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エピソード(EVI-2):天動説から地動説へ-身体認識におけるパラダイム・シフトとは?-

数年前Google検索をしていて、偶然、西野皓三先生の全国大学体育連合主催、大学体育指導者中央研修会(1994)での特別講演「呼吸法と体育-足芯呼吸と身体の復権-」を見つけた(リンクhttps://www.jstage.jst.go.jp/article/daigakutaiiku/21/2/21_KJ00007343516/_pdf)。

このJ-Stage登録の講演録中には、当時の西野塾生の多くが西野流呼吸法に関してビデオで発言している内容(文字おこし)が残っている。今回見直す機会があり、もう自分では記憶にはない、以下のような私の発言を見つけた。

貫和:西野流呼吸法を習い始めて5年になります。一番何が面白かったと言いますと、これは私にとって本当にショックだったわけです。何がショックだったかといいますと、自分のからだとは一体なんだろうという事を、最初の一、二か月に感じました。飛ばされるという事(気と気を交流すると言う事)に西野流の魅力があるわけです。ところが、この気を交流すると言う事は医学の世界では、まるで天動説から、地動説へ変わるような、非常にビックリすることなんですね。
もうひとつは、西野流のメソッドですね。西野先生は、皆様御存知のように、バレエの師匠でありまして、人間の体を動かすという事に関しては、我々医者よりも、さらにプロフェッショナルなわけです。そういう先生が開発された方法が、だれにも適用する、だれでも、自分の中で、そういう新しい体を自覚するような体に、作り替えられていくわけです。これは本当に素晴らしい事なのです。それから、非常に不思議な事が塾生の方々に起こっているわけです。これこれこうだから、こうだという具体例は挙げませんが、非常にとんでもない心臓病の方とかが、呼吸法をやっていて全くよくなってしまうと言うのは、説明できないわけです。私自身この呼吸法をやる事が楽しくて楽しくて仕方がありません。まだまだ、私自身も変わっていくと思いますし、将来的にこの呼吸法が本当に、学問レベルで研究する事ができるのを切に願っています

「医学の世界では、まるで天動説から、地動説へ変わるような、非常にビックリすることをなんですね」という部分を読んで大笑いをした。
天動説から地動説へ、これはパラダイム・シフト(Paradigm shift:論理的枠組み転換)の例としてよく使われる。惑星(その動きが惑わす星)の観察から、地球も動いているという新しい観察Factの前に、それを根拠として論理的枠組みの再構築がなされた例である。

いったい西野流呼吸法の何が、医学の世界に論理的枠組み転換を迫るのか?
何度もいうが、私自身2020年、コロナ禍での体幹運動TV番組を見てヒントを得、さらに偶然に見つけた優れた総説(Grillner、2020)で、初めて論理的枠組みの再構築の必要性を理解した。西野先生の講演記録から約30年が経過している。

次の5点がParadigm shiftへの論点となる。

I. 脊椎動物には二系統の運動システムがある:
私にとってParadigm shiftの第一はこのGrillner論文を通して、我々脊椎動物の運動には二系統あることを知ったことである。四肢(進化的には魚類のヒレが起源)のない時代のundulation(左右クネクネ前進)運動系と、脊椎動物進化に伴う大脳・小脳が関与する、随意の運動系である(しかし両者の連携の詳細はなお不明)。

この二系統運動系が理解できるかどうかが、論理的枠組み転換推進への可否がかかっている。

MMCとLMCの二系統運動系(出典:Physiol Rev. 2020; 100(1): 271-320.)

II. 脊椎動物の体幹筋群を支配する脊髄神経細胞群(MMC:medial motor column、LMC(lateral motor column)):
上述の二系統運動系の脊髄内神経群は、21世紀に変わる頃から現在まで、どんどん理解が進んでいる。特異神経細胞における特徴的な遺伝子発現をマーカーにして研究できるからである。
その遺伝子マーカーによる分類で、体幹筋肉群を支配する神経細胞群がMMCm、MMCl、LMCm、LMClの四つのグループよりなることがNovitchらにより提唱された(リンクhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18667151/、この論文はOpen accessでその図8の概要図が分かりやすい(なお、近年の翻訳ソフトの進歩で、Open access論文はChrome等でGoogle自動翻訳すれば、日本語でも概略は理解も可能))。

体幹筋群とその制御:MMC(内側神経柱)とLMC(外側神経柱)、その支配領域
(出典:Neuron. 2008; 59(2):226-40.)

