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第10回 麻辣といえば四川料理~「ガチ中華」の地方料理①
「ガチ中華」には大きく2つの特徴がありますが、そのうちのひとつが「これまで日本では味わえなかった中国語圏各地の地方料理」の世界です。
これから数々の地方料理を紹介していくつもりですが、まず「ガチ中華」の代名詞ともいえる四川料理から始めましょう。
四川料理は中国語で「川菜(チュアンツァイ)」と呼ばれます。日本では四川料理といえば、辛さ=「辣(ラー)」で知られてきましたが、本来は中華山椒の花椒(ホワジャオ)のシビれ=「麻(マー)」と辛さをかけ合わせた「麻辣」が特徴です。これまで日本には存在しなかったシビれる辛さは衝撃的です。
このほか、塩漬発酵させたトウガラシ「泡椒(パオジャオ)」を使うなど、味の奥深さは探求しがいがあります。
では具体的にどんな料理があるのでしょう。まず日本でも比較的知られている料理から。
■よだれ鶏(口水鶏)
スパイシーな鶏肉の前菜である口水鶏(コウシュイジー)は、日本では「よだれ鶏」と呼ばれ、いまや広く知れ渡っていますが、ガチな四川料理店ではガツンとくる味わいです。
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湯通した鶏肉をぶつ切りにし、ゴマ油をベースに花椒や八角などを加えた麻辣ダレをかけたもので、花椒をどう使うかで味がまったく違ってきます。
■辣子鶏
麻辣鶏肉炒めの辣子鶏(ラーズジー)は、骨付き鶏のもも肉を大量の干しトウガラシや花椒、ショウガ、ネギなどと一緒に炒めた料理です。
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四川に行くと、トウガラシの山に埋もれた鶏肉を探して食べるくらいが普通というから驚いてしまいます。なんといってもビールに最高のつまみでしょう。
■魚香肉絲
魚香肉絲(ユィシャンロウスー)も、たまに中華料理店での定食メニューにありますね。
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塩漬発酵させたトウガラシ「泡椒」やトウバンジャンを使い、千切りした豚肉やタケノコ、ニンジン、キクラゲを炒めた甘・酸・辛を楽しめる一品です。
■干煸四季豆
さや付きインゲン豆と豚肉の炒め物の干煸四季豆(ガンピエンスージードウ)は、必ず頼みたくなる一品です。肉料理ばかりだとつらいとき、これを頼むと、まだまだいける気になるからです。
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味つけは花椒や干しトウガラシ、トウバンジャンなどですが、インゲンのホクホクとした歯応えと食感がたまりません。
四川料理は辛さの果てに感じられる複雑な味わいを堪能するのが醍醐味です。これから先のメニューは、四川料理店で注文したら通と言われるかもしれません。
■夫妻肺片
中国の友人と四川料理店に行くと、前菜としてよく注文されるのが、牛ホルモンの辛味合えの夫妻肺片(フーチーフェイピエン)です。
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牛タンやハチノス、心臓、レバーなどの内臓系を煮込み、いったん鍋から取り出した後、花椒(ホワジャオ)や八角、桂皮、ラー油、トウガラシなどを混ぜた麻辣タレにつけた冷菜です。名前の由来は、1930年代に成都出身の郭さん張さんのご夫婦が捨てられた部位を使って創案したことから。酒のつまみとしても絶品です。
■白灼腰花
美味なる豚マメ料理の白灼腰花(バイジュオヤオホワ)もぜひ試してみたい一品です。
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「白灼(バイジュオ)」とは煮えたぎったお湯に生の食材を入れ、数分ほどでいったん取り出す「湯引き」という調理法で、メインの素材は豚マメ(腎臓)。口当たりのいい食感がたまりません。
■毛血旺
毛血旺(マオシュエワン)も中国の人が大好きな一品です。
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鴨血(ヤーシュエ=鴨の血を蒸して凝固させたもの)をメインの素材にミノやセンマイなどの牛のホルモンと豚肉、ハム、キクラゲ、モヤシなどをトウガラシや花椒を入れたスープで煮込んだものです。
■椒塩茄子
最後は日本人好みの一品で、ナスの花椒衣揚げの椒塩茄子(ジャオイエンジチエズ)。
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ぶつ切りしたナスに衣をつけて油で揚げて取り出し、花椒(ホワジャオ)や刻みトウガラシ、ニンニクなどと一緒に炒めたもの。サクッとした食感が特徴で、ナスの甘みが感じられます。白身魚を同じように揚げた「椒塩魚柳(ジャオイエンユィリウ)」も衣の中の魚がとろけるような絶妙な味わいです。
ほかにも四川料理はまだたくさんあります。第2回で紹介した四川火鍋やマーラータン(麻辣燙)、マーラーシャングオ(麻辣香鍋)、串串香(ツァンツアンシャン)/冷鍋串串(ロングォツァンツァン)、水煮魚(シュイジユーユィ)、烤魚(カオユィ)などもそうです。
最後に今日の四川料理が生まれるまでの簡単な歴史を紹介します。
四川省はその肥沃さから「天府之国」と称される四川盆地にあり、1億人を超える人々が暮らしています。気候は温暖ですが、夏の暑さは厳しいことで有名。このような風土のもと、早くから経済的発展を遂げ、独自の食文化も開花し、宋代に最盛期を迎えました。
しかし、南宋末以降、幾度となく戦火に見舞われ、衰退しました。清の康熙年間(17世紀後期)に入り、ようやく社会が安定すると、現在の江西省や福建省、湖北省などから移民を募って復興に努めました。この過程で各地の料理が四川に持ち込まれ、地元料理と混ざり合ったといわれています。
さらに、この頃中国に持ち込まれたトウガラシが四川省で広く栽培されるようになり、19世紀末頃に現在の四川料理の原型ができあがったといわれています。
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なかでも四川名物の火鍋は、19世紀中期、四川省の成都の南東約250kmにある瀘州の港で生まれたとされます。その後、重慶に伝わり、労働者の間で人気となり、今日に至っています。
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