(小説)ようこそ、アントレ部へ~第一話~
「谷やん、おっす。高校でもよろくな!」
なんのイベントもなく、無事に学校へ到着し、駐輪場に自転車を駐めていると、小中と同じである友人の宇野将也が声をかけてきた。
「おっす、将也。こちらこそ、よろしく。お前も今来た所?」
「いや実はちょっと前に来てたんやけど、谷やんが来るのが見えたから、引き返してきたんよ。やっぱり、一人やと不安やん?」
基本的に明るく、面白いやつだが、若干人見知りだったりする。これは出会った頃から変わらない。だからこそ、お互い気の置けない存在で居続けられるのだろう。
「まあ気持ちはわからんでもないよ。やっぱ中学の時と違うしな。」
僕は将也に同調するようにそう言った。というのも、僕たちは都会の都の字には程遠いド田舎に住んでいる。その為、中学までは基本みんなほとんどエスカレーター式で幼稚園、小学校が同じだった者たちが同じ学校に進学することになる。けれど、流石に高校になるとバス通学になるような市内や周辺の町の学校へと散り散りになってしまう。
なので、基本的にはこれから同じ学び舎で過ごす学友たちとは今日初体面となるのだ。だからこそ、少なからず僕自身も緊張していないかと言われたら嘘になるからこそ、将也の気持ちは理解できた。
「それで?クラス分け見てきたん?」
僕がそう問いかけると、将也は少しバツが悪そうな顔をして、「まだ」と小さく答えた。
「出来るなら、谷やんと一緒がいいな。」
将也が少しはにかみながら言った。まあ、そうなったら僕もありがたいけれど、おそらくそれはないだろうなと僕は思っていたが、将也には言わず、ただ「そうやな」とだけ答えた。
なぜ僕が将也と違うクラスだと思ったのかと言うと、コイツは普段おちゃらけるような奴だけれど、基本的には超がつくくらい真面目君である。だからこそ、勉強はすごくでき、この高校にギリギリ合格した僕とは違い、コイツは満点近い点数で合格したと風の噂で聞いた。
そして、この高校には普通クラスと成績優秀者のみを集めた優秀クラスがある。したがって、僕は普通クラス、将也は優秀クラスに配置される可能性が高いだろうというのが理由である。
そんなことを考えていると、僕たちは新入生つまり一年生の昇降口前にやってきた。昇降口には僕らと同じ新入生がわらわらと集まり、何かを見ている。おそらくは、クラス分けの表が前に張り出されているのだろう。
「うわー、めっちゃ人おるやん。確認したらさっさと教室行けばいいのに。」
将也が人混みを見て、眉をひそめる。僕も「ああ」と相槌を打った。僕もコイツ同様あまり人混みが好きではない。まったく今はスマホという文明の利器があるのだから、こういったものは張り出し以外にSNSとかメールとかで周知してくれたらいいのに。
そう心の中で悪態を付きつつ、僕たちは人混みの後方から背伸びをしながら、目を細めて張り紙をを注視した。
「なあ谷やん、お前文字見えるか?」
将也が僕の肩に手を置きつつ、そう尋ねた。
「うーん、ギリギリ?」
「俺も・・・、おっ!とか言っとったらあったで谷やん、お前は1組や!」
将也にそう言われ、一組の名簿リストに目を向ける。確かに一組のリストの中には僕の名前があった。ただ、僕の予想通り将也の名前はなかった。
「ああ、谷やんとは別のクラスか・・・、残念やな。」
将也が残念そうにそう呟く。僕はそんな将也に「まあしゃあないな」という言葉を掛ける。もっとも、何度も言うようにこうなることは分かっていたので、正直しょうがないという感情はあまり感じないけれど。
そんなやり取りを軽くした後、今度は将也の名前探しを始めた。将也は一組の後、二組の覧に目を通しているようだったが、僕は優秀クラスの六組の方から探し始める。結果、これまた予想通り、すぐに将也の名前を見つけることが出来た。
「おい、将也。名前あったぞ。」
未だ二組の一覧を凝視していた将也に軽く肘でつつく。
「え?どこどこ?」
「六組。」
「まじか・・・、別棟やん・・・。」
先ほど以上に残念そうな顔つきで将也は言った。何というか、同じクラスではないというだけで、ここまで残念がってくれる友人に、僕は少しだけ感動した。
しかし、その感動はすぐさま泡のように消え去ることになる。
「あー、将ちゃんだ!」
突如後ろから間延びした甘ったるい声が聞こえたので、僕たちは声のする方へ振り向いた。するとそこには、僕たちと中学校が同じだった美濃実里がこちらに手を振っていた。もっとも、手を振っている相手は僕らではなく、将也個人だけだろうけど。
「おー!おっす、みのりん。」
将也は美濃さんの存在に気がつくと、軽く手を挙げて彼女に挨拶をした。将也と美濃さんは去年同じクラスだったということもあり、とても仲が良い。そう将也と美濃さんの二人だけはだ。何というか、僕も二人と同じクラスだったんだけど、おそらく美濃さんの交友関係の中に僕の名前がないことは確かである。
「あっ、三谷くんもおはよう。」
ほらこの取ってつけたような挨拶と苗字呼びが何よりも証拠だ。ただ、無視するわけにはいかないので、僕も「おはよ」と軽く挨拶をし返す。まあ、僕の挨拶を聞く前に、美濃さんはすでに将也の方を眩い笑みを浮かべながら見ていたけれど。
「ねえねえ、将ちゃんは何組だった?」
「ん?俺?俺は六組やけど?」
将也が六組だと言うのを聞いて、美濃さんの表情が更に輝いた。うわー、何というか分かり易いなあ。
「うそお、ワタシも六組!」
「まじで!うわ、よかったー、クラスに知り合いおって。」
二人はまるで僕がここにいないかのようにワイワイと盛り上がっている。まあ、去年もこういった疎外感を感じていたので、今更気にするようなことではないだろう。
「ねえねえ、将ちゃん!早く教室行ってみようよ。ワタシたちの新しい学び舎だよ!」
そんなこんなで二人は一通り騒ぎあった後、美濃さんは将也を僕から引き離すかのように、将也の腕をグイグイ引っ張りながら言った。将也は「おいおい、そんなに引っ張るなよ」と言いながらも、あまり抵抗をする素振りはないようだ。
「じゃあ、谷やん。またそっちに遊びにいくからな!」
そう言い残し、二人は僕の元から離れていった。二人がいなくなった後、僕はたまらずふうと深い息を吐く。
まったく、これだから人付き合いは苦手なのだ。別に僕には読心術のような超能力はないけれど、流石にこれだけあからさまな態度を取られたら、誰だって、僕が彼女に嫌われていることに気づくだろう。僕自身、彼女に特段何かしたわけではないのに、あんな態度をとられるのだ。やっぱりこういった理不尽な対応をされるのを避ける為にも人付き合いは必要最低限に留めるべきだと僕は改めて一人思うのだった。