DeepBody:新規論文から考える(2):Sten Grillnerの総説論文 Current Principles of Motor Control, with Special Reference to Vertebrate Locomotion 運動制御の現在の原理-脊椎動物の運動を特に参照して
Sweden、Karolinska研究所のGrillnerの総説である。
彼は1970年代より、ヤツメウナギをモデルに動物の運動解明に取り組んできた。真の意味の権威である。
この総説の出だしは、筋肉に関しての英国Sherrington卿の言葉から始まる。「動くとは何か?」、すべては筋肉細胞内の分子機構に戻るが、一方それを制御するものは神経系である。その運動への神経系が我々の身体には二系統ある。そのConceptを明示したのが本総説である。この点を重視して彼の総説を解説する。
「人生は偶然の積み重ねだ」
80歳を前に自分の人生を振り返って、初めてこの真理に気がつく。
このGrillnerの総説に遭遇したのも全くの偶然だ。呼吸器内科医が運動生理学の総説を読むことなど、普通はありえない。人生の偶然にはいつ、どこで、遭遇するかわからない。
時はコロナ禍中の2020年であった。街を出歩けなくなり、運動不足支援の番組が多かった時代である。NHKの「体幹バランス(2020年3月号)」放映を偶然見て、その動きと西野流呼吸法基礎bodyworkの共通点にハッと気がついた。
呼吸法とは「酸素を取り込む方法」だとか、「肺の換気運動」という理念ばかりが追求されているので、身体構造としての体幹に関する想像力が呼吸器内科医から抜け落ちている。
PubMedいう米国の医学データベースで“body trunk”を検索した。2020年の夏ごろである。数週間時間を見ては検索したが面白い論文は見つからない。総説に絞って検索したところ、
その年、2020年1月発表のこの特別な総説に遭遇した。
しかもその優れてConceptualな説明に接して、長年自分の身体で感じながら、その実態が分からなかった西野流呼吸法の現象が氷解した。
「これだ!」と快哉した。それが以下説明する二系統運動系の図である。
この総説は37頁、引用が490論文という大部である。しかしこのnote解説では2枚の図しか使わない。身体を考える原点が分かれば充分である。
ヤツメウナギと霊長類の中枢神経系の比較図
その図1(原著ではFigure.1)には霊長類とヤツメウナギの中枢神経系が示されている。
この図は脊椎動物の祖型としてのヤツメウナギと、はるか5億年の時間経過で進化した霊長類の中枢神経系の比較図である。
図1
何が共通し、何が新たに加わったのか?これが見事に一枚の絵で示されている。
さて繁々眺めると、脊髄から大脳基底核(Basal ganglia)までは共通しているのは分かるだろうか?これを建物の一階部分と見なすと、その上に建て増し構造として見えるのが大脳(Cerebral cortex)と小脳(Cerebellum)である。これらは絶妙な運動制御(しゃべる、微妙な手指の運動制御、楽器演奏あるいは箸を動かすなど)に特化した、進化が生み出した我々ヒトの特性部分である。
では脊椎動物祖先と我々ヒトに共通の一階部分には何の機能が存在するのか?
脳幹部から延髄へ、その機能が簡便に記入されている。
具体的には、見てのとうり、生存に基盤的な機能が並んでいる。
哺乳類の一階部分には、脳幹部の食欲、あるいは渇きの感知、感情表現など。
ヤツメウナギの一階部分には眼球運動、回避行動(fight、flight、freezing)、産卵などが並ぶ。
小脳の下の部分延髄では、呼吸(breathing)、噛む(chewing)、飲み込み(swallowing)、が共通して並び、脊髄ではlocomotion(前進運動)などの実働的制御機構が共通である。
この一階部分こそ、先に説明した皮質下構造(Subcortex)(リンクhttps://note.com/deepbody_nukiwat/n/n8a13b3df078a?magazine_key=m06235142a61d)である。
ここでGrillnerが書き込んだ機能は、生まれてすぐに必要な機能群である。
まず呼吸をせねばならない。母の乳房に吸い付いて、ミルクを飲み込まねばならない。アフリカのヌー(牛)などは生後数時間で立ち上がって、自分でヨチヨチ歩き出さねばならない。
一体どうやってそんな多彩なことが一度にできるのか?
これらは、従来は「本能」といわれてきたものである。
よく図を見ていただくとCPGと書いてある。これはcentral pattern generatorの略であり、「本能」の実態で、「既組込み神経回路(built-in neuronal circuit)」である。すなわち学習することなく、神経circuitが自動対応する。
一体どう組み込まれていくの?
