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ようこそ、アントレ部へ(再編)第七話
「楽しさって、それはそれで安直過ぎん?」
祥二朗は呆れたような顔で言った。
「何よ、何よりも一番大切なことじゃない。だってことわざでもあるでしょ?好きこそものの物の上手なれってね。ねっ?あやちゃんもそう思うでしょ?」
美夜はスケッチブックを下すと綾乃に同意を求める。急に話を振られた綾乃は少し戸惑った顔をしたものの、すぐに顔を柔和な表情に戻して言った。
「そうですね。どうせなら私もミヤさん達と仲良く楽しくやりたいと思います。」
「ほら見なさい。祥二朗は違うっていうの?」
「いや、そんなこと一言も言ってないだろ。」
またニヤニヤと悪戯小僧のように笑いながら詰め寄る美夜に、祥二朗は慌てて首を振る。それと同時に、目の端でチラリと綾乃の方を無意識的に見た。そこには、少し微笑みながら二人を眺めている綾乃の姿があった。そんな彼女を見て、祥二朗は何故か胸をなで下ろしていた。
「・・・まあいいよ。活動の方針とか目標とかの決め方はそれでいいやない?でも、具体的にこれからはどんなことをしていくん?それは楽しさっていう抽象的な言葉では決めていけんだろ?」
「そんなことはないわよ?というか、あんたちょっと起業とかについて難しく考え過ぎじゃない?」
「はあ?そりゃそうだろ。俺、働いたことないし。それは姉貴もそうだろ?」
「まあ確かにね。でもね、想像することは出来るじゃない?それじゃああんた、将来どんな仕事をしたい?」
「えっ?い、いや、まだそんなん決めてないけど。」
「じゃあ、仕事を選ぶ時、どんなことを基準に選ぶ?」
「ええ?うーん、そりゃ給料が良いとか残業が少ないとか?」
現実的な弟の答えに、美夜は溜息をついた。
「まったく、夢が無いわね。まあいいわ。それじゃあなんで給料が良いとか残業が少ない方がいいの?」
「そりゃ給料が良いと生活も安定するし、欲しいものも買えるやん。それに残業とか拘束時間が少なかったらゲームいっぱいやれそうやん。」
「そう、それよ!」
美夜は突然、ビシッと祥二朗を指差した。指を指された祥二朗は、当然訳が分からず、困惑した。
「な、何が?」
「あたし思うのよ。人の行動原理とか目的とかには、その人の欲というか願望みたいなものがあると思うのよ。つまり、簡単に言えば「やりたいな」とか「なりたいな」とかこうワクワクするような楽しさが人を動かすには必要だと思うのよ。」
「は、はあ。だから?」
「だから、この部がどんな活動していくのかは、みんながやりたいことを出し合って決めていきます!」
美夜は自信満々にそう高らかに宣言した。美夜の宣言に二人は、どう返事をすればいいのか分からず、ぽかんとしていた。
「い、いや、それが出来れば一番理想だと思うけど。」
「そ、そうですね。正直、自分が何をやりたいのか自分でも分からないというか。」
しばらくして、ようやく口を開いた二人は、恥ずかしさからお互いの目は合わせないものの、お互い同意を求め合いつつ、未だ困惑していた。そんな二人に、美夜は変わらず得意げな顔だった。
「そんなことないわ。あたしが思うに、それはあやちゃんが言っているように、ただ分からないだけ。絶対、どんな人もやりたいこととかなりたいものがあると思うわ。だから、次はそれを見つけ・・・られれば一番だけど、お互いの理解を深める自己紹介も兼ねて・・・じゃんっ!」
再び美夜はスケッチブックを起こして、口で効果音を言いながら一枚ページをめくった。
「自分の好きなこと、趣味について。略して、趣味バナ!」