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【無料公開中】R5司法試験[経済法]:不公正な取引方法における共同の取引拒絶の分析手法

経済法の論文試験において、不公正な取引方法の分析は最も重要な論点の一つです。特に、共同の取引拒絶のような複数事業者による行為の場合、市場画定から競争効果の分析まで、多角的な検討が求められます。令和5年司法試験経済法第2問は、まさにこの点を問う良問でした。

本記事では、事実関係の分析から結論の導出まで、実践的な思考プロセスを丁寧に解説します。特に、採点実感で重視されている「共同して」要件の認定基準や、市場画定の手法について、具体的な判断枠組みを提示します。

多くの受験生は、以下のような不安や課題を抱えているのではないでしょうか:

  • 市場画定の方法が曖昧で、具体的な分析ができない

  • 複数の行為類型の中から適切な条文を選択する基準がわからない

  • 競争阻害効果の分析が表面的になってしまう

  • 事実関係から重要な要素を抽出し、法的分析につなげることが難しい

このノートでは、フローチャートメソッドを用いて、これらの課題を克服するための具体的な方法を提示します:

  1. 事実関係の整理と行為類型の選択における判断基準

  2. 「共同して」要件の認定における事実評価の手法

  3. 市場画定から競争効果分析までの論理的思考プロセス

経済法の学習において最も重要なのは、経済的な視点と法的な分析を結びつける力です。闇雲に判例や学説を暗記するのではなく、事案に即した論理的な分析力を養うことが求められます。

本記事は、15000字以上の詳細な解説に加え、実践的な理解度テストも含まれています。各セクションの最後には必ず演習問題を用意し、学んだ内容を直ちに実践できるようにしています。

合格への道のりは、地道な演習の積み重ねです。最初は模範解答を参考にしながら、自分なりの分析手法を確立していってください。必ず、手を動かして解答を書いてみることを約束してください。

ただし、この記事は真剣に学ぶ意志のある方のためのものです。表面的な理解だけで済ませようとする方には不向きかもしれません。市場における競争メカニズムを深く理解し、法的な分析力を磨く覚悟のある方にこそ、価値のある内容となっています。

司法試験合格後、実務家として活躍するためにも、経済法の考え方は極めて重要です。企業活動のグローバル化が進む中、競争法の知識と分析力は、法曹実務家に必須のスキルとなっています。今回の学習を通じて、そのための基礎固めをしっかりと行いましょう。


1. 令和5年経済法〔第2問〕

本問は、甲精密工作機械(以下「甲機械」)のリース事業を営む4社が、メーカーによる直接リースに対抗するために共同して行った取引拒絶行為について、独占禁止法上の問題点を問うものです。事案では、市場における競争構造、各当事者の行動、その意図と効果が詳細に示されており、不公正な取引方法の適用と分析が求められています。

1.1 論文式試験問題〔第2問〕

甲精密工作機械(以下「甲機械」という。)は、機械部品を効率よく高精度に自動で加工する工作機械である。我が国における甲機械のメーカー(以下「メーカー」という。)は5社あり、その売上額に基づく割合(以下「シェア」という。)はほぼ均等である。甲機械に代替する工作機械はなく、この10年間に甲機械の製造販売業に新規参入したものはなく、また、輸入もほとんど行われていない。

リース事業者であるA社、B社、C社及びD社(以下「リース4社」という。)は、我が国における甲機械のリースの取引において、それぞれ約13パーセント、約11パーセント、約10パーセント及び約7パーセントのシェアを有している。その他のリース事業者も多数存在し、競争は活発に行われているが、そのシェアはいずれも5パーセント以下である。

近年、甲機械に対する需要の鈍化に伴い、メーカーには甲機械の在庫が増えている。こうした中で、メーカーのうちX社及びY社(以下「メーカー2社」という。)が、それぞれ、甲機械の販売のみならず、甲機械のリースを希望する需要者に対して自ら直接リースを行うこと(以下「直接リース」という。)を始めた。

[事実関係の経緯と当事者の行動については省略...]

