【特別対談】前金融庁長官 遠藤特別顧問 × 時田社長(後編)
ディーカレットの特別顧問に就任された遠藤俊英氏(前金融庁長官)と時田社長との対談。前編では、イノベーションと規制のバランスや、現状の業界の課題についてお考えを聞かせていただきました。後編では、課題のさらなる深堀りに加え、デジタル通貨と当社の未来についてのお話をお届けいたします!
- ディーカレット 特別顧問 遠藤俊英(前金融庁長官)
1982年東京大学法学部卒業、旧大蔵省(現財務省)入省。
1984年英国ロンドン大学に留学(経済学修士)。検査局長、監督局長を経て2018年7月に金融庁長官就任。2020年7月金融庁長官退任後、2021年4月よりディーカレット特別顧問に就任。
- ディーカレット 代表取締役社長 時田一広
1995年株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)に入社。2010年4月 常務執行役員・金融システム事業部長兼クラウド事業統括として、IIJのクラウド事業全体を統括。2018年1月より、株式会社ディーカレット代表取締役社長(現任)。
― 前編の記事はこちら
―(前回からの続き) アメリカでは驚くほど動きが早いとのお話がありましたが、それに対し日本は慎重で遅れがちな背景として、文化的な違いがあるのでしょうか?
遠藤:文化的な違いもあるし、当局と民間の関係性の違いもあります。日本では、明治維新は官から始まったので、官の言うことを聞かなければいけないという日本人のDNAがあります。アメリカは民間から始まっているので、官の仕事は民間のためにコントリビュートすることだという考え方です。日本は官の作った法律体系の中で粛々と行動するのが当たり前だと思っていますが、それは世界の常識ではないわけです。民主主義と言っても色々ある。なぜアメリカが早くて日本の方が早くないかというのは、アメリカでは法律の条文に書いていないことはできると思っているからです。だからどんどんやる。やりすぎなところは、後からルールで抑えていくのです。
日本では忖度して、書いていないことはやってはいけないと思っています。この条文の趣旨からするとこれもきっと禁止されているだろうと思って、自らやらないのです。規制当局にいた人間からすると、なぜチャレンジしないのだろうと思います。
銀行には業務範囲規制があって、書いてあることはやれる、書いてないことはやれないという考えです。いくらでも解釈できるのだから、自分で考えてどんどんやれば差別化できるのに、それをやらないから面白みがなくなった横並びの業界になっています。差別化できなければ競争できないので、民間としては致命的です。規制が強すぎて、規制の中でパイを分け合うことに安住しすぎています。自分で考えて自分でビジネスを作るということがなくなってしまったので、今の時代においては地域金融機関なども難しい状況にありますよね。
新しいベンチャーの分野は、条文に書いていないもので、新しい付加価値を社会に提供できるものだからやるべきだ!という志を持ってどんどんチャレンジすればよいと思います。
時田:1990年代までは護送船団と言われていた時代もありましたよね。民間業者は官の顔色を常にうかがっていて、怒られないようにやっています。そういうところがアメリカと日本の意識の違いかなと思います。民間でも、新しいことを勝手にやってはいけないのだろうと先に社内で案が潰されている実情はあるだろうなと思います。
― 関連して、海外取引所と国内取引所では、法規制の違いから様々な違いがあり、海外では可能でも国内では実現できないこともあると思いますが、それについてはどのようにお考えでしょうか?
