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第19回 モンゴル国で食べた羊料理~「ガチ中華」の地方料理⑩
前回は中国の内モンゴルで食べた羊料理の話を書きましたが、実はぼくは、2022年7月にコロナ禍後初めての海外渡航先としてモンゴル国を訪ねており、その食の話も書きたくなりました。
当時、あまり知られていない話でしたが、モンゴル国は2022年春からいち早く外国人観光客の受け入れを開始していました。ですから、その頃、日本人が最も旅しやすい国のひとつだったのです。
さて、モンゴル国と中国内モンゴルの料理は同じなのでしょうか?
今回はそんな話をしようと思います。
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モンゴル国は中国の北側に位置する高原の国です。昨年、話題のテレビドラマ「VIVANT」のロケ地だったゴビ砂漠をはさんで中国と接しています。中国の内モンゴルにはこれまで何度も行ったことがありましたが、メインランドに行くのは初めてでした。数日間の滞在でしたが、あらゆることが新鮮でした。
一般にモンゴル料理は、「赤い食べ物」(オラーン・イデー)と呼ばれる肉料理と、「白い食べ物」(ツァガーン・イデー )と呼ばれる乳製品に分かれます。
モンゴルの料理には、茹でたり、煮たりする料理と蒸し料理、焼き料理があります。
茹で料理の代表は、岩塩で羊肉を茹でるチャナサン・マフで、中国では手扒肉(ショウバーロウ)といい、前回の内モンゴルの羊料理として紹介しました。
蒸し料理の代表がホルホグです。
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モンゴル料理のメインディッシュといってもいいもので、羊肉の釜蒸し焼きです。
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皿の上の黒い大きな石は、羊肉を蒸し焼きにするために熱したものです。羊肉の塊を野菜や塩、香辛料とともに大きな缶や鍋に入れ、焼けた石を中に詰めてつくる料理なのです。なにしろ羊が新鮮です。
凝った調理器具などは必要としない、見るからに素朴な料理ですが、大きな骨付き羊肉に食らいつくと、まったく臭みはなく、肉のうまみを感じました。現地の人によると「モンゴルの羊は天然ハーブの草を食べているので、肉が美味しい」とのこと。
焼き料理といえば、羊の串焼きのショルログ(羊肉串)や丸焼きのボードグでしょう。
今回の旅では、中国や東京の「ガチ中華」の店でよく見かける塩茹でのチャナサン・マフ(手扒肉)やショルログを食べる機会がありませんでした。
一方、同じく中国や「ガチ中華」でよく食べるモンゴル風蒸し焼売のボーズや、羊肉スープ麺のゴリルタイ・ショル(羊肉湯麺)などは食べました。
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ただし、モンゴルで食べた羊スープ(羊肉湯)は、中国や東京の「ガチ中華」のスープとは少し違う気がしました。
これはウランバートルにあるモンゴル料理店「モダン・ノマズ」の羊スープで、中国や東京の「ガチ中華」の白濁した羊スープとは違い、淡白で透き通っているのです。
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ちなみに「モダン・ノマズ」は、その名のとおりモダンなモンゴル料理を出す店で、店内の内装も面白いです。
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最近のウランバートルにはおしゃれなレストランが増えていて、「モンゴリアンズ」という人気の料理店で、現地の方と会食しました。この町いちばんのショッピングスポットであるシャングリラモールの中にあります。そのとき食べたのが、羊肉と野菜入り蒸し焼きうどんのツォイバンでした。
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数年前、モンゴルで沖縄のクリエイティブ集団「CHAKA LAND」が歌う「ツォイバンどうですか?」という曲が流行っていたそうです。「CHAKA LAND」は沖縄の吉本興業の芸能学校ラフ&ピースの出身で、メンバーのひとりにG.エンフエルデネさんというモンゴル人留学生がいて、この曲が生まれました。耳に残る曲で、モンゴルでは知らない人はいません。
なぜツォイバンが歌われたかというと、モンゴル人男性がいちばん好きな料理だからだとか。そんな理由から、一緒に行った現地の方に食べるよう勧められたのです。
ツォイバンはよく「モンゴル風焼うどん」といわれるものの、薄い平打ち麺で、「中国の麺どころ」といわれる山西省や陝西省の西安などシルクロード沿いの地域の小麦麺に特有のモチモチした食感はなく、想像していた味とは違うものでしたが、羊肉はたっぷり入っていました。
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もしかしたら高級店だから、ちょっと気取った感じの味つけなのかもしれないと思って、ウランバートル市内のヌードルチェーンに行ってツォイバンを頼んだらこんな感じでした。目玉焼きがのっていて、確かに庶民の食べ物という感じです。