1.2 問題の論点

本問の主要な論点は以下の通りです:

  1. 行為類型の選択

    • リース4社による共同行為の性質

    • 適用すべき不公正な取引方法の類型

  2. 「共同して」要件の認定

    • リース4社間の意思の連絡の有無

    • 特にD社の位置づけと評価

  3. 市場画定と競争効果分析

    • 甲機械のリース取引市場の画定

    • 市場閉鎖効果の評価

  4. 正当化事由の検討

    • リース事業への信頼確保という主張

    • 目的の正当性と手段の相当性

2. 行為類型の選択と要件分析

本章では、不公正な取引方法における行為類型の選択基準と、共同の取引拒絶の要件分析について解説します。採点実感でも指摘されているように、適切な行為類型の選択は、その後の分析の方向性を決定づける重要な第一歩となります。

2.1 不公正な取引方法の行為類型と選択基準

不公正な取引方法の中で、取引拒絶に関する行為類型には以下のようなものがあります:

  1. 共同・直接・供給を受けることの拒絶(一般指定1条1号)

  2. 共同・間接・供給拒絶(独禁法2条9項1号ロ)

  3. その他の類型(拘束条件付取引など)

重要ポイント:

  • 行為の態様に応じた適切な類型の選択

  • 共同性の有無と態様の確認

  • 直接性・間接性の判断

  • 供給拒絶か供給を受けることの拒絶かの区別

```mermaid
graph TD
    A[行為の特定] --> B{共同性の有無}
    B -->|あり| C{直接か間接か}
    B -->|なし| D[単独の取引拒絶]
    C -->|直接| E{供給か受給か}
    C -->|間接| F[共同・間接]
    E -->|供給| G[一般指定11号イ]
    E -->|受給| H[一般指定11号ロ]
```

2.2 共同の取引拒絶の特徴と要件

共同の取引拒絶(一般指定1条1号)の要件を詳細に見ていきます。

  1. 行為要件

    • 「共同して」の要件

    • 取引拒絶行為の態様

    • 供給を受けることの拒絶の特徴

  2. 効果要件

    • 公正競争阻害性の判断基準

    • 自由競争減殺の評価方法

```mermaid
sequenceDiagram
    participant A as リース事業者
    participant B as メーカー
    participant M as 市場
    A->>B: 取引拒絶の通知
    B->>M: 市場からの撤退
    Note over A,M: 競争制限効果の発生
    M-->>A: 競争環境の変化
```

2.3 他の行為類型との比較検討

共同の取引拒絶と他の行為類型を比較検討します。

$$
\small{
\begin{array}{|c|l|c|c|}
\hline
\text{行為類型} & \text{特徴} & \text{メリット} & \text{デメリット} \\
\hline
\text{共同・直接} & \text{明確な共同性} & \text{立証が容易} & \text{要件が厳格} \\
\hline
\text{共同・間接} & \text{間接的な強制} & \text{柔軟な適用} & \text{因果関係の立証} \\
\hline
\text{拘束条件付取引} & \text{取引条件による制限} & \text{広い適用範囲} & \text{共同性の評価困難} \\
\hline
\end{array}
}
$$

よくある間違い:

  • 共同性の安易な認定

  • 直接・間接の区別の軽視

  • 効果要件の具体的分析の欠如

2.4 理解度チェック

Q1: リース4社による本件行為について、なぜ「共同・直接・供給を受けることの拒絶」が最も適切な行為類型といえるのか、具体的な事実を挙げて説明してください。


A1: 本件行為が「共同・直接・供給を受けることの拒絶」(一般指定1条1号)に該当する理由は以下の通りです:

  1. 共同性の存在

  • リース4社による事前の情報交換

  • 共通の目的(直接リースの阻止)

  • 行動の一致(申入れ内容と時期の近接性)

  1. 直接性の判断

  • メーカー2社に対する直接の意思表示

  • 第三者を介さない取引拒絶の通知

  1. 供給を受けることの拒絶

  • リース事業者からメーカーへの購入拒否

  • 供給側ではなく需要側からの拒絶

このように、事実関係に即して各要件の該当性を丁寧に検討することが求められます。

Q2: 本件行為を「拘束条件付取引」として構成する場合の問題点を説明してください。


A2: 拘束条件付取引として構成する場合の問題点:

  1. 共同行為としての性質が適切に評価できない

  • 複数事業者による市場支配力の形成

  • 単独行為規制では不十分

  1. 取引条件による制限という構成の不自然さ

  • 直接リース中止という条件付けよりも

  • 取引拒絶という評価が実態に即している

  1. 法的評価の複雑化

  • 不必要に複数の法的構成を要する

  • シンプルな法的評価が可能な事案


3. 「共同して」要件の認定基準

本章では、不公正な取引方法における「共同して」要件の認定基準について、判例の展開と具体的な認定手法を解説します。特に、明示的な合意がない場合の黙示の合意の認定方法について詳しく検討します。

