
ようこそ、アントレ部へ(再編)第六話
「さあ、始めるわよ。第一回アントレ部戦略会議~、ドンドンパフパフ。」
学習机をコの字に並べたその真ん中の席に陣取った美夜が、手を叩きながら宣言した。
「わ、わぁ。」
美夜の右前、つまり窓際に座っている綾乃が気を利かせたのか、遠慮がちに拍手をしながらそれに応える。一方、美夜の左前、入り口側に座っている祥二朗は苦笑いを浮かべながら、二人に合わせて手を叩いていた。
「さあ早速だけど、祥二朗。これからあたし達が話さなければならないこと、分かるかしら?」
宣言後、椅子に腰かけた美夜は、どこかの総帥のように手を組みながら、真剣な表情を作って言った。
「いや当然、まずはこの部の今後の活動方針じゃねぇの?」
「・・・ファイナルアンサー?」
「古いよ。今日日そのネタ知ってる学生おらんよ。知ってる俺が言うのもなんだけどさ。」
「?」
「ほら見ろ、立原先輩の困り顔を。いいから、早く話を進めろよ。」
「せ、先輩!?私が!?」
「・・・半分正解。」
会議早々、混沌としてきている様子を見て、祥二朗は「はあ」と深いため息をついた。そんな弟の姿を美夜は、悪戯小僧のような表情で見ていた。一方、祥二朗に先輩呼びされた綾乃は、照れたように顔を赤らめながら戸惑いの表情を浮かべていた。
「半分かよ。それじゃ、正解は?」
「ふふん、じゃあ正解を見せるわよ。正解はこちら、じゃん!」
美夜は楽しそうに机に置いてあったスケッチブックを二人に見えるように掲げた。
「・・・活動方針の決め方?なんだよそれ。結局は活動方針についてじゃん。俺と何が違うんだよ。」
「ちっちっちっ、甘いわね我が弟よ。全然違うわよ。」
「どういう事ですか、ミヤさん?」
「じゃあ、詳しく説明していくわよ。」
美夜は掲げていたスケッチブックを再び机に置くと、普段通りの口調で話し始めた。
「まず活動方針。つまり、会社で言うなら企業理念とか言うらしいんだけど、はっきり言って、起業に関する本をかじったくらいのあたしにはさっぱりだったわ。それはおそらく、ほとんどあたしが誘っただけの二人も同じだと思うの。」
「・・・まあ、それは確かに。入るとは言ったものの、未だにこの部が一体何なのかとか人に説明すらできん状態やしな。」
「・・・実は、私もば、坂東君と同じこと思ってました。」
その時、綾乃の返答はどこかぎこちなさがあった。それを感じた美夜はこれまでの表情から一変して、難しい顔をした。
「・・・姉貴?どうしたん?」
「うーん、何か二人とも固いのよね。折角これからあたし達はチームになるんだから、もっとフランクにできないの?」
「無茶言うなよ。姉貴と立原先輩の関係がどれくらいかは知らんけど、俺と彼女はまだ会ったばっかりなんだから、急には無理だろ。」
祥二朗の言葉に、綾乃も口には出さないものの、コクコクと何度も頷く。
「ええそう?あたしは別に出会ったばっかりの人でもいつも通り接することが出来るけどなぁ。」
「それは単に姉貴がコミュ強ってだけだろ。」
「別にそんなことないと思うけどなぁ。」
美夜は心からそう思っているのか、祥二朗の言葉に不思議そうな顔で腕を組んでいた。しばらく美夜はそんな風にしていると、急に何かを思いついたのか、ポンと手を叩いた。
「そうだ、だったらさ。まずは呼び方だけでもフランクにしてみたら?ねえ祥二朗。あんたさ、例えばあやちゃんにどんな風に呼んでもらいたい?」
「はあ!?いやいやいや、そんなこと言われても―――。」
祥二朗は困惑しながらも、チラリと綾乃の見る。その視線に気が付いたのか、彼女と目が合った。
これまで、祥二朗は未だに気恥ずかしさが抜けず、極力綾乃の方を見ていなかった。それにも関わらず、この時不意に目が合ったせいか、祥二朗の顔は一瞬で瞬間湯沸かし器のように熱くなってしまった。
一方、綾乃もいくら美夜の弟言えど、気軽に接することは難しかったのか、恥ずかしそうに目を逸らすしかなかった。
「あっ、えっと、その、急に言われても思いつかないっていうか、うん、ごめん。」
「あ、あの、私も思いつきそうにありません。」
もじもじとする二人に、美夜は困ったように頭を掻いた。
「そっかー、まあ無理強いしてもしょうがないもんね。ごめんごめん。でも上手くいかないもんだね。実はさ、この会議の最初にお互いのことを自分で決めた名前で呼んでもらうって、ファシリテーションって言う会議とかを円滑に進行する本でアイスブレイク、つまりお互いの緊張感を解く手段の一つとして書いてあったんだけどなぁ。」
「えっ、姉貴、そんな本とか読んでんの?前までは本と言えば漫画くらいしか読んでなかったのに。」
祥二朗の知らない姉の一面に、彼の赤くなっていた表情から一変し、驚きの表情を浮かべた。
「そりゃ当然でしょ。やるって決めたからには中途半端なことは出来ないわよ。まあとりあえず、あんた達二人の関係性も冷静に考えてみれば、あたしがとやかく言える権利なんてないわよね。ごめんね。」
「えっ、ああいや、姉貴も良かれと思って言ってくれたんだろ、俺は気にしないよ。」
「ええ、私も。逆に気に掛けてくださって、ありがとうございます。」
「二人ともありがとうね。それじゃあ話を戻すわよ。ともかく、あたしもこんな感じで、組織の運用とかてんでど素人なわけよ。だから私から二人に提案があるの。」
「提案?どんな?」
「ええ、教えてください。」
「まあ、そんな大したものじゃないんだけど、この部がたとえどんな活動をしていくとしてもこれを忘れない様にしたいなって、私は思ってるんだ。」
そう言って、美夜は再びスケッチブックを持つと、一枚ページをめくり、二人に見せた。
そこにはただ一言、「楽しさ」という文字が書かれていた。