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ようこそ、アントレ部へ(再編)第二話

「ここです。」

弾む心を隠しつつ、祥二朗は少女に連れられて、売店とは逆の位置にある、南棟一階にあるネームプレートのないとある教室の前に立っていた。祥二朗は前に情報通である玲人から、ここは長く空き教室になっており、授業などでもほとんど使われることはなく、訪れる人もほとんどいないという話を思い出してた。

(こんな場所に呼び出して、一体何の用だろう。)

先程の少女との会話で、おそらく愛の告白などではないと思いつつも、もしかしたら、ここで言おうとしたことが先に言葉に出た可能性を内心、祥二朗は捨てることは出来ないでいた。その為、彼にはほとんど不安というものなく、こんな人気の無い場所で語られる少女の話に期待を膨らませていた。

ただ、そんな彼の期待はすぐに打ち砕かれることになる。

「ミヤさん、ただいま。連れてきたよ。」

「ミヤ」という言葉に、祥二朗は一気に嫌な予感が押し寄せてくるのを感じた。そして、嫌な予感というものは当たるもので、誰もいないと彼が勝手に思っていた中から、祥二朗の聞き覚えがある快活そうな少女の声が聞こえてきた。

「おっかえりーあやちゃん。よく頑張ったねー。お疲れ様っ!」

そんな声と共に、セミロングのスポーツカット姿の少女が「あや」と呼ばれた少女に飛びついてきた。そこではっきりとスポーツカットの少女の姿を見た祥二朗の予感は確信へと変化したのだった。

「あ、姉貴!?」
「よっ、祥二朗。来たわね。待ってたわよ。」

少女に抱きつきながら、祥二朗に手をひらひらと振って挨拶をしてきたのは、祥二朗の姉、坂東美夜だった。

「よっ、じゃねーよ。何してんだよこんな空き教室で。」
「何って、部活動の打ち合わせよ。今日から活動開始だからね。」
「部活?えっ、確か姉貴ってテニス部だったよな。でも確か今怪我して休んでいるんじゃあ?」

そう言って、祥二朗は美夜の足元に目を移す。そこには包帯で左足を固定している美夜の姿があった。

(この足でよくあの勢いで飛び出してこれたな。)

祥二朗は心の中でそう呟く。彼女からはただの捻挫だとは聞いていたが、相変わらずの運動神経に祥二朗は改めて感心するのだった。

「そうよ、だから辞めたのよ。」
「辞めたって何を?」
「テニス部。」
「・・・えっ?マジ?」

あっけらかんと言いのける美夜に対し、祥二朗は目を丸くした。

「あははっ、あんたなんて顔してんのよ。」
「いやそりゃ驚くだろ。だって姉貴、最後の大会だからってめっちゃ練習してたじゃん。」

美夜は祥二朗より二学年上。つまり、今年で高校三年生となっており、今年の夏の大会を最後に引退するはずだった。そして、その最後の大会に向けて猛練習をしていた結果、この足の怪我に繋がったと彼は聞いていたのだった。

「・・・まあそうね。そりゃあたしだって、自分的にも頑張ったし、未練がないと言えば嘘になるわよ。それにこの怪我も大会には間に合うだろうけど・・・。けどね。」

祥二朗の言葉に、始めは少しバツが悪そうな表情を浮かべた美夜であったが、すぐに真剣な表情を浮かべて言った。

「あたしは自分のせいでマナカに迷惑はかけられないよ。マナカだって、最後の大会だもん。彼女には、最高のパフォーマンスで大会に出て欲しいから。」

普段から明るい姉の真剣な面持ちに、祥二朗は何も言えなくなった。おそらく、部員達とさまざまな対話はあったことだろう。そのことは彼も当然察することは出来た。だからこそ、祥二朗はこれ以上自分がとやかく言う権利はない、そう思ったのだった。

「・・・まあ、姉貴が決めたんなら俺はもう何も言えんけど。それで、今度は何の部活に入ったん?見た感じ、文化部系?」
「入ったんじゃないわ。作ったのよ。」
「・・・作った?」
「そう、作ったの。はいここであやちゃん。部の紹介をお願い!」

これまで祥二朗達のやり取りを微笑ましいと言わんばかりに微笑みながら眺めていたあやと呼ばれる少女は、美夜の突然のフリに微笑みから一転、慌てたような表情へと変えた。

「・・・えっ、あっは、はい。私達は・・・えっと、なんでしたっけ。アン・・・アン・・・アント・・・。」

困ったようにアタフタしている少女。必死に何かを思い出そうとしているようだった。

「あやちゃん!頑張って!あなたなら絶対できる!絶対思い出すわ!」

そんな少女の隣で、美夜はどこかの元プロテニス選手のように熱い声援を送っていた。そんな二人を祥二朗は呆れたような顔で眺めていた。
そうしていると、少女がハッとした表情を浮かべると、またパッと華やぐような笑みを浮かべて言った。

「思い出しました。そう、私達はアントレプレナー部。通称アントレ部です。」

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