長編恋愛小説【東京days】6
この作品は過去に書き上げた長編恋愛小説です。
耳に力を込める。
奈美が歌い出す。激しい曲だ。
ロックでもかなりコアだ。マニアックすぎる。
奈美の違う一面を垣間見た気分だ。
でも、可愛くてたまらない。
楽しい気分に心は躍動する。
歌っているときの奈美は一点集中だ。
おそらく僕の姿も、部屋に飾られた風景画も、テーブルの上の焼きそばとドリンクも存在していないのだろう。
最初から最後まで同じ状態だ。
奈美は歌い終わるとマイクをテーブルの上に置いて視線を僕に向けた。
『激しい曲、歌うんだね』
『びっくりした?』
『うん。ほんの少し』
『イメージと違った』
『かなりね。島谷ひとみの歌が似合ってそうだったから』
クスッと笑う奈美。つられて僕も笑ってみせた。
予約した二時間があっという間に過ぎていく。
その場を後にして、僕は奈美をマンションの自室に招待した。
隣のコンビニでドリンクだけを買う。カラオケ店で飲んで食べて歌って大はしゃぎ・・・はしなかったけれど、僕たちは満腹で満足で幸せだった。
自室の玄関前に立つ。
『入っていいよ』
『失礼します』
奈美が部屋の片隅に置いてある原稿に気づく。
八畳一間には本棚と机とパソコンしか置いていない。
原稿を手に取った奈美の目が文字を追う。
『あっ、それはかなり下手くそだから』
『読んでいい?』
『構わないけど下手くそだよ』
反芻しないでよと言いたげな一瞬の奈美の曇った表情が、とても先ほどまで激しい歌を歌っていた姿とはまったく同一人物だとは思えなかった。
『朗読するね』
そう言い出して僕の作品を、声を張り上げて読み出す。
読み始めた原稿は絵本のストーリーだ。
人の言葉が分かる小さなゴリラが様々な感情を詰め込んだバナナをたくさん持ち歩いて、街から街へ旅をして弱者を救済する物語だ。
作品のキャラクターになりきっている。
芝居の主人公を与えられた役者のように演じきっている。
きっと朗読の経験があるに違いない。
そう睨んだ僕に、ちらっと目を向けた奈美。
『これ、いいと思う。書き直したらきっともっと良くなるよ』