新規論文紹介③-2:II.Primaxial/Abaxialという体幹筋群は、人の全身にいかに分布しているのか?本間他:脊髄神経分岐の 3 要素モデル: 人間の肉眼的解剖学と現代発生学の融合 Homma S et al: Front Neurosci. 2023: 16: 1009542.
このnote記事は、Primaxial(軸近)、Abaxial(軸遠)という体幹筋群構造、言い換えれば体幹という全身運動体の形成が、そもそも受精3週後の脊椎動物の胚構造の中にその原点があることを、2000年前後からの新たな身体研究展開として記している。今回は3回連続の2回目である。(前回はリンクhttps://note.com/deepbody_nukiwat/n/n07b5f7633437)
Primaxial/Abaxial筋群構造の祖型例えばヤツメウナギの構造は、その後の脊椎動物進化(ことに四肢の発生と陸上での展開)を受けて、形態形成の最終型である成人では、複雑な構造になった、というのが今回の話である。
その複雑さの由来はLocomotionという動物の基盤機能である。それがもう一つの基盤機能であるRespiration(呼吸)にも相互に絡む。この相互性こそ新たな視点である。それはまた、呼吸運動論としても新たな視点である。
こう話を始めても、人体解剖が中学・高校教科書レベルの理解である一般の方では、なおイメージがわかないと思われる。
そのため、前回のタイトル図の一部に戻る(図1)。
これは鳥類の体幹筋群の考え方を示した2003年当時の図である。まだ詳細なものでなく、概念図としての理解である。
青色部分の筋群が魚類から引き続くPrimaxail筋群である。それに加えて、腹部に(図の下の部分)薄緑色から緑色へとAbaxial部分が見られる。これが進化で四肢を獲得し、さらに地上生活に移ったのち、少しずつ進化変化した複雑部分である。
では我々の身体の体幹筋群で、どの部分が旧いPrimaxialで、どの部分がAbaxialか?
これを区別するにはマーカーが必要となる。進化を経ても脊椎動物を通して比べることができる遺伝子マーカーを用いる。そのマーカーを使って判別できるようになったのが21世紀に入った前後である。
こうした前提で、簡便に本間らの考え方を説明し、彼らの全身の筋群の表を示すことにする。
そもそも運動神経はその終末部で神経筋接合部を介して、筋肉の収縮を制御している。従ってこうした部分の運動神経系を調べ、先にGrillnerの論文で紹介したMMC/LMCがいかなる遺伝子マーカーで弁別できるのかという方法論になる。
本間らは検討の結果、以下のマーカーで判別している。
・MMCm(Lhx3(+))の運動神経 →Primaxial領域の筋群の運動を支配
・MMCl(Lhx3(-)、Pou3f1(+)、FoxP1(-))の運動神経 →体壁のAbaxial筋群をIntramural枝を介して支配
・LMC(Lhx3(-)、FoxP1(+))の運動神経 →外側体壁のGirdleや四肢筋群をExtramural枝を介して支配
こうしたマーカーを駆使しながら、マウスの肋間筋群における胎生期の神経走行追跡で新規の事実が判明した。
分かりやすくいうと、運動神経は脊髄から背側の背枝と、腹側の腹枝に別れ、それぞれの領域の筋群を支配する。
背側の筋群はヤツメウナギ以降の旧い筋群(ヒトでは脊柱起立筋群など)をMMC支配筋群として引き継いでいる。これがPrimaxial筋群と呼ばれる。
問題は四肢が進化する経過で複雑になった、腹側の筋群である。
マウスの肋間筋郡の神経を追跡すると、身体の内側と考えられるMMC支配の旧い筋群の一部が、実は外側にもマーカーで同定された。
その内側(深層)には旧いMMCl神経支配の筋群が存在し、これがAbaxial筋群と呼ばれる。
さらにヤツメウナギのくねり運動から、哺乳類のように進化した四足歩行運動に関連する筋群(すなわちGrillnerのいうLMCの支配する筋群)はPrimaxial/Abaxial筋群の外側に存在する。
その概念的図が図2である。
かなり入り組んだ図である。
図として示しても理解は簡単でないだろうが、ここの色分けが重要である。
エンジ色部分がMMCm支配筋群でPrimaxial筋群。実はこのPrimaxial筋群は呼吸運動としては吸う息(吸気)に関連する。
青色部分がMMCl支配筋群で進化に伴うAbaxial筋群。そしてこの部分の筋群は呼吸運動としては吐く息(呼気)を担う。
緑色部分がLMC支配筋群で、体表から実際に見えるものが多い。四肢にLocomotion運動を引き起こす。
こうした2D的断面構造であるから複雑であるが、背側、腹側として単純化すると、タイトルの概念図となる。
本間らはこうした検討を、胸部、腰部、骨盤、頸部、上腕部の各脊椎領域で詳細に調べ上げ、最終的にSupplementの表として示している(リンク本間ら原著論文Supplemental data)。しかしそれは長い表になるので、本間らの考え方に従い、17種の筋群として縦方向に並べ、一方で脊椎領域に沿って頸椎・胸椎(C-Th)、胸椎・腰椎(Th-L)、腰椎・仙骨(L-S)として横方向に区域を分け、実際の筋群名を入れたものが表1である(貫和敏博、重田哲哉:呼吸臨床、2024,https://kokyurinsho.com/focus/e00187/、ID/PW登録必要)。
この表はGrillnerのいうMMC/LMC神経支配が、我々ヒトの筋肉で
どう分布するのかを示している。世界でも初めての資料と思われる。
表のエンジ色の筋群がMMCm(medial motor column, medial)、青色がMMCl(同、lateral)である。緑色は四肢運動と関連ある筋群で、LMC(lateral motor column)である。
実際の筋肉名は、医師といえども名前しか知らないものが多い。一応ウィキペディア等で調べられる。簡便に座右で使えるものは、石井直方・荒川裕志「プロが教える筋肉のしくみ・はたらきパーフェクト事典」(ナツメ社、2012年(リンクhttps://www.natsume.co.jp/books/1209))の「第8章:体幹・頸部の筋」が、コンパクトにまとまり、理解に便利である。
このMMC/LMC支配体幹筋群は、日頃は縁の下の黒子のような働きである(実際の生理機能はまだ不明の点もある)が、「火事場の馬鹿力」やあるいは西野流呼吸法「対気」における一見不可思議な身体の動きの理解となるものである。
またこの一覧からPrimaxial筋群(エンジ色)とAbaxial筋群(青色)がグループ筋群として具体的に理解できる。そしてその知見は、西野流呼吸法基礎の足芯呼吸、華輪をはじめとする動きの意味と理解にもなる。
これらの点は次回「III.Primaxial/Abaxial筋群は西野流呼吸法基礎動作にいかに取り込まれているのか?」で議論したい。
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