3.1 明示的合意と黙示の合意

「共同して」要件の認定において、以下の判例が重要な基準を示しています:

エイベックス・マーケティング㈱ほか3名審決取消請求事件東京高判平成22年1月29日及び東芝ケミカル審決取消請求事件東京高判平成7年9月25日によれば、「他の事業者の取引拒絶行為を認識ないし予測して黙示的に暗黙のうちにこれを認容してこれと歩調をそろえる意思があれば足りる」

重要ポイント:

  1. 明示的合意の必要性

    • 書面による合意は不要

    • 口頭の合意も必要ない

  2. 黙示の合意の認定基準

    • 他社の行動の認識・予測

    • 暗黙の認容

    • 歩調を合わせる意思

```mermaid
graph TD
    A[共同性の認定] --> B{明示的合意の有無}
    B -->|あり| C[明示的合意による認定]
    B -->|なし| D[黙示の合意の検討]
    D --> E{他社行動の認識}
    E -->|あり| F{暗黙の認容}
    F -->|あり| G[黙示の合意の認定]
    F -->|なし| H[共同性否定]
    E -->|なし| H
```

3.2 D社の位置づけと評価

本問におけるD社の行動の評価は特に重要です:

  1. D社の状況

    • 直接リースによる大きな影響

    • 情報交換の呼びかけ者

    • 会合での態度変化

  2. リース3社との関係

    • 情報共有の程度

    • 行動の時期的近接性

    • 相互認識の状況

$$
\small{
\begin{array}{|c|l|c|}
\hline
\text{評価要素} & \text{具体的事実} & \text{評価への影響} \\
\hline
\text{情報共有} & \text{会合での情報交換} & \text{共同性を強める要素} \\
\hline
\text{行動時期} & \text{数日の差での通知} & \text{暗黙の協調を示唆} \\
\hline
\text{影響度} & \text{大きな影響を受けている} & \text{動機の存在を裏付け} \\
\hline
\end{array}
}
$$

3.3 判例に見る認定手法

判例における「共同して」要件の認定手法を分析します:

  1. 客観的要素の重視

    • 行動の一致

    • 情報交換の存在

    • 時期的近接性

  2. 主観的要素の評価

    • 意思の連絡

    • 相互認識

    • 暗黙の了解

  3. 行為の一体性

    • 共通の目的

    • 手段の共通性

    • 効果の共通性

3.4 理解度チェック

Q1: 本件におけるD社の行為について、「共同して」要件の認定をどのように行うべきか、具体的事実を挙げて説明してください。


A1: D社の「共同して」要件の認定は以下のように行うべきです:

  1. 客観的事実の分析

  • 情報交換会合の呼びかけ

  • リース3社と同様の申入れ実施

  • 時期的近接性(2日後の通知)

  1. 主観的要素の検討

  • 直接リースによる影響の認識

  • 他社の行動予測可能性

  • 黙示的な認容の存在

  1. 一体性の評価

  • 共通の目的(直接リース阻止)

  • 手段の共通性(取引拒絶)

  • 効果の共通性(市場からの排除)

Q2: 黙示の合意を認定する上で重要な具体的事実を3つ挙げ、各事実の持つ意味を説明してください。


A2: 黙示の合意の認定における重要事実:

  1. 会合での情報交換

  • 競争上の重要情報の共有

  • 将来の行動予測可能性の創出

  • 意思の連絡の機会提供

  1. 申入れ内容の同一性

  • 行動の一致による共同性の表れ

  • 事前の協議の存在推認

  • 偶然とは考えにくい一致

  1. 時期的近接性

  • 相互の行動認識の存在

  • 調整された行動の証左

  • 因果関係の存在推定

4. 市場画定と競争効果分析

本章では、不公正な取引方法の効果要件である公正競争阻害性の判断において重要となる市場画定の手法と、競争効果の分析方法について解説します。市場画定は競争効果分析の出発点であり、その正確な理解と適用が求められます。

4.1 市場画定の基本的手法

市場画定は、問題となる行為が競争に与える影響を評価するための分析の場を画定する作業です。この作業は、需要の代替性を主たる基準とし、必要に応じて供給の代替性も考慮して行われます。

