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The 1975の新作『Notes On A Conditional Form』を聴いて、息がしやすくなった。【感想】

時代を求め、時代が求めたバンド『The 1975』

待望の新作『Notes On A Conditional Form』を語る前に、その感動を吐き出すその前に、少しだけThe 1975というバンドについて触れておきたい。

おそらく、本記事を読んで下さっている多くの方は、「なんだよ、今さら」と思うかもしれないが、ネットの海はかくも広大なので、もしかするとThe 1975のことをあまり知らない誰かがこの記事に流れ着いてくれるという可能性も無きにしも非ずなわけでたまたまここに流れ着いた方にも、The 1975というバンドを少しでも好きになってほしい、と僕は思う。ので、The 1975のこれまでの歩みをを少しだけ触れておく。

◆The 1975結成

2002年。イギリス・チェシャー州ウィルムスローに暮らす男子高校生4人組[マシュー・ヒーリー Vo.Gt./アダム・ハン Gt./ロス・マクドナルド Ba./ジョージ・ダニエル Dr.]によって結成されたバンドは、以後バンド名を複数回改める(Me and You Versus Them、Forever Drawing Six、Talkhouse、the Slowdown、Bigsleep、Drive Like I Do…)も、メンバーチェンジは一切なく、オリジナルメンバーが一人として欠けることなく現在も活動を続けている。すでに人生の半分以上を共に歩んでいる彼らの絆は、固い。

本当はデビュー以前のThe 1975についての詳細をもっと語りたいが、それではいつまで経っても本筋にたどり着かないのでそれはまたの機会にとっておくとして、一旦、2013年(The 1975のデビュー年)にまで話を進めることにする。

◆1stアルバム『The 1975』

2013年。1stアルバムにしてセルフタイトルアルバム『The 1975』は、80年代のポップミュージックにオマージュを捧げた珠玉の名盤で、全曲シングルカットできるほどのフックと強度を誇るという新人バンドらしからぬ完成度を見せつけ、見事に全英1位を獲得。

しかしながら多くのメディアは、The 1975の破格の成功に、いや、The 1975の存在そのものに批判的だった。「ギター・ミュージックとしてはポップすぎる」「インディ・ロックとしてはメジャー嗜好すぎる」そんなような内容のレビューが散見された。

◆2ndアルバム『I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful yet So Unaware of It』

2016年。続く2ndアルバム『I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful yet So Unaware of It』では、R&B、エレクトロ・ファンク、ポストロック、シューゲイザー…音楽の垣根を自由自在に飛び回る幅広い音楽的性、「らしさがないことがらしさ」というThe 1975のアイデンティティを確立した大傑作として、全米、全英チャートでダブル1位の快挙を達成。

これまでThe 1975に対して批判的だったメディア・音楽ファンもこぞって手の平返しで大絶賛。かくして、The 1975はいよいよトップバンドへと躍り出た。

◆3rdアルバム『A Brief Inquiry into Online Relationships』

そして、2018年。『A Brief Inquiry into Online Relationships』によって、The 1975はいよいよ覚醒のときを迎える。

本作でも当然のように全英1位を獲得し、Brit Awards2019「British Group」「British Album of the Year」、Ivor Novello Awards「Best Contemporary Song (Love It If We Made It)」「Songwriters of the Year」など英国の主要音楽賞を独占。NME Awardsでは「過去10年を代表するバンド」に、Q Awardsでは「Best Act in the World Today(今世界で最高のアーティスト)」に選ばれた。

最上級の賞賛を浴びたThe 1975は、世界中の大型フェスでも軒並みヘッドライナーとして出演、2010年代を象徴するバンドへと大躍進を遂げた。

◆SUMMER SONIC 2019

いよいよ本筋から脱線してしまうが、昨年のサマソニについても少しだけ、少しだけ触れておきたい。

サマーソニック2019でThe 1975がみせた伝説的ステージは、極東の島国の音楽ファンに大きな衝撃と感動を与えたことは、記憶に新しい。オーディエンスと、文字通り一体になるかのような彼らのパフォーマンスは、あまりに美しかった。(The 1975が大観衆に見せつけた、世界最高峰のロックバンド像

