新規論文紹介③-3:III. Primaxial/ Abaxial筋群は西野流呼吸法「対気」の身体反応をいかに説明するか? 本間他:脊髄神経分岐の 3 要素モデル: 人間の肉眼的解剖学と現代発生学の融合 Homma S et al: Front Neurosci. 2023: 16: 1009542.
さて福島医科大学グループ、本間らの論文の紹介の第3回目である。
前2回は以下を参照
本間らの論文紹介①、本間らの論文紹介②
この論文の重要さを再度手短に繰り返しておく。
我々は直立歩行ができ、手・足は随意に動くと思いこんでいる。
しかしどうも随意ばかりでないシステムが我々の内部に存在する。
私自身この事実を自覚したのが、西野流呼吸法「対気」で相手のシグナルへの不思議な身体反応を経験してからである。不思議であった現象が、2020年、ようやく一つの考え方として、その理由が分かった。それは先のGrillnerの総説で紹介した通り(リンク)、四足動物は進化を背景とした二系統の運動システムを持つことが、21世紀への移行期に明らかになった点である。それがMMC/LMCのlocomotion CPGシステムである。
我々脊椎動物の祖先は身体を左右にくねらせ前進し、獲物に吸着するヤツメウナギ(円口類)である。ヤツメウナギはMMCシステムでのみ動いている。その筋群がPrimaxial筋群の最も旧いものである。
進化で鰭が発生し、鰭を動かすLMCシステムが加わり、さらに脊椎動物は四肢への進化で陸上に進出した。
では、このMMCからMMC/LMCシステムへの進化で、前進運動の実働部隊である筋肉群はどう進化し、変化したのか?
それを示したのが、福島医大からの論文Primaxial/Abaxial筋群の詳細な解説である。その全身分布は前回の表1(本間らの論文紹介②)で説明した。ただ普通は聞いたこともない名前の筋群であるので、タイトルに示した解説書を参照されたい。
Primaxial/Avaxial筋群の前進運動・呼吸運動の関連性
では現実にPrimaxial/Abaxial筋群は、我々の前進運動Locomotion CPGだけが関連するのだろうか?
本間らによれば、実は呼吸運動(Respiratory CPG)が深く関連し、Primaxial筋群は吸気関連筋群、Abaxial筋群は呼気関連筋群でもあるというのが前回の内容である。これは今まではっきりと記載されていない、いわゆる「呼吸法」の現代医学的意味論である。
今回はこれら新解釈を基礎に、西野流呼吸法「対気」というDeepBody反応を考えたい。
同時に、一見武道様現象の背景に、「対気」という相互シグナル伝達が、一方で皮質下脳(無意識脳)へのアクセス法であるという側面も少し議論する。
ここで簡単に「皮質下脳へのアクセス」と書いた。しかしこれは西欧医学では、薬物投与的方法論以外には、全くの未踏の地である。一方で東洋系身体、あるいは東洋系医療が伝承として到達した領域ではある。
「対気」を通して、何らかの二個体間のシグナルにより、大脳基底核で抑制されているLocomotion CPGが発動する。その抑制解除の引き金となるDopamineが、おそらく大脳基底核周辺の辺縁系にも広がり、広く自己充実的満足感を惹起する。体幹筋群による身体的反応とともに、皮質下脳の反応も加味される、これが「対気」という相互DeepBodyシグナリングというBodyworkの意義ではないか。
もちろん「対気」という現象はまだ完全な理解には程遠いが、現在予想されるメカニズムという上記の前提のもとに先に進む。
「対気」のシグナリングとその反応
物事の核心は、実際には一つの動画を示せば済むことは多々ある。
以下動画参照。
https://www.youtube.com/watch?v=qkxbuqiO_jM
実はこの動画は東北大学での西野流呼吸法の稽古での記録である。
しかしこの動画は見る人により、リトマス試験紙のような反応がみられる。
酸性を意味する赤い色の反応をする人から、アルカリを意味する真っ青な色の反応をする人まで多様な反応である。私の知る限り、非常にはっきりした反応が見られる。
見たくない人、意味を理解しようとしない人は、二度と私に接触しないほどである。
しかし米国の学会などで留学同期の研究者達に見せると、繰り返し見せろと催促される。
この動画で相手にシグナルを送っているのは医師である私である。
医学部に所属し、一応人体解剖から、生理学、生化学、分子生物学と医学の基礎になる事項は理解している。また現在進行の新規研究状況もモニターして、別の電子ジャーナルに発信もしている(リンク)
その私が「自分の発する何らかのシグナルで、相手が反応する」という、繰り返し起こる現象を見る時、背景生理学は現在不明であり、もちろんその謎解きに挑戦したくなる。
この謎を解く鍵の一つが、Primaxial/Abaxial筋群と思われる。
この「対気」反応はシグナルを受ける個人により、色々のレベルがある。
後方へ弾かれるような反応。あるいはLocomotionが誘発され、歩く、走る。
それ以外にも笑い出す、歌い出す等の反応も見られる点がユニークである。