需要の代替性の判断においては、商品・役務の機能・効用の同一性、価格・品質等の類似性、需要者の認識・行動などの要素を総合的に考慮します。本件のような工作機械の事案では、特に製品の技術的特性や用途の特殊性に注目する必要があります。

```mermaid
graph TD
    A[市場画定] --> B{需要代替性}
    B --> C{商品特性}
    B --> D{価格関係}
    B --> E{使用目的}
    A --> F{供給代替性}
    F --> G{技術的可能性}
    F --> H{経済的可能性}
```

供給の代替性については、他の供給者が短期間のうちに追加的な投資やリスクを負うことなく、当該商品の供給を開始できるかどうかを検討します。本件では、甲機械の製造に関する技術的障壁や、10年間新規参入がないという事実が重要な考慮要素となります。

4.2 甲機械のリース取引市場の特徴

本件における市場の特徴として、まず商品市場の特殊性が挙げられます。甲機械は代替する工作機械が存在せず、輸入もほとんど行われていないという特徴を持ちます。このような市場構造は、競争制限効果が生じやすい環境であることを示唆しています。

市場構造の面では、リース4社が合計約41%のシェアを有する一方、その他の事業者はいずれも5%以下のシェアにとどまっています。ただし、問題文によれば「競争は活発に行われている」とされており、この点は競争阻害効果の評価において慎重な検討が必要です。

```mermaid
sequenceDiagram
    participant M as 市場構造
    participant A as 行為者
    participant C as 競争状況
    M->>A: 市場支配力の存在
    A->>C: 取引拒絶による影響
    C->>M: 競争制限効果の発生
    Note over A,C: 市場閉鎖効果の分析
```

4.3 競争阻害効果の分析プロセス

競争阻害効果の分析は、公正競争阻害性の中核をなす要素です。本件のような共同の取引拒絶では、主として自由競争減殺の観点から分析を行います。

市場閉鎖効果については、メーカー2社による直接リースという新規参入の試みが、リース4社による共同の取引拒絶によって阻止されるメカニズムを検討します。特に重要なのは、リース4社の合算シェアが約41%に達することから、取引拒絶により、メーカー2社が事実上市場参入を断念せざるを得ない状況が生じる点です。

また、競争回避効果として、直接リースという新たな取引形態が排除されることで、リース料金や取引条件に関する競争が制限される効果も考慮する必要があります。リース4社による共同行為は、市場における競争単位を減少させ、需要者の選択肢を狭める効果をもたらします。

さらに、本件行為は他のメーカーに対する「牽制」としても機能することが想定され、この点も競争阻害効果を強める要素として評価できます。

4.4 理解度チェック

Q1: 本件において、なぜ「我が国における甲機械のリース取引市場」として市場を画定することが適切なのか説明してください。

A1: まず、甲機械それ自体に代替する工作機械が存在せず、輸入もほとんど行われていないことから、製品市場としては甲機械に限定されます。次に、リースと販売では、資金面や管理面で異なる特徴を有し、需要者のニーズも異なることから、リース取引は販売とは別個の取引市場を構成すると考えられます。地理的範囲については、輸入がほとんどないことや、国内での取引慣行の特殊性から、「我が国」の市場として画定することが適切です。

Q2: リース4社の行為による競争阻害効果について、市場閉鎖効果を中心に説明してください。

A2: 本件行為による市場閉鎖効果は、以下の観点から説明できます。まず、量的な面として、リース4社の合計シェアが約41%に達することから、その取引拒絶はメーカー2社の事業活動に重大な影響を与えます。質的な面では、有力な事業者による共同行為であることから、その圧力は個別の取引拒絶よりも強力です。また、この行為は他のメーカーに対する牽制としても機能し、市場全体の競争を減殺する効果を持ちます。特に、新規参入者であるメーカー2社の市場アクセスを困難にし、結果として競争単位の減少をもたらす点で、重要な競争阻害効果が認められます。

5. 正当化事由の検討手法

本章では、不公正な取引方法における正当化事由の検討方法について解説します。一般指定1条1号の「正当な理由がないのに」という要件は、競争阻害効果を打ち消すに足りる正当化事由の存否を意味します。

