第15回シルクロードの風を感じる新疆料理の店~「ガチ中華」の地方料理⑥
最近、東京でよく目につく「ガチ中華」の地方料理のジャンルに、黄河流域からシルクロードにつながる甘粛省や陝西省、内モンゴル自治区、新疆ウイグル自治区などの西北地域の料理があります。
これらの料理の特徴は、羊肉とスパイスです。羊肉は塩やクミンなどを振りかけ、強火で焼いて食べるのが一般的ですが、塩茹でにしたり、スープや鍋にも使います。味つけは他の中国各地の地方料理に比べてシンプルです。
もともと遊牧民であるモンゴル人、回族やウイグル人などのイスラム教徒が食べていたもので、中国のハラール料理(清真菜)ともいわれます。
なかでも珍しいのが、新疆ウイグル自治区で食べられている「新疆料理」でしょう。
どんな料理なのか。 都内で食べられる主な「涼菜(冷菜)」からいくつか説明しましょう。
■牛肉拌黄瓜
牛肉とキュウリのさっぱり和えの牛肉拌黄瓜(ニウロウバンホワングア)は、醤油で煮込んだ牛肉の燻製に、キュウリやニンニク、パクチーなどを加えて和えた冷菜です。
地方によっても違いますが、好みでトウガラシの量を調整できる。ウイグル語では「カラゴシハミセイ」といいます。食欲がないときにもおすすめのさっぱり味です。
■葱拌羊肉
牛肉の代わりに羊肉、キュウリの代わりにネギが使われた和えものは葱拌羊肉(ツォンバンヤンロウ)です。ネギと羊肉の食感もいいですし、パクチーが利いておいしいです。
次は「焼烤(焼きもの)」です。
■羊肉串
羊肉串は新疆ウイグル地区でも定番です。
■ナン
一般に中央アジアで焼いて作るパンの総称で、生地を円盤状に伸ばし、釜の内側に貼りつけて焼きます。ナンは中国でで「饢」と書きます。
■サムサ
ウイグル風ミートパイのサムサは、子羊のひき肉のあんを小麦粉の生地で包んでオーブンで焼いたもので、中央アジアで広く食べられています。中国語では「新疆烤包子(シンジャンカオバオズ)」といいます。
カレー風味のジャガイモあんが入ったインドのサモサとは似て非なるものです。
■羊肉湯
羊のスープもあります。白濁した羊ダシスープの中に羊肉や細切りにした各種ホルモン、干豆腐、ネギなどが入っています。意外にあっさりした塩味のスープですが、羊臭さが少し気になる人もいるかもしれません。
基本的に、新疆ウイグルや内モンゴル、西北地方から北京くらいまで、羊スープをはじめとした羊料理はどこでも食べられています。中国の羊料理については、以下を参照ください。
メイン料理の「熱菜(温かいおかず)」は、基本的に羊肉を野菜と炒めたり、煮込んだりしたものが多いです。
これは池袋の「新疆味道」という新疆料理の店で出している「回民待客菜(ホイミンダイクーツァイ)」と名付けられたメニューです。イスラム教徒向けハラールのおもてなし料理ということでしょうか。小さなマントゥが付いています。
■大盤鶏
いまいちばん人気があるのは、新疆風鶏肉のトマト煮込みの大盤鶏(ダーパンジー)でしょう。
鶏肉をトマトやクミン、八角、桂皮(シナモン)などのスパイスとジャガイモやタマネギなどの野菜と一緒に煮込んだ新疆ウイグルの郷土料理です。華北・西北で広く食べられていますが、味は場所によって若干違うようです。
都内では中国の若いカップルがよく大皿で注文し、食べている様子を見かけます。ウイグル語では「トホコルミス」といいます。最近、都内では大盤鶏が食べられる店が増えていますが、大阪には専門店もできていました。
■ラグマン
「主食(麺やごはんもの)」で、なんといってもおすすめは、中央アジア全域で食べられている汁なし混ぜ麺のラグマンでしょう。中国語読み「過油肉拌麺(グオヨウロウバンミエン)」といいます。
