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ようこそ、アントレ部へ(再編)第一話
今年の春、高校一年生になった坂東祥二朗(ばんどう しょうじろう)は悩んでいた。自分は高校生になったら何の部活動に入るべきだろうかと。
と言うのも、祥二朗が通うここ藍森(あいもり)高等学校は、祥二朗の学区内では一番の進学校であり、勉学に力を入れていることはもちろんのこと、文武両道の精神の基、部活動にも力を入れていた。その為、規則には明文されてはいないものの、藍森高校に通う生徒は皆何かしらの部活に所属することが通例となっていた。
「なあ、ジロー。お前、何の部活に入るのかもう決めたん?」
祥二朗の前に座る一人の男子生徒がそう声を掛けてくる。この男子生徒の名前は、安芸玲人(あき れいと)。祥二朗とは小学校からの付き合いで、所謂幼馴染である。そして、中学も同じで高校も二人は同じになった。ただ、残念なことに、二人は別々のクラスとなり、今は玲人が正司のクラスである一組に訪れ、昼食を摂っていた。
「いーや、まったく。正直、部活とかメンドイんやけど。」
「それな、学校終わったら、とっとと家帰って、ゲームとか動画みたいわ。」
二人はほとんど同じタイミングで、「はあ」と大きな溜息を吐く。二人は、かなりのゲーマーで、二人が仲良くなったきっかけもゲームであった。その為、彼らの青春のほとんどはゲームに占められている。それは今も変わってはいなかった。
「なあ、いっそ俺達でeスポーツ部とか作ってみる?」
祥二朗はニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。ただ、その笑みからはそれがただの冗談であることは一目瞭然であった。
「無理無理、部活の作り方とか分からんし、第一そっちの方がメンドそうやん。」
「だよなぁ。ああ、ホントにメンドイなあ。」
当然のように玲人に否定された祥二朗は再び軽く溜息をつくと、テーブルに置かれた紙パック入りのバナナジュースをずずっと勢いよく啜った。けれど、もうほとんど飲み干してしまっていたのか、ほとんど飲むことが出来なかった。
「ありゃ、もう無いやん。飲み足りんから、俺もう一本買ってくるわ。レイトも何かいる?ついでに買ってきたるよ?」
「いや、俺はまだあるけんいいよ。俺は待っとる間、ゲームでもしながら待っとるけん。」
「あいよ。」
祥二朗は、席から立ち上がり、玲人に向かって軽く手を挙げる。礼人もそれに応えるように軽く手を挙げるが、反対の手には既にスマホが握られており、目線は完全にそちらへと向けられていた。そんな彼の姿に、祥二朗は少し呆れながらも、少し駆け足で自動販売機がある一階の売店へと向かった。
(それにしても、何で一年が四階やねん。普通、上級生が上とちゃうんかい。)
祥二朗は、心の中でそうひっそりと独り言ちった。もっとも、この高校以外の構造を知らない彼にとって、この文句はただの八つ当たりのようなものであるけれど。
そんなことを考えながらも彼は少し駆け足気味で勢いよく階段を下りた。折角の休み時間。一分一秒たりとも無駄にはしたくはなかった。
そうして、三階、二階を一気に駆け下り、一階へとたどり着く。階段先にはもう売店へと続く通り口が見えており、そのすぐそばにある売店が見えてきた。そんな時だった。
「あ、あの。」
祥二朗の耳に、消え入りそうな少女の声が聞こえてきた。
祥二朗は気のせいかなと思いつつも、その声がする方へと顔を向けた。すると、そこには祥二朗よりも頭一つ程背の低い一人の女子生徒が立っていた。
「あの、坂東祥二朗君・・・、ですか?」
どこか不安げに彼を見上げてくる少女。そんな彼女に、祥二朗は思わず息を呑んだ。
(か、可愛い。)
ドクンと胸が大きく高鳴るのを祥二朗は感じた。すると、今度はみるみる自身の顔がまるで中からヒーターか何かで熱せられているかのように厚くなってくるような気がした。そして、何だか息をするのを苦しい。いや、この瞬間だけどうやって息をするのかを忘れてしまったという錯覚に陥っていた。
「・・・あ、あの?な、何か言って頂かないと・・・。」
祥二朗が何も言わずにいたせいか、少女は困ったように、うつむき、手をもじもじとさせていた。そんな彼女の姿に、更に祥二朗の心臓は鷲掴みにされているかような苦しさを覚えた。ただ、祥二朗はすぐに気を取り戻した。
(このまま黙っているなんて、相手に失礼だろう。しっかりしろ、俺。)
「あ、ああ、ごめん。な、何か用?」
祥二朗的にはいつも通りに話したつもりだった。けれど、胸のことと連動するように、言葉が震え、口ごもってしまっていた。
(は、恥ずかしい。なんてざまだ。)
祥二朗は心の中でそう自分を責める。ただし、そんな心境を悟られぬように、顔には笑顔を無理やり張り付けながらであった。
そんな彼を、少女は気にする余裕もないのか、変わらずもじもじと手をいじっていた。そして、一度目を瞑った後、意を決したような顔で、真っ直ぐ祥二朗を見上げて叫ぶように言った。
「あ、あの!私と付き合ってくれませんか!」
そんな少女の言葉が、祥二朗の外耳道を通り、鼓膜を震わせた時、彼の思考は完全に停止した。彼は少女が言っていることをすぐには理解できなかったのだ。
いや、言葉の意味は理解できる。けれど、彼にとってはこの世に生まれてから初めて言われた言葉、いわゆる愛の告白と思われる言葉に、これまで家族以外の異性との会話という接触がほとんど無かった彼には受け止められる準備が無かったのだった。
そういう風に、祥二朗が完全に思考を手放し、固まっていると、少女はすぐにハッとした表情を浮かべたかと思うと、すぐに顔を真っ赤となり、慌てたような表情で話し始めた。
「す、すみません。ち、違います違います。言い間違えました。私に付き合ってくれませんかでした。あ、あのその、つまり、交際して欲しいとかそういうのではなく、これから少しお時間いただけないかというそういった意味であの。」
今まで以上に視線を彷徨わせながら、早口でまくし立てるように話す少女。そんな彼女の姿を見て、祥二朗の思考は再び時を刻み始めた。そして、それと同時に、内心少しがっかりとした気持ちを抱くのだった。
「ああ、別にいいよ。それで、どこへ行けばいいの?」
慌てている人を見ると逆にそれを見ている人は冷静になる。どこかでそんな話を聞いたことがあった祥二朗は、その話が正しかったことを実感しながら応えた。それに、祥二朗も多感な年頃の少年。あわよくば彼女と交流が芽生えるのではないかという下心があり、気になる少女の誘いに彼には断るという選択肢はスッポリと抜け落ちていた。
そんな祥二朗の返答に、慌てていた少女はパッと花が咲いたかのように笑みを浮かべると、深いお辞儀をしながら言った。
「あ、ありがとうございます。では、私について来てください。」
お辞儀の後、顔を上げた少女の顔にはどこかホッとしたような安堵の色が祥二朗には窺えた。そして、そんな安堵の中で浮かべていた少女のおそらく本来のモノであろう笑みに、彼の心は再び騒がしくなっていた。