5.1 正当化事由の判断基準

正当化事由の判断は、目的の正当性と手段の相当性の両面から行われます。この判断においては、競争阻害効果と比較衡量される利益が真に存在するのか、またその利益を達成するための手段として必要最小限度のものとなっているかが重要です。

本件では、リース4社は「リースに関する知識や経験に乏しいメーカーがリースを行うと、需要者に対して十分な説明ができず、需要者の利益にならない」「リース事業への需要者の信頼を失わせる」という主張を行っています。このような主張の評価が正当化事由の検討における中心的課題となります。

```mermaid
graph TD
    A[正当化事由の検討] --> B{目的の正当性}
    B --> C[需要者利益の保護]
    B --> D[取引の適正化]
    B --> E[信頼維持]
    A --> F{手段の相当性}
    F --> G[必要最小限度]
    F --> H[比例原則]
    F --> I[代替手段]
```

5.2 目的の正当性と手段の相当性

目的の正当性の評価においては、主張される利益が競争政策の観点から保護に値するものであるかを検討します。本件では、需要者への適切な説明やリース事業への信頼確保という目的自体は、一定の合理性を有するようにも見えます。

しかし、手段の相当性の観点からは、以下の問題点が指摘できます。第一に、共同の取引拒絶という強力な手段が、目的達成のために必要最小限度のものと言えるか疑問です。第二に、直接リースを行うメーカーに対して個別に助言や指導を行うなど、より競争制限的でない代替手段が存在する可能性があります。

特に重要なのは、リース4社の主張が、実質的には新規参入者を排除することで既存の事業者の利益を守ろうとするものではないかという点です。採点実感でも指摘されているように、客観的データや資料等の裏付けのない主張のみでは、本件行為を正当化することは困難といえます。

5.3 具体的な検討プロセス

正当化事由の検討は、以下のような分析プロセスで行います。

```mermaid
sequenceDiagram
    participant O as 目的
    participant M as 手段
    participant E as 効果
    O->>M: 目的の正当性評価
    M->>E: 手段の相当性検討
    E-->>O: 比較衡量
    Note over O,E: 総合的評価
```

まず、主張される目的について、その内容の具体性と合理性を検討します。抽象的な主張や、競争制限を正当化するための表面的な理由付けは、正当な目的とは認められません。

次に、採用された手段について、目的達成のための必要性と相当性を評価します。この際、より競争制限的でない代替手段の有無や、手段の実効性についても検討が必要です。

最後に、目的達成による利益と競争阻害効果を比較衡量し、総合的な判断を行います。本件では、リース4社の主張する利益が、共同の取引拒絶という強力な競争制限手段を正当化するほどの具体性や重要性を有しているとは認められないと評価できます。

5.4 理解度チェック

Q1: リース4社の主張する正当化事由について、目的の正当性と手段の相当性の観点から検討してください。

A1: まず、目的の正当性については、需要者への適切な説明確保やリース事業への信頼維持という目的自体は、一般的・抽象的には一定の合理性を有します。しかし、本件では、この目的を裏付ける具体的な事実や客観的なデータが示されておらず、むしろ既存事業者の利益保護という競争制限的な目的が実質であると考えられます。

手段の相当性については、共同の取引拒絶という強力な手段が、目的達成のために必要最小限度とは言えません。例えば、メーカーへの助言や指導、業界団体を通じたガイドラインの策定など、より競争制限的でない代替手段も考えられます。したがって、本件における正当化事由は認められないと判断されます。

Q2: 正当化事由の検討において、なぜ客観的なデータや資料による裏付けが重要とされるのか説明してください。

A2: 不公正な取引方法における正当化事由の検討では、競争阻害効果を打ち消すに足りる合理的な理由が必要とされます。客観的なデータや資料による裏付けが重要とされるのは、単なる抽象的な主張や推測では、競争制限という重大な効果を正当化できないためです。本件でも、メーカーによる直接リースが実際に需要者の利益を害している具体的な事実や、リース事業への信頼が損なわれている客観的な証拠がない限り、共同の取引拒絶という手段を正当化することは困難です。

6. 私的独占・不当な取引制限との関係

本章では、共同の取引拒絶について、不公正な取引方法以外の規制類型、特に私的独占と不当な取引制限との関係について検討します。採点実感でも指摘されているように、本件行為の評価において、これらの規制類型の適用可能性を検討することは重要です。