「今しかないんだ」と、叫びながら未来を夢見る10代の若者のように矛盾していて、「どうせ他者と繋がりあうことなんてできやしないんだ」と、のたうち回りながらも、繋がることを絶対に諦めようとしない。刹那の輝きを放ちながらも、しかし、それは永遠だった。あの日のことを僕は決して忘れないだろう。というポエティックな感想はこれくらいにして、いよいよ本題に移ろう。

The 1975は単なる人気バンドという枠を大きく超えて、今やこの混沌とした時代を生きるミレニアル世代、Z世代の若者にとって「無くてはならない存在」になった。迷える者たちの唯一絶対の求道者。それはまるで、ひとつの宗教のようでもある。

4thアルバム『Notes On A Conditional Form』

『Notes On A Conditional Form』は、前作『A Brief Inquiry into Online Relationships』と地続きになっている作品で、The 1975にとって初の“連作”として制作されたアルバムでもある。

『A Brief Inquiry into Online Relationships』『Notes On A Conditional Form』この2枚を制作した時期を彼らは、「Music for Cars」と称している。

「Music for Cars」とはマシューいわく「The 1975が本物のバンドになった時代」であり、「多くの若い人たちにとって重要な存在となったことで、さらに進化しなきゃいけなかった時期だったんだ」と彼は語っている。

数回の発売延期を経て、本作『Notes On A Conditional Form』は、2020年5月22日金曜日、その巨大な全貌をついに明らかにした。

5月21日から22日に日が変わったその瞬間、僕は震える指先でスマホの画面をタップしてSpotifyを開いた。夢にまでみた『Notes On A Conditional Form』がそこにあった。本当に22曲ある。すでに泣きそうになりながら注意深く再生ボタンを押す。真っ暗な部屋の中で男が一人、イヤフォンから大音量で流れる音楽を聴いている。ちなみに正座している。異様な光景だ。飼い猫が不思議そうに、にゃあ?と鳴いた。

『Notes On A Conditional Form』、僕個人の感想としては、傑作。大傑作。これまでのThe 1975の作品の中でも1番、好きだ。

さて、ここからの流れとしては、大きく6つに分けて個人的な感想や考えを書いていきたい。以下の通り。

①:『Notes On A Conditional Form』曲単位の感想(全曲感想)/②:『Notes On A Conditional Form』アルバム単位の感想/③:The 1975の活動/④:今、僕たちはどうするべきか/⑤:さいごに

①:『Notes On A Conditional Form』曲単位の感想(全曲感想)

(※ここからは、レビューというよりは単なる僕個人の感想で、理性よりも感情を大事にしましたみたいな…おそらく非常に読みづらい文かと思います。極度の興奮状態に陥った男が目を血走らせながら一心不乱にキーボードを乱している姿を想像してみてください。今の僕です。もう平常ではいられない心持ちなのです。その点は、どうかご容赦ください。)

『Notes On A Conditional Form』は22曲80分の超大作だ。LPは2枚盤で、A・B・C・D面の4つのパートに区切られている。これと同じ区切りで作品を聴くと、詞や音が驚くほどすんなりと体に馴染んだので、ここでもその4つに分けて感想を書こうと思う。

・Part:A

地球温暖化と気候変動の阻止を求める16歳の若きアクティヴィスト、グレタ・トゥーンベリのスピーチをフューチャーしたオープニングナンバー『1.The 1975』ではじまった旅は、「起きろ起きろ目を覚ませ!」と暴風雨のような剥き出しの怒りをあらわにする『2.People』へと、間髪入れずに突入する。

激しい怒りの感情の後に待っていたのは、緑豊かな平原が黄金に輝く夕陽に照らされているかのような、素晴らしい映画のエンドロールに流れるかのような、壮大なインスト曲『3.The End (Music For Cars)』。

そこから雪崩れ込むように続く『4.Frail State Of Mind』は、壮大なナンバーから一転、とてもパーソナルな1曲で、人一倍繊細で心に傷を負いやすいマシュー・ヒーリーの胸のうちが、痛々しく、赤裸々に告白されている。

続く『5.Streaming』や『6.The Birthday Party』では、そんな心の傷を癒すかのように、実態を持たない幻のように不確かなサウンドが、優しく、穏やかに響き渡る。

・Part:B

神経を逆撫でするような、神経質で無機質な異様さが際立つ『7.Yeah I Know』では「HIT THAT SHIT GO HIT THAT SHIT(一服キメなよ さあ、一発キメてこい)」というフレーズが繰り返し歌われる。クセになる。