MMCは現在のわれわれの体幹筋群を制御し、MMCmはその背側筋群、MMClは腹側筋群である。LMCは現在のわれわれの四肢の筋群で、LMCmはその背側、LMClは腹側である (詳細はnoteのプロローグ2で述べる)。

ここに記した事実はかなり新しい。私自身2020年まで全く知らなかった。医学界、運動系諸学会といえどもこの点を理解している人はなお少数だろう。したがって認識が一般に広がるには、早くても10年以上は必要である。

III. 体幹筋群の基本機能は前進運動器官である:
ではこの旧い脊髄運動神経細胞群(MMC)が制御する我々の体幹は、進化的に見てどういう機能をもつと考えればいいのか?
直立二足歩行に至るまでの四足動物の体幹筋群は、進化的には水中・地表での前進運動器官である。この機能は基本的に、我々二足歩行においても変わらない。
しかし身体が直立であるが故に、体幹は抗重力機構が重要だと静止的なものと誤解されている。確かに抗重力機構は新たに加わったが、進化的に受け継がれた重要な機能は前進運動である。

これは二系統運動系の理解とともに、進化をも踏まえた理解となる。したがってやはりこの理解の一般への拡散には、10年~20年の時間を要するだろう。

IV. 体幹筋群は本来的には随意筋群ではない:
この事実を理解するには、ある意味想像力が必要である。
現在の身体ではなく、新生児の運動系を考える必要がある。我々哺乳動物が出産を経て誕生した直後の出来事を考える必要がある。
例えば前進運動機能は野生動物では群れに追随して生き延びるための基盤的機能であり、生まれた時点で脊髄内に神経回路が完成している(これをかつては「本能」といった)。
同様の機能(学問的にはcentral pattern generators: CPGsという)は実は呼吸や乳の吸入(sucking)、あるいは排泄機能にも見られる自動機構である。
新生児は、まず最初の呼吸を始めなければならない。栄養補充には母親の乳を自分で吸わなければならない。これらが体幹筋群に与えられた本来的なプログラムである。

ここで重要なのが延髄に中枢のある呼吸運動との関連性である。
脊椎近辺に多く見られる体幹筋群は、呼吸のストレッチとともに伸びまた縮むという特性を持つようである。この点は今後研究が待たれる。
言い換えれば、体幹運動とは呼吸運動(一般に言う呼吸法)を伴うものであり、呼吸運動(呼吸法)等は必然的に体幹筋群に働きかけるものである。

ここにも論理的枠組み転換に必要な重要なポイントがある。体幹筋群と呼吸運動の関連性の一般への理解浸透にも、やはり10年~20年の時間は必要だろう。

V. 体幹筋群およびその制御神経細胞群は、進化的起源が旧い反射的、情動的機能とも深く結びついている:
西野流呼吸法「対気」や太極拳「推手」などでは、呼吸運動訓練により、旧い大脳基底核・延髄・脊髄locomotion CPGsの反応を誘発し得る(この伝達系(専門的にはAfferent系)の医学的解明が最大の課題である。進化的に旧い反射系と予想する)。その結果弾かれるように後方へ飛ぶ(俗に「人が飛ぶ」と言われる反射、体幹筋群間のnon-verbal communication)。

重要な点はこの反射運動は、脳の情動系とも連携するようで、非常な爽快感(元気が出る)、また実存感(grounding)を伴う点である。
もし、この感覚が得られないならば、多くの人には、こうした呼吸法Bodyworkを続ける意欲が持続しないのではないか?
これは実際に経験しなければ、言い換えれば現在のChat GPT的記述では理解できない、実体験、non-verbal世界である。

翻って考えると、2022年秋のChat GPTの衝撃的発表以降、かつて高等といわれたverbal言語世界への疑問が沸きつつある。「我思う(verbal)、ゆえに我あり」はむしろ「我(痛みを)感じる(non-verbal)、ゆえに我あり」ではないか?
Symbol groundingのない、高等といわれるverbalな世界はLLM技術の最近の大進歩により、脳科学的にも大脳皮質機能の実態への関心が生まれ始めている。

西野先生の講演タイトルにある「身体の復権」とは、言いかえれば「non-verbal脳・身体領域の復権」である。
以上述べた体幹筋群と呼吸運動、二個体間MMCによる体幹筋群と体幹筋群間のnon-verbal反応の展開という理解が、21世紀には表面化するのではないか。

さらにParadigm shiftの先には20世紀に存在しなかった新規医学、MMC医学が広がるのでないか。

以上述べてきたことは、今後前向きの研究が必要な分野で、この論理的枠組み転換には20年~30年の時間が必要かもしれない。
21世紀になり脳・神経研究は爆発的に進んでいるので、この時間帯で達成されることが期待される。

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