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さて、話を戻すと、これは一緒に行った方たちが頼んだもので、小麦生地に羊のひき肉を入れて焼いたホーショールです。
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ホーショールは中国では肉餅(ロウビン)といわれている料理に似ていますが、形状が違います。こちらは野菜と肉のスープのノゴートイ・ショルです。スープの色が少し赤くてボルシチ風でした。
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このようにモンゴルと中国では同じ系統の料理でもずいぶん違いがありましたが、いちばん違うと思ったのは、モンゴルではサラダをよく食べることです。これは「モンゴリアンズ」のサラダです。
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1973年8月にモンゴルを訪ねた司馬遼太郎は『街道をゆく5 モンゴル紀行』(朝日新聞出版)の中でこんなことを書いています。
「おどろいたな」
「なにが?」
「モンゴル人が野菜を食べるなんて」
「なにが?」と応じているのは、通訳の女性ですが、当時司馬さんはモンゴル人のような遊牧民は野菜なんて食べない、食べるなんて「堕落」だ……と半ば冗談だったのでしょうが、考えていたようです。かつてモンゴルの遊牧民たちは、馬乳酒など新鮮な乳製品でビタミンを摂っていたからです。
それから半世紀後の現在、ウランバートルのレストランではサラダが当たり前のようにメニューになっています。しかも、これらの野菜はモンゴルで収穫されたものです。
さらに違いと言えば、そもそもモンゴル人は箸をあまり使いません。もちろん、ウランバートルには和食や中華、ラーメン屋さんもあるので、そこでは箸が出ますが、一般のモンゴル地元メシの場合はフォークやナイフで食べているようです。
なぜ同じ民族のはずなのに、こんなに食文化が違っているのでしょうか。
それは双方の歴史が大きく関係しています。現在のモンゴル国はソビエト連邦期のロシアから、内モンゴル自治区は中国から食文化の影響を受けているからです。
もともとモンゴル料理は塩以外の香辛料をほとんど使わないシンプルな味わいが一般的だったのですが、レストランではサラダを食べたり、肉料理も塩だけでなく、ロシアや中央アジアのスパイスが使われているように思いました。
ロシアに住むモンゴル系の人たちのことをブリヤート人といいますが、モンゴルに住むブリヤート人の一族が経営するゲルリゾートを訪ねたところ、そこで食べた朝食には黒パンがついていました。
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一方、内モンゴルでは中国の影響を受けて、トウガラシなども多く使い、味が濃くて複雑な中国人好みの味になっているように思います。
こうしたことは、当noteですでに紹介した第12回延辺料理や第15回新疆料理などと共通していて、朝鮮系民族やウイグル人、そしてモンゴル人たちが、国境をまたいで集住している、いわゆるディアスポラの民であることと関係があります。
最後にウランバートルではなく、草原で食べた素朴な料理も紹介します。
そのときぼくが泊まったのは、2022年7月にオープンしたばかりの「ビルガーリゾート」という10棟限定のラグジュアリーなゲルで、なんと各ゲルにシャワーとトイレが併設され、床暖房やWi-Fi環境まで揃っているという最新施設でした。
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朝、ゲルから出ると、なだらかな丘陵の上にあるリゾートの目の前は、絵に描いたような草原で、大地が薫り、高原の植物が咲き乱れていました。これが天然ハーブなのだと知りました。
遊牧民の住むゲルも訪ねました。
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涼しく快適なゲルのなかで、ミルク茶の「スーテーツァイ」や乾燥チーズの「アーロール」、揚げ菓子の「ボールツォグ」を供されました。
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この揚げ菓子にはバターと生クリームの中間のようなクロテッドクリームの「ウルム」をつけて食べます。なかなか慣れない味ですが、草原の空気と一緒に口のなかに放り込むのはオツなものでした。
最後に出されたのが馬乳酒の「アイラグ」で、意外にひんやりしています。遊牧民にとっては貴重なビタミン源といわれていますが、このときは遊牧民の娘さんがその場で馬の乳を搾り、それを馬の皮で発酵させるところまで実演してもらいました。
今回、ディアスポラという状況がいかに食文化に影響を与えているかをあらためて知ることになりました。そして、同じモンゴル料理でありながら、担い手の住む場所が違うと味つけや食文化の違いも起こることを、東京で確認できる時代をぼくらは生きているのです。