心臓手術における皮膚消毒プロトコル:クロルヘキシジン-アルコールとポビドンヨード-アルコールの比較検討のための無作為化臨床試験

こんにちは、一本目の論文紹介です。

Chlorhexidine-alcohol compared with povidone-iodine-alcohol skin antisepsis protocols in major cardiac surgery: a randomized clinical trial.
Boisson M, et al.  
ICM. 50:2114–2124, 2024. 

心臓手術における手術部位感染 (SSI)予防のための術前消毒薬の効果を比較した臨床研究です。
フランスの8つの病院で実施され、3,242人の患者を対象に、2%クロルヘキシジン-アルコールと5%ポビドンヨード-アルコールの2種類の消毒薬の効果を比較しました。主要評価項目は、手術後90日以内の再開胸手術または30日以内の末梢手術部位の再手術の必要性でした。
結果として、両群間で再手術率(クロルヘキシジン群7.7%、ポビドンヨード群7.5%)や手術部位感染率(クロルヘキシジン群4.0%、ポビドンヨード群3.3%)に有意な差は認められませんでした。

この研究が行われた背景として、

手術部位感染症(SSI)

  • 医療関連感染症の2番目に多い原因である

  • 入院期間の延長、抗生物質使用の増加再手術やICU入室の原因となる

  • 死亡率上昇と医療費増大に寄与(米国で年間約100億ドル)

心臓手術における特徴

  • 清潔な手術だが、患者は合併症を持つことが多い

  • SSIの発生率は1-7%

  • 縦隔炎などの胸骨感染症は特に深刻

  • しばしば再手術やICU再入室が必要で、死亡につながることもある

SSI予防における皮膚消毒の重要性

  • SSIの原因菌は主に皮膚由来

  • 術前の皮膚消毒が極めて重要

  • クロルヘキシジン-アルコールとポビドンヨード-アルコールが推奨されている

  • しかし、心臓手術における大規模な比較試験が不足

現在のガイドラインの状況

  • CDCとフランス病院衛生学会:アルコールベースの消毒薬を推奨

  • WHOとイギリスNICE:クロルヘキシジン-アルコールを第一選択として推奨

  • 一方、WHOの推奨は時期尚早で、エビデンスレベルが低いとの指摘あり

  • メタ解析に含まれた研究はアルコール濃度が低いか不明な問題点

があります。

Discussionでも触れられていますが、少し前にJAMAから同様のRCTが出ています。

Povidone Iodine vs Chlorhexidine Gluconate in Alcohol for Preoperative Skin Antisepsis A Randomized Clinical Trial.
Widmer AF, et al.
JAMA. 332(7):541-549, 2024.

こちらの研究は、心臓手術や腹部手術における術前皮膚消毒薬としてのポビドンヨード-アルコールとクロルヘキシジングルコン酸塩-アルコールの効果を比較した非劣性試験です。
スイスの3つの医療機関で実施され、3,360人の患者が参加しています。クラスターランダム化クロスオーバーデザインを採用し、各施設で月単位で消毒薬を切り替えて使用しました。主要評価項目は、腹部手術後30日以内または心臓手術後1年以内の手術部位感染(SSI)の発生率でした。
結果は、ポビドンヨード群の感染率は5.1%、クロルヘキシジン群は5.5%で、差は0.4%(95%信頼区間:-1.1%~2.0%)と、事前に設定した非劣性マージン2.5%を下回りました。

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両研究の差異は下記になります。

研究デザイン

  • CLEAN 2試験:個別のランダム化による2群比較の優越性試験

  • Widmerらの研究:クラスターランダム化クロスオーバーによる非劣性試験

実施国と施設

  • CLEAN 2試験:フランスの8施設

  • Widmerらの研究:スイスの3施設

対象手術

  • CLEAN 2試験:心臓手術のみ(胸骨切開を伴う)

  • Widmerらの研究:心臓手術(65%)と腹部手術(35%)の両方

サンプルサイズ

  • CLEAN 2試験:3,242例

  • Widmerらの研究:3,360例

主要評価項目

  • CLEAN 2試験:90日以内の再開胸手術または30日以内の末梢手術部位の再手術

  • Widmerらの研究:腹部手術後30日以内または心臓手術後1年以内のSSI発生率

結果の解釈

  • CLEAN 2試験:優越性を示せず(同等)

  • Widmer:非劣性を証明

消毒薬の特徴

  • CLEAN 2試験:2%クロルヘキシジン-70%イソプロパノール vs 5%ポビドンヨード-69%エタノール

  • Widmer:クロルヘキシジングルコン酸塩-アルコール vs 10%ポビドンヨード(遊離ヨウ素1%)-アルコール

追跡期間

  • CLEAN 2試験:基本90日(COVID-19の影響なし)

  • Widmer:心臓手術で当初1年の予定がCOVID-19の影響で90日に短縮

これらの違いはありますが、両研究とも「クロルヘキシジン製剤の優位性は示されない」という結論で一致しています。
両研究ともWHOガイドラインの見直しについて提案しています。

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血管内留置カテーテルの感染予防効果と異なり、心臓外科手術の皮膚消毒ではクロルヘキシジン-アルコール製剤の有効性は示されませんでした。

消毒薬について簡単に記載しておきます。
消毒薬は高水準、中水準および低水準に分けられます。

高水準消毒薬:グルタラール、フタラール、過酢酸などが含まれます。これらの消毒薬は、あらゆる種類の微生物に対して効果を発揮する優れた特徴を持っています。

中水準消毒薬:代表的なものに次亜塩素酸ナトリウムがあります。幅広い微生物に対して効果がありますが、有機物の存在により効果が低下しやすい特徴があるため、中水準に分類されています。
また、ポビドンヨード(商品名:イオダイン®M)やアルコールも同じく中水準消毒薬に分類され、細菌芽胞を除くほとんどの微生物に対して効果を示します。

低水準消毒薬:クロルヘキシジン(商品名:ステリクロン®)や塩化ベンザルコニウムなどが含まれます。これらはMRSAなどの一般細菌、カンジダなどの酵母様真菌、およびヘルペスウイルスなどのエンベロープのあるウイルスのみに対して効果を発揮します。他の消毒薬と比べると効果を示す微生物の範囲が限定的ですが、院内感染の原因菌の約90%はこれらの微生物が占めているため、医療現場では頻用されています。

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1回目の論文紹介は心臓外科手術での皮膚消毒薬について取り上げました。

今後もゆっくり情報をアップしていきたいと思います。

ではまた。

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