遠藤:金融というものは本来グローバルな取引なので、普通はグローバルに収斂していきますよね。暗号資産に関してはそれぞれの国の規制によって違いますが、例えばアメリカの場合、州の規制と連邦全体の規制があり、おそらくステーブルコインなども初めは州で認められたのです。
時田:ステーブルコインの担保を預かる銀行も、日本でいう地方銀行ですね。
遠藤:アメリカは規制当局がたくさんあり、州と連邦の二段階の規制なので、日本と全然構造が違っています。普通は規制当局がたくさんあることは金融業界にとっては不利なのですが、ステーブルコインの場合は、連邦が厳しくても認めてくれる州があるのでそこで発行する、ということができる。
多様なものにチャレンジする土壌がアメリカにはあったのかなという気がします。アメリカは規制に書かれていないことはどんどんやり、デファクトができてしまう。そうして出来上がったものに対して調整をする形なので、日本もアメリカと同じようになるのはなかなか難しいです。
アメリカがどうやっているかを観察して、技術革新において重要なことであれば日本でやるためにどうしたら良いかを考える。当局も、それについて規制がないのであればやってみていいですよと民間に促すくらいのイニシアティブが必要なのではないかなと思います。
― 当社でもデジタル通貨フォーラム等、デジタル通貨の実現に向けて取り組んでいますが、そのハードルとしてはどのようなものが考えられますでしょうか?
時田:現在の規制には、デジタル通貨については書かれていないので、まさに我々がデジタル通貨フォーラムを通して、規制を変えていく必要があります。
デジタル通貨の発行方式として、アメリカでは法定通貨建ての暗号資産の一種とされるステーブルコイン、日本では電子マネー(前払い式・資金移動)など色々なものがあります。中央銀行デジタル通貨には、色々な方式の可能性があって、いま世界でやっと始まってきたような状況なので正解はありません。
中国など国家が力を入れて取組んでいる国もありますが、従来先進国と言われていたような日本・アメリカ・ヨーロッパなど、金融のインフラを作ってきたような国からすると、中央銀行が必ずしもすべてのサービスを提供するのではなく、民間でできるはずだから民間が始めていくことが重要です。
デジタル通貨は発行することが目的ではないので、発行したデジタル通貨をどうやって使うのかという点がデジタル通貨フォーラムで一番意識しているポイントです。ユースケースを中心に議論してきて、現在はそれぞれの業種・業態ごとに分科会を作って、代表する企業に参画し、主導してもらい、我々はそこに対してプラットフォームを提供するというスキームでやっている取組み。デジタル通貨により今までとどう変わるのかを概念実証して、実際にこう変わるのだと確認することが重要です。
■デジタル通貨フォーラム全体会第1~2回のご報告
https://about.decurret.com/pressrelease/pr-20210209-forum-report1.html
■デジタル通貨フォーラム全体会第3~5回のご報告
https://about.decurret.com/pressrelease/pr-20210616-forum-report2.html
時田:民間主導で50社以上が集まり、オブザーバーとして各省庁に、アドバイザリーボードに有識者の方に入っていただいている、この取組みは世界でも先進的なものです。
一方、どういう法律のもと発行するのか、発行された通貨のセキュリティの問題、期待される品質の高さなど、確かに色々なハードルがあるかと思います。
遠藤:デジタル通貨フォーラムに参加させていただき、今の段階からこれだけ多くの業態が各分野のユースケースを協議して、協力して未来を作っていこうとする取組みは素晴らしいと思っています。
民間が何かを立ち上げようとする時、汎用性を持った仕組みにしないと将来広まらないことは、頭ではわかっていても実現できない。だから自分のお客さんだけを囲い込んでサービスを提供する形になって、案の定広まらずビジネスとしては成功しないのです。だから、最初からみんなに参加してもらう試みは素晴らしいと思います。
あとは、ユースケースを具体的に作れるかどうかが難しいと思います。会社を相手にしている場合はコストが安いからと合理的判断で移行されますが、一般の個人はそうではなく、惰性がある。銀行のシステムに乗っかっているところから、新しいものにあえて乗り換えることは、個人にとっては面倒くさいというハードルがあります。そういうものの積み重ねですから、社会が大きく変わるというのは、そういうものを乗り越えるだけの、「これは素晴らしい!面白い!」という魅力がなければいけない。
便利さやコストの安さだけでは、個人ベースの社会の大きな変革は起こりにくいと思うので、そこをどういう風に作っていくかがすごく重要です。たくさん議論されているユースケースのうち1つでもいいので、今までの社会になかった、絶対にみんなが関心を持って取組むだろうというユースケースを、デジタル通貨を使って実現する。それが始まってしまえば、他のところでも使えるのだなという風に広がっていくと思います。
ディーカレットの皆さんと話をさせていただいて、素晴らしいレベルのエンジニアが揃っているのですから、今、技術的な面で課題があっても、時間があれば克服できると思うのです。出来上がった技術を社会にいかに実装して広げていくか、広い意味で誤解を恐れずに言えば、マーケティングが必要だという気がします。
時田:みんなが乗りたくなるような魅力。最近のイノベーションで例えるとスマートフォンのようなものですね。AppleのiPodという音楽プレーヤーに電話機能がついたら使ってみたいよねと、世界中の人が思ったということですよね。それで一気に普及した。デジタル通貨でも、こんなことができるなら使ってみたいなと思わせることですね。
― そういったハードルを乗り越えた先でデジタル通貨が社会に根付いていくと思いますが、将来像としてどうなっていくのが理想とお考えでしょうか?