羊肉やトマト、タマネギ、ニンニク、セロリ、ナスなどを炒め、麺を茹でたあと、軽いあんかけにした具をのせてできあがり。麺はとてもコシがあって食べ応えがあります。
■新疆米粉
プルプルの太いライスヌードル(米粉)を茹でたものに、トウガラシの利いたトマトソースで牛肉や鶏肉などを和えた汁なし混ぜ麺です。見た目もそうですが、相当辛いです。
池袋には「新疆米粉」という名前の専門料理店があります。最初はそこだけでしか食べられなかったのですが、同じく池袋の「疆莱」でもメニューに入っています。
■プロフ
中央アジアの地元メシであるプロフで、中国語読み「新疆手抓飯(シンジャンショウバーファン)」です。
長粒米の香米をタマネギやターメリックと炒めたあと、水を入れて炊き、子羊の筋肉やトマトなどを入れて煮込むシルクロード風炊き込みご飯のことです。ウズベキスタン料理店などでも定番メニューです。中央アジアでは米を蒸らす前に、干しブドウをのせて食べます。
羊肉の水餃子もあります。水餃子は中央アジアでも広く食べられています。
これまで新疆ウイグル料理といえば、2010年に初台にオープンした「シルクロードタリム」が有名でした(実は高田馬場のはずれにも「ウルムチ」という店があったのですが、コロナ禍で閉店してしまいました)。これらの店の特徴は、新疆ウイグル自治区出身のウイグル人たちが経営していることです。
ところが、最近増えているのは、新疆ウイグル自治区出身の漢族や回族などの人たちが始めた店です。
背景には、中華人民共和国の建国以降、新疆ウイグル自治区に多くの華人たち(主に漢族)が移住したことがあります。今日ではすでにこの地域では、ウイグル人より華人たちの方が人口数的には多数派です。
そこで何が起きたかというと、この地に移住した華人たちによって、本来トルコ系であるウイグル料理と中国の料理が時間をかけてミックスされていったのだと考えられます。
今日の中国の料理は全般的に四川料理の影響が強く、パンチの利いたホットな味つけが、とりわけ若い世代に好まれています。ウイグル料理もそれなりにスパイシーなのですが、華人たちのつくる料理はトウガラシを多用することで、それを凌駕しているように思います。つまり、ウイグル人の店と華人の店では味が少し違うのです。
このような料理は「新疆料理」と呼ばれ、ウイグル料理とは別物とみるのもひとつの考え方でしょう。ただこうした現地化の諸相は世界各地でみられるものであり、あえて「新疆中華」と呼んでみたくなります。
この話をロシア人の若い友人にしたところ、彼はこんな風に言いました。「なるほど、いまの新疆の実相が東京で見られるわけですね」。多民族国家であるロシア出身の彼には、なぜそのようなことが起こるかよくわかっているのです。
面白いのは、これらの店をいくつか訪ねてみると、ウイグル人と華人が一緒に経営や調理をやっている姿が見えてくることです。国内外のメディアでは人権侵害の話ばかりしがちですが、彼らは実際にその地で「共生」しているという一面もあるのは確かであり、来日した新疆ウイグル自治区出身の若いオーナーや調理人たちは、お互い助け合って店を切り盛りしているのです。
それを実感したのは、昨年7月に東池袋にオープンした「疆莱」という新疆料理店です。
この店のオーナーや調理人、スタッフは、同じ出身地の20代の若いウイグル人と華人たちです。
こうなると、味はどう違ってくるのでしょうか……。一度この店に行って食べてみましたが、ぼくにはうまく説明できません。
もしよろしければ、ウイグル料理と新疆料理、そして若い両民族のオーナーが始めた店の味を食べ比べてみてください。