6.1 要件の共通点と相違点

私的独占、不当な取引制限、不公正な取引方法は、いずれも市場における競争を制限する行為を規制する点で共通しています。しかし、各規制類型の要件と市場効果の程度には重要な違いがあります。

```mermaid
graph TD
    A[行為の評価] --> B{市場効果の程度}
    B -->|実質的制限| C[私的独占・不当な取引制限]
    B -->|阻害のおそれ| D[不公正な取引方法]
    C --> E[強度の市場支配力]
    D --> F[より緩やかな基準]
```

私的独占(独禁法2条5項)は「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」を要件とし、排除型私的独占の場合、「他の事業者の事業活動を排除」することが求められます。不当な取引制限(同法2条6項)も同様に競争の実質的制限を要件としますが、「他の事業者と共同して」市場支配力を形成する点に特徴があります。

これに対して不公正な取引方法は、「公正な競争を阻害するおそれ」という、より緩やかな市場効果要件で規制されます。本件のような共同の取引拒絶の場合、この違いは実務上重要な意味を持ちます。

6.2 市場効果要件の程度

「競争の実質的制限」と「公正競争阻害性」の違いは、市場効果の程度に現れます。競争の実質的制限とは、市場支配力の形成・維持・強化を意味し、当該市場における価格等の取引条件を支配できる状態を指します。

一方、公正競争阻害性は、それよりも緩やかな競争阻害を意味します。本件では、リース4社の合算シェアは約41%であり、「他のリース事業者も多数存在し、競争は活発に行われている」という事実があります。このような市場状況では、競争の実質的制限までは認められにくいものの、公正競争阻害性は十分に認められ得ます。

6.3 適用条文の選択基準

実務上、適用条文の選択は以下の要素を考慮して行います:

```mermaid
sequenceDiagram
    participant F as 事実関係
    participant M as 市場状況
    participant R as 規制類型
    F->>M: 市場効果の評価
    M->>R: 適用条文の選択
    Note over M,R: 要件・効果の対応
    R-->>F: 立証の必要性
```

本件の場合、リース4社の行為は確かに共同性を有し、市場への一定の影響力も認められます。しかし、市場シェアの状況や競争の活発さを考慮すると、不当な取引制限や私的独占として規制するには市場効果要件の立証のハードルが高いと言えます。

したがって、本件では不公正な取引方法として規制することが、より適切な法的構成となります。これは、採点実感でも指摘されているように、市場の競争状況に関する事実関係を踏まえた実務的な判断といえます。

6.4 理解度チェック

Q1: 本件行為について、なぜ不公正な取引方法として構成することが適切なのか、市場効果要件の観点から説明してください。

A1: 本件では、リース4社の合算シェアが約41%にとどまり、他のリース事業者も多数存在して競争が活発に行われている状況です。このような市場状況下では、「競争の実質的制限」という強度の市場効果を立証することは困難です。一方、公正競争阻害性は、新規参入者(メーカー2社)に対する参入阻止効果や、競争手段の制限という観点から十分に認められます。したがって、より緩やかな市場効果要件で規制可能な不公正な取引方法として構成することが、実態に即した適切な法的評価といえます。

Q2: 私的独占・不当な取引制限・不公正な取引方法の三つの規制類型の関係について、本件を例に説明してください。

A2: これら三つの規制類型は、市場における競争制限行為の規制という点で共通しますが、要件と市場効果の程度に違いがあります。本件の場合、複数事業者による共同行為という点では不当な取引制限の要素を持ち、参入阻止効果という点では排除型私的独占の性質も有しています。しかし、リース4社の市場シェアや競争の活発さを考慮すると、「競争の実質的制限」までは認められません。そのため、より緩やかな市場効果要件である「公正競争阻害性」で規制する不公正な取引方法が、本件の実態に即した適切な規制類型となります。

7. 模範解答と採点基準

7.1 模範解答

リース4社の行為について、不公正な取引方法のうち、一般指定1条1号の「共同・直接・供給を受けることの拒絶」を中心に検討する。

まず、本件行為の行為要件である「共同して」の該当性を検討する。判例によれば、「共同して」とは、他の事業者の取引拒絶行為を認識ないし予測して黙示的に暗黙のうちにこれを認容してこれと歩調をそろえる意思があれば足りるとされている。本件では、リース4社は令和5年4月10日の会合で情報交換を行い、その後、4月24日から26日にかけてリース3社とD社が相次いで同内容の申入れを行い、さらに6月8日から10日にかけて同内容の通知を行っている。特にD社については、会合の途中から発言を控えていたものの、直接リースによる影響を強く受けており、リース3社の行動を認識・予測して黙示的に認容していたと認められる。したがって、「共同して」の要件は充足される。