その一部は以下に示すように動画で見ることができる。
胎児期、脊髄が次々形成伸長されてゆくと同時に、神経細胞が生存に必須の機能を発揮できるようシナプス結合してcircuitがつくられてゆく。こうしてできあがったものが、それぞれ機能特化したCPGである(zebrafish(メダカ)脊髄神経系回路動画リンクメダカ脊髄神経経路形成動画)。
「呼吸は随意にできますよ!なぜ自動運動なの?」
良い質問です。
では、寝てる間は、誰が呼吸を指令しているのか?
良い質問というのは、随意(大脳皮質運動野)と自動(延髄呼吸中枢:breathing CPG)の両立に気づかせてくれるからです。
ここに二系統運動系を理解するポイントがある。
脊椎動物の系統樹とMMC/LMC二系統運動系
二系統運動系は脊椎動物進化でどう生まれたのか?それがGrillnerの総説に示されている図2(原著Figure. 6)である。
図2.
図2の上部には脊椎動物の系統樹が示してある。560 mya(5.6億年前)のLamprey(ヤツメウナギ)は”No fin”であるが、420 mya(4.2億年前)のRay(エイ)には腹鰭が出現し、ここで”Fin and LMC”が始まる。そして右上の両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類では”Legs and LMC”となる。
ここでMMC(medial motor column)とLMC(lateral motor column)がbuilt-in circuitの神経細胞群である。MMCはヤツメウナギなどのundulation(くねくね前進運動locomotion)に関与し、LMCは鰭から陸上へ進出して四肢となった脚の左右交互前進運動(locomotion)に関与する。
図の下部に示すのは脊髄の模式図である。
左にはundulation locomotionのヤツメウナギ、魚、サンショウウオ、蛇などがピンクのMMCのみで示される。
驚きは、右の”locomotion with fins and legs”で示されたエイから哺乳類までの脊髄には、ピンクのMMCと緑のLMCが並んで示されている。
すなわち進化したからという理由で、LMCがMMCに置き換わったわけではない。
実はMMCはBasal ganglia/延髄/脊髄CPGとしての運動系として残っている。
一方LMCは、その後発達した大脳皮質運動野からの指令として、通常はこの系が運動系として前面で作動している。すなわちLMC系はいわゆるPyramidal tract(錐体路)としての運動系である。
ではMMC運動系は、進化を経て残って、どんな正常機能を持っているのか?
どうもMMC/LMCの相互・統合性に関しては充分な研究は今後の展開の様である。
実際MMC運動系としては、臨床で神経疾患パーキンソン病やハンチントン舞踏病等が知られているだけである。
しかし、西野流呼吸法を実践してきた筆者としては、東洋系BodyworkやMartial artsとして関連するものはMMC運動系ではないかという仮説を報告した(医学書院Brain & Nerve2022年9月号)。
この意味するところは、現在の西欧医学が想像すらしていないSubcorical領域に、東洋系Bodyworkの伝統的方法から安全にアクセスしうる可能性、そしてそれは新しい医療展開の可能性を示唆する。
この点に関しては、この論文紹介の続編でもう少しdiscussionしたい。
一方で、ではMMC支配下の筋群は、我々ヒトの身体ではどう分布するのか?大変興味深いポイントとなる。
これに関しては次の新規論文として、日本の福島医科大学のグループからの論文を紹介して議論したい。
なお、ここでは詳述しなかったBasal gangliaからの運動システムに関しては、以下を参照ください。
・第12回 ③人体生理学新領域paired signaling physiology: その基礎医学研究と臨床研究
(3)体幹エンジンシステム〔大脳基底核+脊髄CPGs(central pattern generators)〕が制御する体幹筋群locomotion運動:
21世紀脳科学が示唆する東洋系操体との関連
1)「深身体」である体幹エンジン運動体とはどんなシステムか?
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kokyurinsho/5/5/5_e00125/_pdf/-char/ja
・第12回 ④人体生理学新領域paired signaling physiology: その基礎医学研究と臨床研究
(3)体幹エンジンシステム〔大脳基底核+脊髄CPGs(central pattern generators)〕が制御する体幹筋群locomotion運動:
21世紀脳科学が示唆する東洋系操体との関連
2)MLRとLocomotion実働システムである脊髄CPGs:どういう構造で何をやっているのか?
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kokyurinsho/5/6/5_e00126/_pdf/-char/ja
今回のノートでは「偶然」について述べた。最後にもうひと言。
ここでは偶然という言葉を使っているが、まったくの偶然ではないだろう。
自分の課題として、どこかで常に「心に引っかかるもの」が背景にある。だから、一見偶然のように出会うのでないか?
この「心にかかるもの」がなければ、人生はほとんどがすれ違いで終わっているのだろう。
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