無機質なサウンドから一転してウォール・オブ・ギターが鳴り響く『8.Then Because She Goes』は、My Bloody Valentine、The Jesus and Mary ChainライクなUKシューゲイザーロックで本作のハイライトの一つ。この曲とにかく大好き。(そういえば、去年のサマソニでマシューはRIDEのTシャツを着ていた)

エレキギターからアコースティックギターに持ち替えられて奏でられる『9.Jesus Christ 2005 God Bless America』は、同性に対する恋心が歌われた儚いラブソングだ。The 1975というバンド、マシュー・ヒーリーというシンガーが歌うからこそ響く名曲。(ドバイの反LGBTQ法への抗議、The 1975マシューが男性ファンにキス

決して叶わない恋の悲しみを振り払うかのように鳴り響くエレキギター…シンプル・イズ・ベストなUKロック『10.Roadkill』は、とにかく痛快で最高。「難しいことは何も考えなくていい、この一時の楽しさに身を任せよう。」そんな気持ちにさせてくれる。ツアー道中の様子を、まるでドキュメンタリーのように綴られる歌詞が新鮮で面白い。

11.Me & You Together Song』。王道UKロック怒涛の2連打。本作の中でもグッとくる流れのひとつ。黄金の90年代にオマージュを捧げられたThe 1975史上最もピュアでキュートなラブソング『Me & You Together Song』の、快楽性は異常。しかし同時に、決して戻ることのできない“あのころ”を想って涙が出てしまう。

The 1975が本作で手に入れた新たな表現の形ともいうべきエレクトロ・ハウス路線の完成形であり、最高到達点『12.I Think There’s Something You Should Know 』。とにかく無条件に、問答無用に体が動く。自制がきかない。音楽と言う名のドラッグを注射器で体内に注入されているかのよう。

・Part:C

13.Nothing Revealed / Everything Denied 』。ここまでくると「ロックって何だっけ?The 1975って何だっけ?今聴いているのはだれの作品だっけ?」という気持ちになる。ゴスペル、ヒップホップ…これほどがっつりとブラックミュージックに接近、果敢に取り込みながらも、あくまでバンドミュージックであるその事実に驚愕する。「The 1975は本物だ」と、ひとり馬鹿みたいにつぶやいた。

The 1975はサンプリングや、オマージュ、引用などの手法を果敢に取り入れるバンドであり、『14.Tonight (I Wish I Was Your Boy) 』では、佐藤博の「SAY GOODBYE」が明確にサンプリングされている。サンプリングというのは言ってみれば偽物なわけだけど、The 1975というバンドは、その偽物の集積の果てに、「いつか、誰にも似ていない“本物”」になるんだ」という信念を貫いている。そんな気がする。

続く『15.Shiny Collarbone』は、Jamie xxを彷彿とさせるUKダンスミュージック。イギリス人は変態が多い。(褒めてる)

16.If You’re Too Shy (Let Me Know)』。新機軸連発からのここにきてThe 1975の十八番「ド直球80sポップソング」!曲順がニクイ!曲順の妙!「初めて聴いたのになんか懐かしい!」みたいな、「これこれ!こんな曲が聴きたかった!」みたいな、そんな底抜けにポップな1曲です。最高です。The 1975の楽曲の中でも1番好きな曲になりました。ありがとうございます。

C面ラストソング『 17.Playing On My Mind 』。80年代商業ロックライクな前曲からの緩急がたまらない。まるで、お祭りの後の静けさのような。アコースティックの音色が優しくしみるし、アルバムを終わりが見えてきた悲しさに、その事実に、泣きそうになる。

・Part:D

消え入りそうな鍵盤の音色ではじまる『18.Having No Head 』は、別れの悲しみを加速させ…は、しなかった。中盤からの裏切りに「ありがとう!」と叫びたい。みんなで踊りたい。

19.What Should I Say』は、マシュー・ヒーリー自信が「前作に収録するつもりだったが、どうしても納得できずこっちに入れることにしたハウスミュージック」と公言している通り、かなり明確にハウスミュージック。一心不乱に踊りたい。

20.Bagsy Not In Net 』。思えば随分遠くまで来てしまった。巨大なうねりの真っただ中。自分の現在地でさえ見失ってしまいそうになるストリングス×エレクトロの壮大なサウンド。しかし、規則的な打ち込みが指針となって、僕らの行く先を導いてくれる。あと2曲。

