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こころをからだにつなぐ呼吸法Bodywork第二章X 西野流呼吸法「対気」Bodywork X-3 「対気」-西野流呼吸法を実践した一般塾生により前面に出た現象


・西野流呼吸法の核心は「対気」稽古-その身体反応に伴う「溢れるエネルギー感」


武道としての不思議な身体現象は、日本では相撲、剣道、大東流合気柔術、合気道、あるいは中国における太極拳、ことに推手などすでにいくつか存在する。
 
しかし必ずしも武道志向でない人々が、一般塾生として多数(数千人から1万人を超える)西野流呼吸法に参加している。しかもほとんどの方々は数年間稽古を継続している。
こうした事実は従来あまり深く考えられなかった。しかし医師の目で見ても、世界的にまれな出来事と思われる。
 
「対気」(気で飛ばされる)という身体現象だけで、何年もの稽古の継続は可能だろうか?
一体何が理由で、一般の人々は対気稽古を楽しむのか?その背景にある医学生理が看過されているのではないか?今回はこの点を議論したい。
 
西野流呼吸法では、対気において指導員のシグナルに反応する身体を再覚醒させてゆく。
その基礎稽古では足芯呼吸、華輪などの本当にオリジナルな、しかし当時その身体的意味がよくわからなかった稽古を積む。しばらくすると指導員のシグナルに「自分の内なる未知の身体」が反応して、多くの人々は「この現象は何なんだ?」と驚く。
 
我々の身体の中に蓄積された、地球上生命の「生命誌」とでもいうべき運動系、進化により長い時間で変化してきた「くねり前進」、「四足前進」、「二足前進」に関わる神経系及び筋肉系が、実は我々の身体の中で共存している。そうした進化で旧い筋肉群は、二足歩行の我々では脊柱附着筋群と呼ばれ、背伸び以外にほとんど意識に上ることがない。
この旧い筋肉群が対気のシグナルに反応する。(次に記すURLを参照)
 
しかし実感として、身体の反応は、実は不思議な気持ちよさが伴うものである。
背伸びする気持ち良さと同質だが、何倍もの強烈なものともいえる。
おそらくこの「気持ち良さ」、なんだか「元気が溢れる」ような感覚が、一般の人々を魅了し、呼吸法、対気の稽古を繰り返すことになると思われる。実際、この対気の衝撃の「元気溢れる」感覚は、ほかのスポーツなどでは殆ど感じられないものである。

・対気反応に伴う爽快・エネルギー感覚:候補としての神経修飾物質Dopamine


私自身30年を超えて、この不思議な稽古を続けながら、対気の衝撃感とともに「身体に溢れるエネルギー感」はいつも感じていた。また塾生の皆さんの体験記にも、この「元気溢れる」感覚は繰り返し記されている。
 
Dopamineがこうした「エネルギー感覚」の候補物質として意識されたのは、先のGrillnerの総説を紹介した記事(電子ジャーナル呼吸臨床連載記事:URL、https://www.jstage.jst.go.jp/article/kokyurinsho/5/5/5_e00125/_pdf/-char/ja)で、記したように、運動開始への神経修飾物質であるからである。大脳基底核において、運動抑制(GABAによる)の状況を脱抑制する物質として、黒質緻密部(substantia nigra pars compacta、SNc)より届くDopamineの関与を読んで、この「元気」感覚の一つの候補と考えた。


図:Dopamine作動性投射系(出典:ブルーメンフェルト、カラー神経解剖学、p475、安原治訳、西村書店、2016)

最近になり、大脳基底核のみでの分泌と思われたDopamineは、運動開始時に大脳基底核以外に、延髄や脊髄MMC系でも分泌されると記されている。
しばらくDopamineに関する最新論文を検索して「元気」感覚を考えることにする。

