1995年ごろの最先端な話
その時私は大阪の郊外にある、さるスタジオにいた。目の前には真新しい最新のMacが鎮座している。
スペックは、
power pc 604e 200MHz メモリは256MBも積んでいる。
モニターもソニーのトリニトロン17インチだ。
スキャナも接続されて、これもエプソンの新製品。
わざわざ工事して引いた回線は今最速のISDN128kbpsだ。
装備は充実していて、私は満足だった。
1995年ごろの話である。
インターネットも毛が生えた程度の時代‥
デジタルカメラなど、RGBで三回シャッターを切るので、静物しか撮れないわ、数千万もするわの代物で、皆の失笑をかっていた。
そんな時代、スタジオにこの装備を持ち込んで何をしようとしていたのか?
この豪華絢爛な装備は「クライアント事情」でこんなことになったのだ。
まあ会社というのは「クライアントの事情」が無い限り、経費の「け」の字を言うことすら、はばかれるのがふつうだ。
しかし上得意がひとこと言えば、カボチャだって馬車に化けるのである。
そして今回のこの装備のミッションは、大阪のスタジオと東京のクライアントのデスクをつなぎ、ポラチェックをさせることだった。
ポラチェックをご存じない方にちょっと説明…
デジカメが当たり前の時代に、想像しがたい事かもしれないが…ポラチェックというのは、フィルムで撮影するとどのように写るかを本番の前にポラロイドフィルムで試し撮りをし、それをチェックするという結構重要な作業。
今はいきなり撮影して、後からモニターで確認しいいのを選ぶと言う逆のやり方ですね。
しかもネットに繋がっていれば、どんなに遠距離でもチェックは可能です。でも、その当時はスタジオの現場でないと当然無理な作業だったのです。
つまりクライアントの事情というのは、
東京から大阪へ出張するのが体力的にも精神的にもツライから、何とかしてくれ‥ということだったのだ。
もちろん現場はブーイングの嵐である。
スタイリスト、カメラマン、進行、皆が反対した。
「だって進行がメッチャ遅れますよ〜」
「普通でもポラチェックに時間がかかるし‥」
「現場のしんどさが分からんじゃないですか」
反対意見しかない。今風に言えば大炎上だ。もうこんな時はディレクターの強権発動しかない。
「やるっていったら、絶対やるの!」
まるで子供である。
そしてテストを兼ねた本番が始まった。。。
手順としては、
セッティングができアングルも決まった、
そこでポラを引く、
そのポラをスキャナで取り込み、画像データ化しISDNで送る。
それを東京で確認してもらい、
修正箇所や確認を取って
私がGOを出し
カメラマンがシャッターを切る。
という流れである。
確かに面倒な手間が多い‥まあ後は馴れだろうとタカをくくる。
第一便を送った。。。。
5分‥10分‥えらく答えが返ってこない。
心配になり連絡しようとした時、電話が鳴る。
「ハイあ、どうも。どんなもんですか?」
「え?拡大?ハア‥」
「あ、なるほど‥了解しました。」
「はい、はい、ではまた。。」
…なんと恐ろしいことに、
クライアントは、送ったデータをフォトショップのルーペツールで、目一杯拡大して確認していたのだ!
拡大し、時間をかけて丹念に画像をチェックし、「糸くず」がついてるから、それとっておいてね〜
というのが答えだったのだ。。。
これにはさすがに参った。
通常ポラチェックなぞ、ものの3分で終わるのだが、30分かかってしまった。。
敗因は分かっている。緊張感がないのだ。
現場で一緒になって撮影に立ち会っていると、スタッフの緊張感がビシビシ伝わってくる。
それに影響されクライアントも真剣にチェックするし、そしてクライアントを中心にみんなの集中力も高くなる。それが撮影立会いの良さであり、醍醐味でもある。
でも今通じているのは、頼りない、ISDNとかいう細い電線なのだ。
これでは緊張感は伝わらない。
この緊張感の無さは、スケジュールの遅延につながる。ピンチだ。しかし、このやり方はもう始まってしまったのだ。
あきらめるしかない‥ないのか‥
とその時、わが社の本部長がドヤドヤと乗りこんできた。彼は普段こんなとこへ来るような人物ではない。
しかし彼は新しいモン好きで、今まさに最先端の取り組みを行なっている現場が気になって仕方ないのだ。
なので珍しく「現場を見に行くぞ」と連絡があったのだ。
私はそのことをすっかり忘れていたのだ。
とっさに今朝何気なく「週間実話」をロッカーに隠した自分をほめていた。
いや、そんなことはどうでもいい。
予想以上に時間がかかっている、この状況の打開策を彼なら知っているかもしれない。なんせ、最先端で新しモン好きなのだから、ひょっとして‥
一応状況の説明をする。。フムフムと本部長。
「なるほど。それならな‥」
「何か手立てはあるんですか!本部長!」
「東京本部のT君に連絡してな、」
「先方のルーペツールを壊してもらいなさい」
あれから20数年経ったが、まだフォトショップのルーペツールの壊し方は分からない。