ふと思う昔の思い出
月姫です
昔の思い出と言うと
私は生後9ヶ月で 親の都合で山の麓で暮らす様になったんです。
夏から秋になると町場と5度以上気温が違い
だから9月にはコタツを出す
気温の激しさからか 遺伝なのか小児喘息になってしまったんです。
喘息の発作が出ればかかりつけ医の所に駆け付けるのだが、その頃車を持っていなかった両親はタクシーを呼んで病院に連れて行ってくれました。
暫くして父が車の免許を取得して、それからは頻繁に病院に行けた。
山の麓に暮らして、空気は美味しかったですがなんせ気温は低い 夏でもエアコン要らず
【その当時は今みたいに電化製品が一般家庭には無い時代です】
暖を取るにはコタツ ストーブですね、
お風呂も近所のお家に貰い風呂してた
テレビもお風呂のついでに皆んなで観せて貰ってた
そこの家の叔父さんが針級をしていて良く軽い発作が出たら針を打って下さった事
今思うとありがとうございました。
でもちょと針が怖かったドキドキでした。
その当時は洗濯機も無く 皆んなで井戸端でタライを使って洗濯してた 冬は手がアカギレだった
私はまだ幼く洗濯場に母を探しに行って居たが
洗濯場に行くには子供に取っては幅の広いドブが有り一度ドブの中に入って向こう岸に行かなくてはならなかった
ドブが乾いている時は、良かったが雨が降った後は滑り易い 案の定滑って流されたが
【皆んな子供が流れて行ったぞ】と連携して大人達に助けて貰いました。
【暗いトンネルを抜けて】拾い上げて貰った時
思わず泣いてしまった。😭
今でも暗いトンネルを感じる時が頭の片隅にある気がする。
だからか ジェットコースターは苦手です。
今みたいに何でも電化製品があると、きっとそんな体験は無かっただろうと思うと共に
側溝のフタあったらそんな事は起きなかったと思った
近所のお兄さんも小さい時ドブで流されたと聞きました。
その後我が家にも洗濯機が来た、二層式の横の取手を回すと脱水出来る洗濯機です。
今は乾燥まで出来るドラム式の洗濯機が出回ってる
本当に世の中便利になった事で有り難い想い出ですよね!
昔々の思い出 聞いて頂きありがとうございます😊
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