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ようこそ、アントレ部へ(再編)第九話
「・・・今の所はこんな感じかしらね。」
美夜は「ふう」と一息つくと、黒板に書き連ねた文字を見上げた。その姿を席に座りながら眺めていた祥二朗がぼんやりと眺めていた。
「一、意見や提案する人の話は否定せず最後まで聞くこと。
二、出来る出来ないを考えず、まずは自由に意見を出してみること。
三、議題のテーマには必ずその目的を全員に共有すること。か。
冷静に考えてみたら全部当たり前のことやな。」
「そうですね。でも、普段話し合いをする時に意外と忘れられがちな項目でもありますよね。」
祥二朗の呟きに近い言葉に、綾乃が頷いた。そんな彼女の同意に、祥二朗は内心嬉しさを覚えていた。一方、美夜は二人の言葉をうんうんと何度も頷きながら聞いていた。
「まあ、前に本で見たブレインストーミングのルールをパクっただけなんだけど、実際あたしも守れてなかったわ。だって、今日話し合いのテーマとして趣味の話を提案したけど、その意図や目的をちゃんと言えてなかったもの。」
「いや確か言ってなかった?お互いの理解を深めるとかなんとかって。要は、初めて会議だからお互いの親睦を深めるとかそういったのが目的だったんだろ?」
祥二朗がそう言うと、美夜は少し難しい顔をしつつ首を横に振った。
「まあ勿論それもあるけど、それだけじゃないわ。その前にあたし言ったでしょ?人の行動原理にはその人の欲とか願望みたいなものがあるって。」
「はい、確かに言ってましたね。」
「でしょ?だからあたしは趣味の話を通じて、あたし達のリソースみたいなものが少しでも明らかになればいいなあと思ったのよ。」
「リソース?」
「そうよ。あたしね、さっきも言ったように色々ビジネス関連の本を読んだんだけど、ぶっちゃけほとんどよく分からなかったわ。なんかSWOT分析だのブルーオーシャン戦略だの色々あったんだけど、いまいちピンとこなかったの。だからあたしは見方を変えてみたわ。つまり、稼ぐよりもどうすればみんなと楽しく活動できるのかなって。それで思ったのが、みんなが好きなことや得意なこと、つまりそれをリソースっていうらしいんだけど、それをどうすれば商品やサービスに出来るのかを考えた方がいいんじゃないかってね。その方が小難しい理屈や理論を一から学ぶよりも楽しめそうと思ったのよ。」
美夜がつらつらと真剣に話し終えた時、一瞬教室内が静かになった。特に普段の快活な部分が目立つ姉のそんな姿に、祥二朗は驚きと共に戸惑いに近い感情も覚えていたのだった。そんな中、最初に反応したのは綾乃の方だった。
「・・・確かに、私もそう思います。正直、自分を変える為に頑張ろうという思いもありましたが、それと同じくらい不安もありました。だから、まずはみんなで楽しく活動すること。私もそれを目指したいです。」
綾乃の心からの言葉に、成り行きに近い形でこの部に入った祥二朗も頷いた。
「・・・そうですね、俺もどうせやるなら楽しみたいですね。」
祥二朗がそう言うと、それまで真剣な顔をしていた美夜がニヤニヤと含み笑いをしながら彼を横目で見ていた。
「・・・なんだよ。」
そんな姉に堪らず祥二朗が言い返す。しかし、美夜は変わらずにやけ顔をしたまま言った。
「いや別に。ついさっきは、楽しさだけなんて安直だとかなんだとか言ってたのに、結局は同意するんやなぁって思っただけよ。」
「いや、それは―――。」
祥二朗が美夜に反論しようとした時、なぜか綾乃が可笑しそうに笑いだした。
「ふふ、そう言えば、最初の方でも似たような話をしましたよね。楽しみながら活動方針とかを決めていこうとか。」
「・・・確かに、これじゃ今日の話ほとんど意味がなかったってことになっちゃいそうね。」
綾乃につられて、美夜も可笑しそうに笑いだした。そんな二人につられて、とうとう祥二朗も笑い始めた。
「ホンマやね。今日の話はなんやったんやろな。」
しばらくみんな可笑しそうに笑い合っていた。ただ、そんな中美夜が笑いながらも言った。
「い、いや、成果ならあったわよ。こ、これからの会議の仕方についてよ。」
「す、スタートライン。スタートラインの話やん。つまり、俺達はまだ始まってもなかったんやな。」
「そ、そうね。そ、それじゃああ、明日から本番よ!」
未だ少し笑いながらも美夜がそう宣言した。そんな姉に祥二朗は内心「大丈夫かよ」と思いつつも、彼も悪い気分ではなかった。