第13回 東京で食べられる延辺朝鮮料理の店~「ガチ中華」の地方料理④
延辺朝鮮料理(以下、延辺料理)の店が東京に現れたのは、2000年前後頃からと、他の地方の「ガチ中華」に比べ、かなり早いです。
有名なのは「千里香」(池袋、新大久保、新宿、上野)「延吉香」(新大久保、御徒町)「四季香」(池袋、上野、府中)でしょうか。
この3店はすべて足を運んだことがありますが、ぼくが比較的よく行くのは、池袋にある千里香です。もう10年以上前のことですが、この店で延辺由来の自動串焼き器を最初に見つけたからです。
いまでは都内の延辺料理店では、どこでも採用している自動串焼き器ですが、串が目の前でゆるゆる回って羊肉をまんべんなく焼く様子を眺めているのが、のどかで楽しいのです。実をいえば、ぼくが最初にこの自動串焼き器を見たのは、延辺を訪ねたときでした。
最近では、ぼくの知る限り、都内に2軒の新しい朝鮮族の人たちによる店がオープンしています。
ひとつは昨年の春にオープンした池袋の「鮮族烤肉」という店です。
「烤肉」は焼肉のことです。「鮮族」とあるので、延辺出身の人の店かと思ったら、遼寧省瀋陽市にある西塔という中国最大のコリアタウン出身の朝鮮族で李さんという人がオーナーの店でした。
食べログには「中国最大のコリアンタウンといわれる遼寧省瀋陽市西塔の朝鮮族スタイル焼肉『老式烤牛肉』の店」と紹介されています。
店内の壁には、西塔のイラストが描かれていました。
ぼくは以前、西塔にある飲食店を取材し、グルメマップをつくったことがあります。1992年の中韓国交回復以降、韓国資本の店も多かったエリアですが、北朝鮮レストランなどもあり、とてもユニークな街でした。いま池袋でこんな食の追体験ができるとは……。東京ディープチャイナとはまさにこういう現象なのです。
「老式」とあるように韓国風焼肉とも少し違い、タレが甘かったのが意外でした。冷麺は確かに現地風でした。
もう一軒は、昨年12月27日に御徒町にオープンしたばかりの「羊炭長」です。
延辺朝鮮料理の店ということで、キムチや延辺風羊肉串、冷麺など、数々の現地料理がありました。最新の自動串焼き器が優れものです。
その日はプレオープンだったので、会場には招かれた同郷(中国東北地方)のオーナーたちがたくさんいて、味坊集団の梁宝璋さんや林強さん、明信江さんも来ていました。驚いたのは、韓流風ダンスやチマチョゴリを着た女性の歌謡ショーなどが延々繰り広げられたこと。
オーナーに聞くと、オープン後はこのようなショーは毎日はやらないものの、人を集めて宴会を企画すれば、彼女らを呼んでショーを見せてくれるとのこと。一緒に出かけた日本の友人は以前、上海に駐在していたので「まるで上海の北朝鮮レストランみたいだ」と話していました。会場にはほかにも何人か知り合いがいましたが、盛大な宴でした。
都内の延辺料理店に関する面白い話があります。
延辺朝鮮族自治州の州都である延吉には「金達莱」という老舗の大衆的な冷麺専門店があります。実は新大久保にも同名の店があり、2002年夏のオープンという「ガチ中華」界でも老舗といえる店で、以前は延辺料理の店として営業していました。おそらくぼくが最初に行った延辺料理の店でした。
ところが、数年前からこの店の表看板が「韓国家庭料理店」に変わっていたのです。
店名の「金達萊」は中国吉林省延辺朝鮮族自治州の州花のツツジのことで、ぼくは実際に現地の「金達莱」に何度か冷麺を食べに行ったことがあります。
なぜこんなことに!? と思ったら、新しい店の宣伝パネルをみて判明。そこには「BTSも絶賛‼!ヤンコチ(羊肉串)」とありました。
ヤンコチは羊肉串の韓国語で、2020年にヒットしたドラマ『愛の不時着』にも出てくる朝鮮族の人たちのご当地グルメです。そういうわけで、新大久保という場所柄、ご時勢ゆえにこうなったんだなと納得しました。
ところで、都内の延辺料理店でひとつだけ残念なことがあります。それは、延辺料理のタッコム(鶏飯)を食べられる店が見当たらないことです。これ絶品です(もしあったら教えてくださいね)。
それからもうひとつ、延辺の食を語るうえで、補身湯(ポシンタン)は外せません。昔からこの地方では狗チゲや狗鍋が食べられており、専門店が並ぶ通りもあります。犬食については国際的な批判の声もありますが、朝鮮半島の伝統的な食文化のひとつです。
補身湯はさまざまな香辛料が加えられた濃厚なスープです。もともと夏バテ防止に食べる鍋だけあって、精がつくことうけあいです。ほかにも、炒めたり、茹でたりといろいろな食べ方があり、延辺産の濃いミソをタレにして食べます。
実は都内の延辺料理店の中にも補身湯が食べられる店がある(あるいは、あった?)ようです。
ぜひ一度延辺料理の店を訪ねてみてください。