
ようこそ、アントレ部へ(再編)第五話
「はあ、つくづく男の性というものが嫌になる。」
あれから教室に戻った祥二朗は、席につくなりがっくりと項垂れた。
「どした?飲みもん買ってくるって言って、手ぶらで帰って来たかと思ったら、何?哲学?」
祥二朗が帰ってくるまで別の友人と話していた玲人が不思議そうな顔で訊ねてきた。
「そんな高尚なもんじゃねぇよ。」
祥二朗は頬杖をつきつつ、そっぽを向く。そんな彼に玲人は「ふーん」と気の抜けた返事をした後、興味を失くしたのか、今度は目を輝かせながら話題を変えてきた。
「まあいいけど、それよりさジロー。今日の放課後部活見学行かね?実はさっき、二組の坂元、そいつが勧誘に来てよ、新聞部なんだけど、そこにさ同じ二組の藍川って知ってるか?大人しいタイプだけど、隠れ美人ってことで密かに人気のある女子なんだけど、そいつが新聞部にいるんだって!俺、藍川ちょっと狙っててさ。だから新聞部、いいななんて思ってるわけよ。どうだ?」
少し前までの祥二朗だったなら、二つ返事で快諾しただろう。けれど、今の彼はそっぽを向いたまま、遠い目をしながら言った。
「悪い、実は俺部長になっちまったんだ。」
「・・・はあ?部長?どいうこと?」
玲人は目をぱちくりさせ、戸惑いの表情を浮かべた。そんな彼を横目で見た祥二朗は、乾いた笑いを浮かべた。
「まあそうだよな。意味分からんよな。俺だって意味分からんのやし。」
「なになに、詳しく話してみ?玲人さんが相談に乗ってやるけん。」
いつもと様子の違う親友に、玲人の溢れんばかりの好奇心がかき立てられたのか、彼は再び目を爛々と輝かせながら訊ねてきた。そんないつもと変わらない玲人に、祥二朗は苦笑いを浮かべた。そして、先程の出来事について、玲人に語り始めた。
「ふーん、なるほどなるほど。そんな部を作るなんてジローのお姉さんらしいな。」
小学校時代から何度もお互いの家へ遊びに言っていた玲人は、当然美夜とも面識があった。その中で、彼女のアグレッシブさを目の当たりにしていた玲人は、素直に感心しているようだった。
「ホントだよ。俺の知らん内にテニス部も辞めててさ、マジびっくりしたよ。」
「確かになぁ。それで?そのアントレプレナー部?については分かったけど、なんでジローはそこに入部することになったん?」
「言っただろ、姉貴に入部させられたって。」
「・・・嘘だな。」
目を逸らし気味に話していた祥二朗を、玲人は目を細めながらじろりと見ながら言った。
「な、なにがだよ。俺は嘘なんてついてないって。」
「確かに美夜さんは、強引な面もある。けど、基本的には相手の意志を尊重する人だってことくらい俺だって知ってる。だから、始めは強引な口調で誘ってきても、ジローが本気で嫌がったら諦めるさ。それに、俺は美夜さん以上にお前のことを知ってるつもりだ。だから、美夜さんに言われて入部したってことはお前の性格的にあり得ない。つまり、入部自体はジロー自身の意志で決めたはずだ。」
玲人は犯人を追い詰める刑事の様に、鋭い眼光で祥二朗を射貫く。図星を突かれた彼は、ただただ目を逸らすしかなかった。
「それにお前さっきここに帰って来た時、言ってたやん。なんか男の性が嫌だとか何とか。それはつまり・・・、ジロー、お前その部に気になるコでも出来たやろ?」
玲人の指摘に、祥二朗はピクリと身体を震わせた。そして、彼の顔はみるみるうちに赤くなっていった。
「うお、マジか!?どんなコ、どんなコ!?俺めっちゃ気になるわ!今日の放課後・・・は無理やな。坂元に今日新聞部見学しに行くって言ってしもうたし。でも、行く。俺、見に行くわ。まあ、心はもうほぼ新聞部やけど、絶対にその部見学しに行くわ。」
「や、止めろよ。見世物じゃないんやぞ。」
「いやいや、親友の彼女になるかもしれん人やぞ。俺がしっかり見極めてやるけん、安心せぇよ。」
「よ、余計なお世話や!」
その時、キーンコーンカーンコーンと昼食休憩の終わりを告げる鐘が校内中に鳴り響いた。
「お、チャイムや。じゃっ、俺教室戻るわ。今度、また話の続きを聞かせてくれよ!」
「あっ、おい。レイト!」
祥二朗は玲人に弁明しようと声を掛けようとするも、玲人は素早く弁当を手に取ると、風のように廊下を走り抜けていった。