ダイハードなクリスマス
もう来週はクリスマスだというその日の朝、急に常務から指示が下された。
「今日午後イチでM不動産へ行ってくれんか?」
「は?なんでまた?」
M不動産といえば、クライアントの中ではごく普通のところだった。問題も少ないかわり、取り扱いはそれほどでもなかったはずだけど。
「いやな、うちのM不動産担当営業が忘年会の席で…M不動産の担当者をシメてしまいよったんや。」
「‥?」
「何があったか知らんけど、シメたらしいねん。」
「でな、今日な年始のチラシの打ち合わせがあるらしくてな、でも、この前シメたやつが、毎度!とか言うてノコノコ行かれへんし、誰も手がまわらんみたいやねん。で、キミに白羽の矢が立ったんや」
手が回らんのじゃなくて、手を回したくないんだろうがっ!
と心の中でつぶやいた。
ついでに白羽の矢に当たった鳥の映像が流れた。
当然、鳥は死んでる‥
「いちおうワシ(常務)がついていくけど、次が押してるから5分くらいしかおられへんねん。」
‥援護にならないだろうが、ないよりましか。。
ともかく、常務と現場へ急行することとなった。5分間の援護射撃は期待してもいいのだろうか?
しかし、まるで映画のダイハードのような巻き込まれ方だ。
オレはブルースウィリスかっ!
最近のブルースほどではないが、あのヘアスタイルには何かしら親近感を覚える。
ともかく、敵地へ一人で乗り込むヒーローと重ね合わせでもしないと、とてもこの現実は、精神的に対応できない。
「もうすぐクリスマス~なんで、オレはこんなとこにいるんだろ~♪」
たしか、ブルース扮するマクレーン刑事がこんな鼻歌を歌ってたと思う。
なんだかんだ言いながらも、クライアントの店の前へ着く。常務が先に入る、続いて私も入る。。。
「ま、このたびは誠に申し訳なく思う次第で‥」と常務。
「あ、で、あれ持ってきてくれた?」と担当者。
「‥!」
これ以上ない「しまった」という顔を私に向ける常務。。。
「あ、あれですな。ちょっと取りに帰ってきますわ!」
常務、直撃弾を喰らい敢えなく撃墜される。
援護射撃どころか、5分後には火だるまになって帰投。
まあ最初からアテにはしてなかったが、せめて、申し訳ない機銃か、この度は〜弾幕でも張ってくれれば、その場だけでも制圧できてありがたかったのに。
それでも始まる、この上ない重苦しい打ち合わせ
「ま、でも別に怒ってる訳ちゃうねん」と担当者。
「はっ」
「けどいくら酒の席でもシメたらあかんわなぁ?」
「はっ」
「しかも、「おまえんとこの仕事なんかいらんわ!」とまで言われたんや」
(オレが言いたい‥)
「でもさっきの常務が、来年もうちとこと仕事したいと言わはんねや。」
(火ダルマになる前やから言えたんや>常務)
「ちゅうことは、何でも聞いてくれはんねやろ?」
(キター!)
「と、いうアコギなことは言わんけどな。」
(ん?)
「でも、キッチリしてもらわんとな。」
(どないやねん!?)
というような、十字砲火を浴びせられつつなんとか、ほふく前進で(頭を上げずに這って進む)チラシの打ち合わせまでたどり着く。
いつもなら、途中からこちらのペースに引き込むのだけど、今回はそうもいかない。うまく攻撃を回避しつつ外堀を埋めてゆく。
「しかし、ちょっと甘いですな。」
打ち合わせの途中で担当者がふと口にする。
「ほ!?といいますと?」と私。
「いえ私ね、前は大阪で仕事してましたんや。」
「大阪でこんな事した日にゃ、進退問題でっせ」
なるほどである。。。
ここが突入ポイントだった。
「そうですわ!実は私も以前大阪でしてね‥」
「お、そうですか!」
「だからねぇ、ウチの会社自体ホンマに甘いなあっ…ていつも思うんですよ」
ちょっと反則気味の気もするが、これで敵の懐へ飛び込んだ。
最終的に、なんとか打ち合わせをまとめ上げ、ミッションは達成された‥しかし、案の定というか、これだけ難しいミッションをこなしながらも
評価はされない。
誰もが、できたら忘れたい出来事だから、仕方ないともいえる。
疲れきった身体で家路につく。
ドアを開けると、
息子が「とーちゃんおかえり」と迎えてくれる。
今日も仕事が終わった。。
少しほっとして、
息子の頭をなぜながらふと思った。
「今日のオレの仕事を、息子は理解してくれるのだろうか?」
追記:
あれからゆうに十年過ぎたが、この件に関して誰も何も言ってこない。
当然、得意先をシメた営業も…
私が戦地に赴いた時点で、みんなの頭の中では事件は終わってたのだ。。。