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第1回 近現代美術史「西洋ロマン主義」

こんにちは、虎井です。
上記の絵はスイス人の画家ヘンリー・ヒュースリーの作品『夢魔』(1781)です。仰向けに眠る女性の胸に腰掛ける毛むくじゃらの夢魔と、赤いカーテンの裏から顔を出す馬。幻想的な官能あふれる絵画です。
詩作が進まないので美術史についての解説を、歴史的観点や私見などを交えながら執筆しようと思います。主に近現代美術を取り上げようと思います。


西洋ロマン主義の登場

19世紀前半、欧州で美術分野において支配的位置にあった新古典主義に対する芸術家の姿勢が変化し始めていた。古代ギリシア・ローマ美術を理想としてきた新古典主義は、合理主義的で保守的な美意識を重視するがゆえに、個人の感性・感情を抑圧するものではないかという主張が噴出したのだ。
また、当時の王政に対する市民革命の時勢や民族主義の潮流などと相まって、恋愛などの私的な感情や民族意識を賛美する反体制的な芸術思想が様々な分野で開花した。これが西洋ロマン主義の登場である。

ドイツのロマン主義

『雲海の上の旅人』(1818)

ロマン主義と言えば、偏見ではあるかもしれないが、間違いなく教科書にはカスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774-1840)の名前が登場することだろう。『氷の海』(1823頃)などの大胆な構図を採用した作品で比較的その名が知られたドイツ ロマン主義の名画家である。
上の絵画は『雲海の上の旅人』(1818)である。
鑑賞者に背を向けて断崖絶壁に立つ男性、風にたなびく赤色の髪と霧の海、波間から顔を覗かせる岩肌と霞む樹影。全体的に淡い黄色で覆われた画面と幻想的な青色が、孤独で崇高な世界観を幻想的に表現している。
尚古思想を重視する体制に対し、フリードリヒは謎めいた魅力を持つ作品、つまりは解釈が難しい作品を数多残している。生前に高い評価や名声を得ることはなかったが、現代においては確かな名品である。

イギリス・フランスのロマン主義

『民衆を導く自由の女神』(1830)

この当時、イギリス・フランス両国は市民による革命が巻き起こり、王族や貴族達による従来の封建体制が揺らぐ歴史的な転換期を迎えた。
上の絵は『民衆を導く自由の女神』(1830)である。
作者はウジューヌ・ドラクロワ(1798-1863)。乳房を露わにした裸足の女神が三色旗を掲げ、銃や刀剣を持った市民の群衆を先導している。彼等が踏み越えるのは軍人や貴族といった革命以前の支配層の屍と瓦礫の山である。七月革命の様子を描いた絵とされていて、先述のフリードリヒと異なり、明確な政治的主題が画面いっぱいに描かれている。女神の周辺には光が差し込み、その猛々しさが際立っている。自由を追求して、時の為政者に反抗する市民の勇姿を称賛するような絵画だ。

『メデューズ号の筏』(1818)

年代的にも画家どうしの影響的にも明らかに紹介の順番を間違えているが、上の絵画はドラクロワと同じくフランスの画家テオドール・ジェリコー(1791-1824)の作品『メデューズ号の筏』(1818)。
歴史的で伝統的な筆致で描かれているが、モチーフは実際にあった事件というもの。フランス海軍のフリゲート艦メデューズ号が座礁し、海軍の救助が遅れたことで多数の死者が発生した国内で当時最悪の醜聞だった。急ごしらえの筏で帰国しようと試みる乗員達、暗雲立ち込める波の中を進む筏、必死にハンカチを振って誰かに気付いてもらおうとする人々、服を失い力尽きた若者。まさに絶望的な情景だ。当時は実際の出来事や人物をこのような古典主義的な手法で描画することはご法度とされていたため、賛否両論の一作となったが、のちのドラクロワの絵画にも影響を与えている。

『解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号、1838年』(1839)

イギリスを代表する画家ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851)の最も有名な作品『戦艦テメレール号』(1839)。
純白の巨大戦艦テメレール号が、煤で黒く汚れた蒸気船に曳かれて最後の停泊地に向かう様子が描かれている。ひとつの美意識が終焉を迎え産業革命の時代が訪れたことを暗示するように、茜色に染まる水平線へと沈む太陽と、戦艦の背後 遥か上空に浮かぶ月。静かに、しかし確実に変貌してく社会から排除されていく権威の儚さを印象的に描いた名作だ。

スペインのロマン主義

『我が子を食らうサトゥルヌス』(1819-1823)

スペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)の連作『黒い絵』のひとつ『我が子を食らうサトゥルヌス』(1819-1823)。ゴヤと言えば、『裸のマハ』(1880頃)と『着衣のマハ』(1885頃)などスキャンダラスな作品で有名だ。ちなみに『裸のマハ』は恐らく西洋絵画において、初めて実在する女性の陰毛が描かれた作品だとされている。
自らの子に殺されるという予言を恐れ、妻が産んだばかりの我が子を食らうという狂気に取り憑かれた巨人を描いた作品。頭部や腕部は既に食われ、赤い血が死体から流れている。白髪の巨人は目を見開き、その指は明らかに死体に食い込んでいて、見るも無惨な痛々しい描写が目立つ。古典主義的な計算された道徳や理性の規範からかけ離れた人間の闇の側面を寓話的モチーフを使い効果的に表現している、画期的な作品だ。

私見

時代の流れが明らかに違う方向に向かうとき、かつての秩序は呆気なく崩れ落ち、人間が持つ愛や狂気などの激しい感情が、視覚芸術によって剥き出しにされていく様子には形容詞がたい衝撃を覚える。画家たちの筆致も荒々しさを増し、美しさの定義が粘土細工のように歪められていく。人類が描いたロマン主義はやがて産業革命と植民地主義により、さらなる変貌を遂げることになる。今後も執筆を続けていきたいと思う。

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