【お天気】スキルを馬鹿にされ、追放された公爵令嬢。不毛の砂漠に雨を降らし、美少女メイドと共に甘いスローライフ~干ばつだから助けてくれって言われてももう遅い~32
32. 賽は投げられた
困惑している二人に、オディールは固く握った拳をブンブンと振りながら、熱意を込めて語る。
「何言ってるんだよ。街を目指す以上、セント・フローレスティーナには少なくとも十万人が住むことになるんだよ? 最終的には百万人を超えるかも。ショッピングモールは必要さ」
「百万……? 王都ですら二十万人しかいないんですよ?」
ヴォルフラムは困惑しながら返す。
「百万くらい行くんじゃないの? 一千万人の都市だってあるんだ……。あっ、理屈上はね?」
オディールはつい東京を思い出しながら言ってしまい、慌てて冷や汗を流した。
「一千万人なんて不可能ですよ! でも……、そんなに人が集まったら凄いことになりそう……。夢みたいですねぇ」
ヴォルフラムはメトロポリスを夢見て、嬉しそうに笑った。
「ほんと夢みたいだねぇ……」
オディールは憂いを帯びた瞳でロッソを見つめ、深いため息を零した。そう、東京の暮らしは夢みたいだった。新宿の高層ビルで働いて、夜は渋谷の夜景を眺めながら飲み、ラノベを読んで、アニメを観て笑っていた。ネットではバカな騒動がひっきりなしに起き、みんなでバカ話を書き込んで笑いあう。異世界ではもう想像もつかない刺激と熱情のるつぼだった。
オディールの胸を一抹の寂しさが吹き抜ける。
しかし、今、自分には新しい仲間とセント・フローレスティーナがある。オディールはブンブンと首を振って未練を飛ばすと、ここを東京なんかより楽しく活気ある街にするのだと、決意を新たに拳を握りしめた。
◇
二階のフロアも完成し、立体駐車場みたいながらんとした一階の空間に壁を作っていく。当面は住居に、その後商店としても使えるような区分けを考えながら廊下を作り、住めるように壁を張っていった。
「そろそろ夕飯にしませんか?」
ヴォルフラムがお腹を鳴らし、目を潤ませながらオディールに哀願する。
その姿があまりに可愛らしいので、オディールはつい笑いそうになった。
「そうだね、続きは明日だ。ミラーナもお疲れ様!」
張った壁が若干曲がっているのが気になって、ペシペシと岩壁を叩いていたミラーナは振り返り、驚いたように言った。
「え? もう終わり? 私はまだまだいけるわよ!」
「夕飯の準備もしないとだし、ヴォルのお腹がもう限界っぽいよ」
ミラーナはヴォルフラムの方を向くと口をとがらせ、大きく息をついてうなずく。
その時だった。バサッバサッと翼のはばたく音が響いてきた。
急いで広場に行って見上げるとレヴィアが着陸態勢に入っている。背中には人影があり、大きな荷物を足からぶら下げている。どうやら移住者も連れてきたようだった。
レヴィアは素早く羽ばたいて空中に一旦止まると、荷物を降ろし、自分も広場に降り立つ。
ズーン! と、重低音が響き渡り、セントラル全体が地震のように揺れた。
「あわわわ。レヴィア! ダメだよ! ここは人間専用!」
オディールは両手を突き上げ、怒りの叫びを響かせた。
「なんじゃい、もっとしっかりしたもの建ててくれぃ。ガッハッハ!」
レヴィアは悪びれもせず重低音を響かせながら笑う。
すると背中からアラサーの赤バンダナ男がピョンと跳びおり、駆け寄ってくる。
「おぉ! お嬢ちゃん。君が領主さんっすか?」
男はなれなれしくオディールに近づいた。
「りょ、領主……?」
男に迫られ、気おされるオディール。
「こんな華奢な女の子に街なんて作れるんすかね?」
男は右から左からオディールをジロジロと眺めまわした。
直後、女性が慌てふためいて近づいてきて、力強く男の頭をはたく。
「コラァ! あんたはいつもずけずけと失礼なんよ!」
彼女は赤毛をくくり、藍色の作業服を着て、男と同年代に見える。
「痛ったぁ! 何すんね?」
「『何すんね』じゃないよ! すみませんねぇ、ホント、コイツバカなんよ」
女性はオディールに深々と頭を下げる。
「あー、皆の衆。紹介しよう! 彼女が我がセント・フローレスティーナの初代領主、【オディール・フローレスティーナ】じゃ。彼女がこの地を見つけ、この地を聖地として花開かせたのじゃ」
金髪おかっぱになったレヴィアはオディールを紹介した。
「りょ、領主ってどういうこと?」
オディールは焦ってレヴィアに小声で聞く。
「何言っとる! 移住者を受け入れた時点でここはもう領土。そしてリーダーは領主じゃ。覚悟決めんかい!」
レヴィアはパンとオディールのお尻をはたいた。
オディールは改めてやってきた人たちを確認する。先ほどの男女と二つの家族、子供たちを含め、おおよそ十人ほどがオディールの方に静かに視線を注いでいた。彼らの視線には、一抹の戸惑いが見て取れる。華奢な十五歳の金髪少女が領主であることはやはり不安を呼ぶのだ。
延々と砂漠を数百キロ飛んで、着いたのは何もない花畑であり、領主は少女だという。その困惑は痛いほどわかる。何しろセント・フローレスティーナには夢と希望しかないのだから。
とは言え、もはや賽は投げられたのだ。オディールは彼らを見回し、ゴクリと唾をのんだ。
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