次に、同じく行為要件である「供給を受けることを拒絶」については、リース4社が、直接リースを行うメーカーからは甲機械を購入しない旨を通知しており、明確に充足される。

効果要件である公正競争阻害性については、自由競争減殺の観点から検討する。まず、市場の画定として、甲機械は代替品がなく、輸入もほとんど行われていないことから、「我が国における甲機械のリース取引市場」が画定される。

この市場において、リース4社は合計約41%のシェアを有する有力な事業者であり、その他のリース事業者のシェアは5%以下である。また、国内の甲機械の販売台数全体に占めるリース4社の購入割合も合計約22%に達する。このような状況下で、リース4社が共同して取引を拒絶することは、メーカー2社の直接リースという新規参入を事実上断念させる効果を持つ。

さらに、この共同行為は他のメーカーに対する牽制としても機能し、直接リースという新たな取引形態を市場から排除する効果を持つ。これにより、リース料金や取引条件に関する競争が制限され、需要者の選択肢が制限される。したがって、本件行為には市場閉鎖効果が認められ、公正競争阻害性が認められる。

正当化事由について、リース4社は需要者への十分な説明やリース事業への信頼維持を主張する。しかし、この主張には客観的データや資料による裏付けがなく、また、共同の取引拒絶という強力な手段が目的達成のために必要最小限度のものとは認められない。より競争制限的でない代替手段(個別の助言・指導等)も考えられることから、正当化事由は認められない。

```mermaid
graph TD
    A[行為の特定] --> B[行為要件の検討]
    B --> C{共同性の認定}
    C --> D[情報交換・行動の一致]
    C --> E[黙示の合意]
    B --> F[取引拒絶の認定]
    G[効果要件の検討] --> H[市場画定]
    H --> I[競争阻害効果]
    I --> J[市場閉鎖効果]
    J --> K[参入阻止・牽制効果]
    L[正当化事由] --> M[目的の正当性]
    L --> N[手段の相当性]
```

7.2 回答の導き出し方

分析の基本的な流れは以下の通りです:

  1. 行為類型の選択

  • 事実関係の整理と行為の性質把握

  • 共同性と直接性の確認

  • 取引拒絶の態様の特定

  1. 行為要件の分析

  • 共同性の程度と認定方法の検討

  • 事実による裏付けの確認

  • 黙示の合意の認定方法

  1. 効果要件の検討

  • 市場画定の根拠の明確化

  • 競争阻害効果の具体的分析

  • 市場の実態に即した評価

7.3 評価のポイント

採点実感によれば、以下の点が評価のポイントとなります:

行為類型の選択

  • 適切な法的構成の選択

  • 事案の特徴を踏まえた判断

  • 他の規制類型との関係

共同性の認定

  • 判例の基準の正確な理解

  • 事実関係の丁寧な分析

  • D社の位置づけの適切な評価

競争阻害効果の分析

  • 市場画定の適切性

  • 競争制限メカニズムの説明

  • 具体的事実による裏付け

記述の論理性

  • 分析の順序と流れの明確性

  • 事実と評価の対応関係

  • 結論に至る過程の説得力

まとめ

本記事で解説した各章の主要ポイントは以下の通りです:

  1. 行為類型の選択において、共同の取引拒絶は競争者間の協調による市場支配力の形成という特徴を持つため、原則として一般指定1条1号での検討が適切です。

  2. 「共同して」要件の認定では、明示的な合意は不要であり、他社の行動の認識と黙示の認容で足りることを理解することが重要です。特に、本件のようにD社の立場が微妙な事案では、具体的事実に基づく丁寧な分析が求められます。

  3. 市場画定と競争効果分析においては、甲機械の特殊性とリース取引の独自性を踏まえた適切な市場画定が出発点となります。その上で、リース4社の市場における地位や行為の影響力を具体的に分析することが必要です。

本問について特に重要な3つのポイント:

