるのがいつもとても心強く思っています。
AI活用で切り開く、女性がやりたいことを両立できる世界
——現在の会社構成の内訳や、採用はどのように行っているか教えてください。
角田:現在、正社員と役員含めて6名で、内訳は女性2名、男性4名です。女性の健康課題の医療領域となると、どうしても自分ごととして捉えることのできる人口が単純に半分ということになるので、採用課題を感じています。現在のCTOは男性ですが、前職ではデータサイエンティストとしてテレビの視聴率や証券分析などをしていく中で、自身にお子さんが生まれ、今後の日本をどう良くしていくか、と漠然と考えるようになった時期に私と出会いました。事業について話していくなかでデータが社会課題を解決できるんだ、と気づいたことで入社を決めてくれました。
3月に入る予定のデータサイエンティストも、前職ではAIの会社でサービスのチャーン率を予測するアルゴリズムの構築をしていたところに、データの力を社会的な事柄に活かしたい、という想いで入社します。
不妊治療は男女の問題ですが、女性領域のイメージが強く男性が踏み込みづらいので、採用では領域の学問的な面白さや少子化や女性の社会進出といった社会的意義を伝えることを意識していますね。
——女性医療 x AI領域での今後の可能性や展望をお聞かせください。
角田:女性がQOLを下げたり、仕事やキャリアを諦めない世界を作るためにも健康課題を解決していきたいと思っています。女性はライフステージごとに月経困難症や更年期障害など、女性ホルモンの変動による健康課題があります。私たちは不妊治療という生殖の領域ですがライフステージが違うとそれぞれ別の病気を女性ホルモンが引き起こしています。まずは生殖医療でホルモンのデータの動きを習得しながらそれ以外の領域へ活用したいと思っています。女性ホルモンのデータを軸に、生殖以外でも適切な治療法が見えてくるはずです。
40代50代の世代にはまだホルモン剤を飲むのが日常的じゃない反面、若い世代の方々はピルを飲むことも当たり前になってきています。そうした文化面が変わっていくなかで、医療の身近さとリテラシーは必ずしも比例しないと感じています。患者さん側のリテラシーを高め、医療機関との適切な関係を構築することが大切ですし、医療機関側は患者さんに最適な治療を提供するために、当たり前にデータ解析を1つの判断材料にできる社会を作っていきたいと思っています。この数年で国の制度も変わってきましたし、女性が健康課題で諦めることなく自分のやりたいことを実現できる世界ができてくると思います。その実現のためのソリューションを提供していきます。
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——ありがとうございました!
■会社概要
会社名:vivola株式会社
設立日:2020年5月
コーポレートサイト:https://www.vivola.jp/