・一般塾生が素直に「元気溢れる」感覚を記載


考えてみれば多重に不思議な西野流呼吸法の現象である。
 
私が西野流呼吸法を習い始めた1989年初頭は、渋谷の西野塾には多数の武道家が参集していた。しかし当時TV、週刊誌などのメディアが対気の現象を放映、報道することで、90年代に入ると武道には関係ない一般の人々が、どんどん参加するようになった。
その一般の人々が、「対気」の稽古で次々身体がシグナルに反応するようになっていく。
その頃東京、大阪の稽古場には数千人レベルが、長期的にみると1万人を超える人々が対気を経験したことになる。しかも多くの人々は短期ではなく、数年という長い期間である。そしてその理由は、単に「気で飛ばされる」という身体反応への興味ではなく、その衝撃感に伴う身体「元気」感があって、稽古を継続できたのであろう。
 
1998年「人生は「呼吸」で決まる-西野流呼吸法・体験者100人の実証(実業之日本社)」という本が出版されている(タイトル図を参照)。この内容は25年を経た現在、非常に貴重な記録である。
100人の方々が、実名、写真とともに、稽古から不思議な経験等を語っている。稽古での感覚、稽古を終えた帰路での身体のワクワク感覚などが、繰り返し記載されている。
当時、武道とは関係のない一般の塾生の方々が、対気という稽古で何を感じ、何が楽しかったのか?なぜ稽古が何年間も続いたのか?
21世紀の現在、Dopamineという生理活性物質の視点から説明できるかもしれない。
 
こうした一般の人々の対気での反応は、あるいは西野先生が当初、武道的な反応と考えた稽古内容とは、良い意味で予想外であったのではないか?

しかし武道家にも、この「元気」を、身体反応と共に感じている人もいる。大東流合気柔術の武道家で、筑波大学教授の木村達雄氏である。彼は「合気修得への道-佐川幸義先生に就いた20年」で「合気は人に元気を与える」と述べ、具体的には以下のように記載している:
・・先生は私の顔をじっと見られたあと、何も言わずに私を合気でバシバシ投げ始めました。するとまるで自転車のタイヤが空気入れで膨らむように、身体にエネルギーが注入されどんどん元気になっていきました。しまいに笑顔まで出てきてエネルギーが身体にパンパンに満ち溢れてしまいました。
 
私はこれを読んだとき、西野流呼吸法「対気」で感取する「元気溢れる感覚」は、何か基礎医学的根拠があるのではないか、と考え始めた。後に実際に大脳基底核でのDopamineの役割を知った。
 
医師として西野流呼吸法「対気」を見るとき、この反応に伴う不思議な充足感の本態こそ、将来的な多方面の医療介入の可能性を示すものと考えている。
その本態がDopamineという具体的な物質によるものとすると、この対気による身体反応こそ大変興味深いものである。
実際、先の本には医師である数名の塾生から、そうした具体的臨床例も示されている。

・21世紀のDopamine研究


Dopamineは学生時代、神経伝達物質、すなわち神経軸索(axon)の端末で、次の神経との間隙、シナプス結合を介して電気シグナルを伝達する神経伝達物質(Neurotransmitter)と習った。
しかし21世紀の現在、そうした意味の神経伝達物質も存在するが、Dopamine、Noradrenalin、Serotonin、神経ペプチドなどは、神経修飾物質(Neuromodulator)と分類されている。これらの物質は点と点を結ぶ神経回路のみならず、三次元的な立体的効果(Volume transmission:拡散性伝達)を示すものとして、活発な研究が展開している。
 
西野流呼吸法「対気」という現象は、「気で人が飛ぶ」という身体反応自体も、進化の生命誌としての身体の不思議な反応であるが、それは同時にDopamine世界としての現象でもあるようである。
 
最近の話題はDopamineがアルツハイマー症の原因Aβ蛋白の分解除去にも関与するという日本からの論文である(PMID39106321)。
L-DOPA効果の臨床試験もありうる。とすると西野流呼吸法「対気」による「Dopamineシャワー」は内在性物質として抗認知症にも有効か?臨床試験を考えても良いのかもしれない。
 
21世紀の医学的介入として、興味持たれる領域である。

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