  1. 共同行為の認定における事実の評価

  • 情報交換から行動の一致までの経緯

  • 各社の立場や意図の分析

  • 黙示の合意の認定手法

  1. 競争阻害効果の具体的分析

  • 参入阻止効果の発生メカニズム

  • 市場構造との関連性

  • 需要者への影響

  1. 正当化事由の検討における実質的評価

  • 主張の具体性と合理性

  • 手段の相当性

  • 客観的な裏付けの重要性

皆さんはこれから以下に注意していきましょう。

  1. 経済法の答案作成では、事実関係の丁寧な分析と法的評価の論理的な結びつけが極めて重要です。必ず問題文を何度も読み返し、重要な事実を見落とさないようにしましょう。

  2. 市場における競争メカニズムの理解が不可欠です。単なる暗記ではなく、なぜその行為が競争を阻害するのか、具体的な事実に基づいて説明できるようになることが重要です。

  3. 判例の基準は、具体的な事案での適用場面を意識して理解することが大切です。形式的な暗記ではなく、要件の趣旨を踏まえた実質的な理解を心がけましょう。

免責事項:
この記事の内容は、情報提供のみを目的としており、法的アドバイスを提供するものではありません。法的問題については、弁護士などの専門家にご相談ください。また、この記事の内容に基づいて行動した結果、損害が生じた場合でも、筆者は一切の責任を負いません。万が一、内容に誤りや不足などございましたら、コメント欄にてお知らせいただけると幸いです。また、この記事の著作権は筆者に帰属します。無断転載や複製はご遠慮ください。

用語集


基本概念

不公正な取引方法

独占禁止法2条9項及び公正取引委員会告示(一般指定)によって規定される競争阻害行為。公正な競争を阻害するおそれがある行為を規制します。競争の実質的制限までは至らない程度の競争阻害を対象とします。

共同の取引拒絶

複数の事業者が共同して、特定の事業者との取引を拒絶する行為。一般指定1条1号で規制される典型的な不公正な取引方法の一つです。

公正競争阻害性

不公正な取引方法の効果要件。自由競争減殺、競争手段の不当性、自由競争基盤の侵害の3つの観点から判断されます。競争の実質的制限より緩やかな基準です。

行為要件関連

共同して

複数の事業者間の意思の連絡を示す要件。明示的な合意は不要で、他の事業者の行動を認識・予測して黙示に認容し、歩調を合わせる意思があれば足ります。

黙示の合意

明示的な合意がなくても、事業者間の相互認識と行動の一致から推認される合意。情報交換や行動の時期的近接性などが認定の重要な要素となります。

直接性

取引拒絶が直接相手方に向けられていることを示す要件。間接的に第三者を通じて行われる場合と区別されます。

市場分析関連

市場画定

競争効果を分析する場としての市場を画定する作業。需要の代替性を主たる基準とし、必要に応じて供給の代替性も考慮します。

需要の代替性

ある商品・サービスが他の商品・サービスによって代替可能な程度。価格・品質・用途などの要素から判断されます。

市場閉鎖効果

競争者の市場へのアクセスを困難にする、または市場から排除する効果。参入阻止や既存事業者の排除などの形で現れます。

効果分析関連

競争の実質的制限

私的独占や不当な取引制限の要件。市場支配力の形成・維持・強化を意味し、当該市場における価格等の取引条件を支配できる状態を指します。

自由競争減殺

公正競争阻害性の一類型。価格維持(競争回避)または市場閉鎖(競争者排除)による競争阻害効果を指します。

参入阻止効果

新規参入者の市場参入を困難にする、または断念させる効果。市場閉鎖効果の一形態です。

正当化事由関連

目的の正当性

競争阻害効果を正当化する目的が、競争政策の観点から保護に値するものであるかを判断する基準。

手段の相当性

採用された手段が目的達成のために必要最小限度のものであるかを判断する基準。より競争制限的でない代替手段の有無も考慮されます。

客観的データによる裏付け

正当化事由の主張を支える具体的な証拠。抽象的な主張や推測だけでは正当化事由として認められません。

実務的概念

事業者

独占禁止法2条1項に規定される法の適用対象。商業、工業、金融業その他の事業を行う者を指します。

市場シェア

特定の市場において、ある事業者が占める取引量や販売額の割合。市場における地位や影響力を示す重要な指標です。

リース取引

物件の所有者から利用者に対して、一定期間にわたり物件を賃貸する取引形態。本件では甲機械の利用方法として重要な意味を持ちます。


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