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DeepBody新規論文から考える⑧ Dopamine、Immunity and Disease(ドーパミン、免疫、そして病気)(1)

Dopamine, Immunity, and Disease:Pharmacol Rev. 75(1):62-158, 2023. DOI: 10.1124/pharmrev.122.000618


はじめに


さて、今回はいよいよ前回紹介したフィラデルフィア大学Gaskillたちのドーパミン・免疫論の総説を紹介する。2023年発表の100ページ弱の長大な総説で、1000をゆうに越える引用文献がついている。
繰り返しになるが、そもそも西野流呼吸法「対気」ではシグナリングで全身が衝撃を受ける。その時皮質下脳の線条体ではドーパミンが投射される。ところが、実践者の声は身体の反応だけではない。対気体験を重ねるに連れ、生活一般の楽しさ、前向きな気持ち、あるいは慢性病態への好影響などが語られる。それは「気の問題」と私自身は長らくほぼ無視していた。それが2020年前後より、ドーパミンと免疫研究の展開を最近知り、考えなおし始めた。
 
このドーパミンと免疫の総説では、今までほとんどの研究者が予想だにしなかった領域に踏み込むための、周到な準備も窺える。いかなる論旨展開をするのか、興味ある方もいらっしゃるだろう。以下全体の目次を示しておく。

本総説(膨大な引用文献を含む)の目次

全体はIからVまでの5章でIII、IV章が本論であるが、Iではドーパミンの基礎論、IIではドーパミン免疫関連研究の考慮事項が論じられている。今回はこのI章とII章に関して紹介する。

I. Introductionのポイント紹介


中心はB.Dopamine signalingになる。
大変総括的なドーパミンとその受容体(ヒトでは5種)と、その細胞内シグナル伝達経路が、一枚の図として目にしたことのない「詳細な全部入り」で示されている。ドーパミン作用を考える上で貴重な図である。

出典:Fig.1 , Channer B, et al: Pharmacol Rev 75, 62-158, 2023 解説は本文参照

図の解説の日本語訳は以下である。
 
図1. 同族受容体を介したドーパミンシグナル伝達
ドーパミンシグナル伝達はGPCRを介して行われる。
D1様受容体(D1とD5、赤色)は古典的にGαsと結合し、アデニル酸シクラーゼの活性化を媒介し、cAMP産生、PKA活性化、そして下流のPKA標的の活性化につながる。
D2様受容体(D2、D3、D4、青)Gαi経路に結合し、アデニル酸シクラーゼのcAMP産生を阻害し、D1様シグナル伝達に対抗する。
・D1様受容体はPLCβの活性化にもつながり、カルシウム・フラックスとPKCの活性化を促進する。
・D2様受容体もまた、Gβγを介してこの経路を活性化することができる。
・D2様刺激はさらに、β-アレスチン/PP2Aシグナル伝達複合体の形成を通してAKTのリン酸化を阻害することができる。
・D1様刺激とD2様刺激の両方が、ホスファチジルイノシトール3キナーゼ(PI3K)/Aktシグナル軸の活性を通してAKTのリン酸化につながるが、そのメカニズムは明らかではない。
・下流では、どちらの受容体もMAPKファミリーのメンバーを活性化することができる。これは、cAMP活性化、PKCおよびカルシウムシグナル伝達、PI3K/Aktシグナル伝達カスケードの活性化を含むがこれらに限定されない様々なメカニズムによって起こる。BioRender.comで作成。(このBioRender.comのメディカル・イラストとしての優秀さも理解)

要点はドーパミン作用の対象細胞で発現する受容体(5種類)により、細胞内反応は全く異なる点である。概説的にはD1様受容体(D1、D5)は対象細胞を活性化し、D2様受容体(D2、D3、D4)は対象細胞を抑制する。
それ以外の点は結構専門的で、筆者自身ChatGPTと対話しながら文献を探して再学習した。これらの機構の内、細胞伝達や細胞間シグナルに関する受容体は、まずGタンパク質共役型受容体(GPCR)と呼ばれる細胞膜に複雑に組み込まれた受容体である(最近では3D構造からその機能、GDP/GTPの遣り取りが説明される)。そしてGPCRに接続するヘテロ三量体Gタンパク質(Gα、Gβ、Gγ)があるが、ここでGαだけでもGαsとGαiで機能が全く異なる。さらにそれらがアデニル酸シクラーゼやPLC(phospholipase C)を介して、cAMPやIP3をセカンド・メッセンジャーとして、各種プロテインキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)を活性化し、代謝や遺伝子発現を惹起する(以上の太字の項目はWikipediaでその詳細が日本語でわかる。英語版の日本語訳でもいい。この図1の背景にある複雑性がよく理解できる)。こんな図の解釈が試験問題になれば、学生の悪夢であるが、単にドーパミン=快楽物質と単純な方程式化をする前に、この進化的にも深い、複雑な細胞内機能を知って、新たな領域としてのドーパミンと免疫活性を理解すべきである。

その他では、C.はドーパミンの合成・代謝系。D.はドーパミンの放出と再吸収に関して、ここではドーパミントランスポーター(DAT)の理解が重要である。E.はあまり知られていないドーパミンの酸化体や酸化ストレスの解説。F.は以前の記事(https://note.com/deepbody_nukiwat/n/n245b14b7c212)に示した脳でのドーパミン作動経路。G.は末梢臓器:腎臓副腎髄質腸管神経系、さらに腸内細菌叢などがドーパミンの免疫作用を考慮する点から述べられている。

II.Consideration and caveats regarding the study of dopaminergic immunologyのポイント紹介


この部分はおそらく最後に執筆されたことが予想される。それだけに一方でドーパミンによる免疫作用の理解は重要であるが、今後の課題が多いことが理解できる。
A.    In vivoでのドーパミン測定:
中枢神経系(CNS)の研究に比べ、末梢組織ではドーパミン研究が遅れている。またCNSといえども、ヒトでの直接的なドーパミン測定は困難で、今後イメージング開発が必要。
B.    In vitroにおけるドーパミン濃度の設定:
生理的に適切なドーパミン濃度は10^-5~10^-11Mの範囲である。高濃度では非特異的反応も起こりうる。
C.    ドーパミン受容体の発現評価と考慮点:
先に述べた細胞内シグナル伝達上、その受容体発現の把握は最も重要であるが、細胞種や種差によって異なる点が問題である。mRNA、蛋白量を測定する時その解釈に注意が必要である。
D.種差によるドーパミン・シグナルと免疫機能の違い:
この問題はマウスモデルで免疫系を検討する際、常に注意点となる。ここではマクロファージのD1様受容体の反応差。あるいは多種受容体とのヘテロ体形成、あるいは腸内細菌叢への考慮などが論じてある。ヒトでの研究推進の必要性が述べてある。
E.薬物、依存性物質下の免疫系の影響:
当然のことながら考慮すべき今後の課題である。

総じて、前回の記事(https://note.com/deepbody_nukiwat/n/n72aa3acfd72e)で紹介した足三里刺激のマウス実験系はドーパミン効果で敗血症が改善する。まずかかるモデルにおいて、詳細なドーパミン効果の免疫細胞系の分子生物学的解析が次のステップと考えられる。
そうした証拠が積み重ねられれば、この領域は非常に面白い展開をするだろう。
次回はIII章、IV章の具体的な記述を紹介する。

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