中編純愛小説【好きを伝えきれなくて】4
この作品は過去に書き上げた小説です。
『愛、この店だよ』
『綺麗なお店だね。最近、出来たの?』
『いや、そうでもないよ。随分と以前からあるよ。ただ半年ほど前にリニューアルオープンしているけどね』
愛がつぶらな瞳で店内を覗き込んだ。
無邪気な幼子のような表情で店内へと入る。
『私、何を食べようかな』
愛のほころぶ顔。
涼はまだ口には出してはならない想いを胸にそっと閉まった。
心のなかで呟く。
一緒に居ることが楽しくて堪らないけれど切なくもある。
[愛、君と一緒に暮らしたい。君を生涯、愛していきたい]
心のなかで神様に祈るようにそっと願った。
店内のほとんどの座席には人がすでに座っていて、それぞれが目当てのメニューを口いっぱいに頬張っていた。
活躍の機会を失った座席が三つ、自信なさげにふたりを見つめているようでならない。
スタッフの活気づいたいらっしゃいませの声と共に、涼と愛は隣り合わせで座席に腰を下ろした。
一席だけ空席のまま、しょんぼりと落ち込んでいる座席の上に、彼女がジャケットとコートを丁寧にたたみ込んでそっと置いた。
店内にはラーメンの香りが換気扇の風に押し流されて、時折、鼻腔へと入り込む。
食欲をそそる香りがふたりの乾いた口のなかを唾液で埋め尽くす。
愛は即決で味噌ラーメンを注文し、涼もまた同じものを食べてみようと意気込んで、味噌ラーメンを頼んだ。
涼と愛の本質的な性格は似ているだろう。
だが、ふたりの休日の過ごし方はまるで正反対だった。
涼はインドア派で休日のほとんどを室内で過ごし、読書したり、小説を書いたりして時間を費やしている。
愛は外出が好きで家でじっとしていられないアウトドア派だ。
旅行が趣味らしく、旅先で美味しいものを食べることに喜びを感じている。
グルメに関してはそこらへんのグルメライターより、詳しいだろう。
愛は書店員で終わるような人間じゃない。
才能を自ら腐らしている。
涼は今にも吐き出しそうになった言葉を堪えては飲み込んだ。
やがてスタッフが注文の味噌ラーメンをふたつ、テーブルの上へ運んできた。
バイトであろう大学生らしき若者が、お待たせしました!と年相応の明るさを振る舞い、一礼してふたりの顔を見てにっこりと笑った。
店内はBGMが流れているわけではないが、静寂さは微塵にも感じなく、どこか活気づいていて違和感さえもなかった。
店の雰囲気がそう思わせるのだろうか。
愛が間近に居る楽しさがそう感じさせるのだろうか。
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