21.Don’t Worry』。もはや泣いている。「心配しないで、ダーリン 僕がここに 君のそばにいるから」The 1975は僕らの行く先を照らしてくれる。涙は止まるどころか、さらにその勢いを増す。

22.Guys』。長い長い旅だった。地球環境に警鐘を鳴らし、若者の怒りを代弁し、心ない言葉に傷つき、癒しを求めた。過去を懐かしみ、誰かを好きになって、また傷ついた。仲間と騒いだ騒がしい夜があった。ひとりっきり部屋で過ごす静かな夜もあった。

「あいつらがいなくて寂しかったんだ 君達が僕の手を取ってくれた瞬間が 人生で起きた最高の出来事だった 僕らがバンドを始めた瞬間こそが 人生で起きた最高の出来事だった」。

環境問題を、怒りを、デジタル社会を、不安を、絶望を、再生を、恋を、愛を、過去を、未来を、希望を巡る旅は『Guys』によって終わりを迎える。最後の最後に歌われるのは、驚くほど真っすぐな愛。これまでもこれからも変わることのない、真実の愛。

②:『Notes On A Conditional Form』アルバム単位の感想

今の時代、そして、今の時代を生きる若者たちを最高純度で描写した傑作、それが前作『A Brief Inquiry into Online Relationships』だった。時代と共に歩みを進めたアルバムだった。「僕のための」アルバムだった。「自分のことを歌ってくれている」本気でそう思った。

The 1975は本作『Notes On A Conditional Form』で、遂に時代の先を行くことを決めた。僕はそう感じた。

時代の先を行く。それはつまり、時代そのものを変えること。

これまで迷える若者とともに歩んでいた(自分たち自身も迷える若者だった)The 1975は、今、その歩みを1歩先に進めた。「お前もこっちに来い」と彼らは叫ぶ。

時代そのものを変えること。それはつまり、今を生きる若者に行動を起こさせること。

The 1975史上最強の攻撃を誇り「目を覚ませ!」と歌う『PEOPLE』は、「部屋に閉じこもってるだけじゃ誰もお前のことを分かってくれないんだぜ。今こそ行動をおこそうぜ」と言って、怠惰な若者の尻を蹴り上げる。

「自分はひとりぼっちな存在だ」と絶望する若者には、「僕も同じだよ」と言いながら『Frail State Of Mind 』を歌う。

『The Birthday Party 』では絶望の淵から立ち返ろうとし、『Jesus Christ 2005 God Bless America』『Me & You Together Song』『Tonight (I Wish I Was Your Boy)』『If You’re Too Shy (Let Me Know) 』では、自分以外の誰かのことを好きになった…。

『Notes On A Conditional Form』で歌われていることのすべては、マシュー・ヒーリー自身の本心であり、その歌詞は、これまでの彼自身の経験に基づくものだ。The 1975という一つのバンドは、マシュー・ヒーリーという一人の人間は、傷つき、迷い、絶望しながらもこの時代を生きている。前に進むことを決してやめようとはしない。

経験とはつまり、行動の結果だ。

The 1975は近年、社会問題に対して大きな行動を起こしている。その一部をここで少し触れておきたい。The 1975は、この時代を、この世界を、よりよいものにするために行動している。

③:The 1975の行動(活動)

1.ジェンダー・イクオリティ

フロントマンのマシュー・ヒーリーは『A Brief Inquiry into Online Relationships』のツアー時から、スカートやワンピースを取り入れたコーディネートでカメラの前に立つようになった。軽やかに着こなしたスカートを蹴り上げて自由自在にステージの上を駆ける姿、MVや雑誌に映る今にも壊れそうなほど儚い姿、そのどれもが矛盾なく、違和感なく彼の中で同居しているように見える。

女装をしているわけでもなく、衣装を着ているような感覚でもない。デニムパンツを履いているかのようにごくごく普通に、マシュー・ヒーリーはスカートを履いている。

そんな彼に呼応するかのように、近年のファッションシーンのおいてGUCCIをはじめとしたビッグメゾンが、ジェンダーによって線引きされたファッションの固定概念を打ち破る革新的コレクションを続々と発表している、という話をすればきりがなくなるし話はさらに大きく脱線してしまうのでここでは割愛。