さらにはhyper-locomotionが誘発されると、この動画の「マット登り」反応にもなる。
ここまでのhyper-locomotionはそんなに頻度は高くないが、例えば西野流呼吸法旧渋谷松濤での長年の稽古では、日常的に見られた現象である。
こうした「対気」における身体反応は、錐体外路系反応としてMMC/LMCが作動し、ここ数回説明しているPrimaxial/Abaxial筋群が関与して、こうした普通には考えられないhyper-locomotionが惹起されるというのが私の仮説である(仮説というのは、実際にはPrimaxial筋群の電気信号をモニターするなどが必要であるが、その実験はまだない)。
こうしたhyper-locomotionは、単に上肢・下肢の筋肉群が随意で動いたとしても、普通の身体能力では不可能な現象である。
Primaxial/Abaxial筋群で構成される体幹筋群が、強力にhyper-activeに反応して、始めて「マット登り」様動きが可能となると考えられる。他のスポーツなどではまず経験できない。
こういうPrimaxial/Abaxial筋群が作動する身体反応の健康上の意義(ことに高齢者における)は、おそらくはかり知れないものが予想される。現在ではそうした範疇のリハビリや医療は無いが、私自身はその方向への可能性を感じている。
こうした身体反応では、現代生活では日頃使われない(例えば一昔前には鍬を使う等の運動では日常だった)、旧い筋肉系が作動する身体的新感覚もあるかもしれない。
しかしそれに加えて、実感として身体以外の「何か」を感じる。
それが皮質下脳に関連する変化ではないか。「対気」のシグナルによるlocomotion CPG運動の起点となるのは大脳基底核である。大脳基底核を中心とする皮質下脳では、先に述べた運動抑制解除としてのDopamineを中心とする化学メディエーターにより、深い身体充足感が得られる(対気稽古における実感として)感覚を持つからである(この部分の考え方は呼吸臨床連載の以下を参照:リンク)。
Primaxial/Abaxial筋群を再活性化し、「対気」における生体シグナルに反応できるようにするのが準備としての1時間の西野流呼吸法基礎である(西野流呼吸法では準備としての基礎が1時間、そして相互Signalingである「対気」が1時間という構成である)。
こうした意味でPrimaxial/Abaxial筋群の再活性化として、足芯呼吸、華輪、左右半身交互の緊張弛緩等各種ボディーワークがある。この点に関しては、体幹筋群図(タイトル)も参考に、別に議論したので参照(要ID/PW登録)(リンク)。
さてこの動画で「マットを登る」I氏に話を戻す。
彼は仙台の西野流呼吸法稽古に、もう20年以上参加し、最近では宮城県北部で西野流呼吸法同好会を立ち上げ、月2回地域の人々に呼吸法を指導し、「対気」稽古を楽しんでいる。
彼は空手の心得もある民謡の師匠で、懇親会で時に耳にするその歌唱力は素晴らしい。
私はI氏には、「対気」稽古の時は、民謡を歌う同じ「呼吸法」で相手にシグナルを送るように話をしている。
一般に音楽家との「対気」は本当に楽しい。素晴らしい体験となる。
音楽家の中を流れるエネルギー溢れるシグナルが、私の身体に届く。
西野流呼吸法「対気」の現象は一見武道的な身体反応に見えるので、誤解されている。
しかし「対気」には「音楽」との濃厚な接点がある。
音楽家は稽古(歌唱、楽器演奏等)を通して、今回紹介のPrimaxial/Abaxial筋群を繰り返し鍛錬(すなわち無意識裏のActive expiration呼吸法)している。将来的に音楽家は、いかにこの「対気」世界を新しく開いていくことになるか?私自身、西野流呼吸法を習って、数十年間それを感じている。
ここにも深い「対気」現象の意義がある。
西野流呼吸法の世界は武道系という狭い世界に止まるものではない。
ここに示した音楽活動を含めた広がりと共に、小学生から高齢者まで、男女を問わず、幅広い層に、また日常的な世界にも働きかけるものと、私は考えている。
「対気」、不思議なイノーベーションというべき稽古。
手の甲の接触で、自分の全身体を感知する。同時に相手の全身体を感知する。相手の全身感知システムにアクセスする。そのシグナルを相手システムが感知し、身体反応が惹起される。
アクセス意図はありながら、一方で5億年の脊椎動物non-verbal(非言語) communication世界である。
これは20世紀後半では説明できる原理がなかった。これをMMC/LMC、またPrimaxial/Abaxial筋群である程度説明できるようになったのが、21世紀も25年経た現在である。東洋系身体が多少は共通言語化できるようになった。その場としてのProject DeepBody発信である。
さらにこの不思議な認知・反応システムを統合的に感知するハブが、「島皮質システム」のようである。この面をもう少し探索していく。
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