「英気」が心配
仕事が指示待ち状態なのでユルユルと過ごしている今日この頃だ。しかし指示内容が決まった瞬間にアクセル全開で走らなければならぬので、あまりボンヤリしてもいけない。こういうときに求められるのは「英気を養う」というやつであろう。
英気。この語だけ取り出すと、ちょっと新鮮な感じだ。日本国語大辞典によれば、(1)人並みすぐれた才気や気性。(2)活動しようとする気勢。元気──とのことだが、用例は古典ばかり。じっさい、「英気を養う」以外で日常的に見聞きすることはまずない。「最近あいつ、英気モリモリだよな」とか「更年期だから英気が出ないのよ」とか言う人はたぶんいない。
また、こうしてあらためて眺めてみると、いずれおかしな俗用が生じかねない字面でもある。いま多くの日本人が「英」から直観的に思い浮かべるのは「イギリス」や「英語」だろう。「自分、これから英気を養います!」と言って、ロンドンや英会話学校で自録りした写真をSNSに上げる者が出てきても驚くには値しない。
なにしろ近頃は、「私情により授業を欠席します」などと教員に連絡する学生が目立つと聞く。私情の「情」が感情の「情」ではなく事情の「情」だと理解されているわけだ。性癖の「性」がほぼソッチの意味だけになりつつあるのは(嘆かわしいとは思うものの)まあ、わからなくもない。だが「私情」が「私的な事情」として使われていることには、かなり意表をつかれた。「性癖」と同様、これも本来の意味で使うことが躊躇われる言葉になるのかもしれない。
ともあれ、そんなわけだから、「英気」に(3)英国的な雰囲気(4)英語を身につける意欲──といった意味が生じても、驚きはしない。しかしそうなると、すでに心ある人々が「性質」「性格」「個性」「理性」「相対性理論」など「性」のつく言葉の未来を不安視しているのと同様、「英断」や「俊英」なども心配になる。人をバカにするつもりで「アメリカ大統領の決断なのに、こいつ〈英断〉とか言ってて草」などとツッコミを入れてしまい、「草はおまえだ」と総攻撃を受けて逆炎上する者が現れる前に、何か手を打っておかなくて大丈夫だろうか。まあ、とっくにネット上ではそんなことが起きているのかもしれないけれど。
以上、あまりボンヤリしてはいけないので、テキトーな文章を書いて英気を養ってみた。どうでもいいことであっても、手を動かして書いてさえいれば、何かをした気になる性分である。性分。