昨年5月にアラバマ州で開催された「Hangout Music Festival」のステージ上には、怒るマシュー・ヒーリーの姿があった。

「なんで僕がこんなに中絶禁止法に腹を立てているのかって、その法律が命を救うためのものでなく、女性たちをコントロールするためのものに思えて仕方がないからなんだ。アメリカの政権には、痛ましくて難しい選択を迫られたアメリカの女性とホロコーストを比べる人たち、男たちがいるんだ! それは恥ずべきことだ」

同州で成立した中絶禁止法を大きく批判する彼の姿は、ネット上を駆け巡った。

2.環境問題

『Notes On A Conditional Form』のオープニングを飾る、グレタ・トゥーンベリのスピーチをフューチャーした『The 1975』にも顕著に表れているが、環境問題に取り組むThe 1975のここ最近の攻めの姿勢がすごい。

過去に販売されたバンドTシャツの上から『Notes On A Conditional Form』のロゴを新たにプリントし、ツアーのマーチャンダイズをリサイクルするという画期的なアイデアは、買い替えや使い捨てが当たり前とされる大量生産・大量消費のファスト・ファッション文化に大きな衝撃を与えた。

また、チケットの販売枚数に応じて植樹をするというアプローチも素晴らしかった。これは、「バンドのツアー活動って、世界中を飛行機で飛び回るわけでしょ?それって、化石燃料を大量に消費するし、環境をとても汚染しているし、どう考えても環境負荷だよね?」という批判の声への返答でもあった。多くのバンドが活動を自粛する中で、The 1975はより能動的、より攻めたアプローチに出たのだ。

The1975は、行動しないことを行動するのではなく、

行動を起こすことによって世界を変えようとしている。

④:今、僕らはどうするべきか

The 1975は本気で世界を変えようとしている。彼らのこの姿をみて「何もしない」なんて選択肢があるだろうか?

たしかに、彼らのように大きな行動を起こすことは困難かもしれない、出来ないかもしれない。ただ、どうだろう?例えば、普段からエコバッグを持つことでレジ袋の消費を少しだけ抑えるでもいい。近場に用事があるときは車ではなく徒歩で向かうでもいい。物を大事にする、長く使うように心がける。これだって立派な環境問題への取り組みだ。

思い、考え、行動すること。意識を変えること。これが何より大事なことで、どんな小さなことでもやらないよりはやる方が絶対にいい。「自分一人が行動したところで、どうせ何も変わりはしない」なんて言い訳ができないところまで、僕らはすでに来てしまっている。

今こそ行動を起こすときだ。

⑤:さいごに

人生は長い。

あなたは、「死にたい」と思ったことがあるだろうか?

誰かに裏切られ絶望の淵に叩き落とされたことは?

愛する誰かと離れ離れになってしまったことは?

あのときこうしていれば…いつまでも消えない後悔に、今もあのころのままでいれたら…日に日に増す過去への執着に、苛まれ、惨めなちっぽけな自分を嫌いになったことは?

それはきっと、だれにだって訪れる出来事だ。だって、人生は長い。

もしも、あなたが今、絶望の果てにある無限の悲しみに暮れているのなら、どうか『Notes On A Conditional Form』を聴いてくれることを願う。この作品は、絶望の存在も悲しみの大きさも否定しない。だけど、絶望に立ち向かうための希望となりえる。

絶望の底で藻掻いている人がいる。悲しみで息ができないでいる人がいる。自分以外の誰かも、そうやって今を生きている。マシュー・ヒーリー、アダム・ハン、ロス・マクドナルド、ジョージ・ダニエル、4人の若者は、あなたと同じように今を藻掻いている。そのことを包み隠さず教えてれる。

「自分以外の誰かも自分と同じように悲しい思いをしている」 事実は、あなたの悲しみを解決してはくれないが、それでも、「自分だけじゃないんだ」と思うだけで随分と息はしやすくなる。

人生は長い。季節は巡る。どんな理由で絶望を感じていたとしても、やり直すことはきっと出来る。生きてさえいれば。The 1975のように。彼ら4人のように。

だからどうか、今をあきらめないで欲しい。「その時」が今でなくてもいい。生きることは最大の行動で、生きてさえれいば、きっと、なんとかなる。生きているだけでいい。

あなたと、笑顔で会える日を願う。