遠藤:デジタル通貨がどう変容するかはわかりませんが、だからこそ今に集中して議論を深め、将来良いものを作っていくことに尽きると思います。逆説的に言うと、デジタル通貨だけに集中しているとデジタル通貨は伸びないと思うのです。デジタルな空間が広がっていくと、手段としてデジタル通貨は必ず使われるようになります。デジタルな社会をいかに拡大するかに尽きると私は思います。
時田:仰る通りですね。デジタルな社会がなければデジタル通貨は必要なくなってしまう。
遠藤:そうなんですよ。日本の場合は偽札が作れない精密な現金があれば十分だという風になってしまいます。
時田:デジタル通貨が日本でまだ盛り上がらない一つの原因は、デジタル化に疎くなっているというところですよね。日本のデジタル化に対する弱い部分がコロナ禍で顕在化したとも言われています。それぞれの現場の方も大変だとは思いますが、社会全体としてちょっと疎いですよね。
キャッシュレスサービスはたくさんあって、使おうと思えば今すぐに使える。ただ、チャージをするにも、心配な方は銀行からお金をおろしてATMから現金でチャージする。そうして欲しいと思って作られたサービスではないにも関わらず、「仕組みがよくわからないから、心配」というのが一般の方のデジタルに対する認識です。こういったところから変えていかないと、デジタル通貨が出てきても、よくわからない新しいものがまた出てきたという風に捉えられてしまいます。
法人が合理的判断でデジタル通貨システムの導入に動いても、社内でその業務をする人たちのリテラシーが上がったり、個人の方が使ったりしなければ、デジタル通貨自体も使われるようにはならない。
デジタルの整備が進めば進むほどデジタル通貨が求められます。デジタル通貨フォーラムでも話が進んでいる分科会は、デジタル分野への取組みが早い。業界を代表するトップ企業が、既にそこに着手していて、ここまで作ったから決済手段としてのデジタル通貨が欲しいと具体的なリクエストが来ている状態なので、実装が早いのです。
遠藤:仰るような形でデジタル社会ができていくのだと思います。個人も法人と同じように経済合理的に考えてデジタル通貨の方が便利だと判断することが必要だし、それを伸ばしていかなければいけません。
それと共に、社会が大きく変わり相転移が起こるためには、こちらの方が便利・有益だということだけではなく、面白い・楽しいという要素が必要で、それにより人間はどんどん前のめりになっていくと思います。
デジタルの分野でそういうことが起こっているのはゲーム業界だと思っています。ゲームの世界では、メーカーがデジタルに関する色々な技術開発をしていて、サンドボックス化されています。この技術は社会的に実装できるかもしれないけれど、とりあえずはゲームに入れてみるという形です。ユーザーはそれを面白いと受け止めているので、広まり得ると思います。
社会に必要なユースケースはたくさんあるけれど、これをやると面白いなという要素のユースケースがあり、それが支持されると、ブレイクスルーするためのキラーコンテンツになり得るのではないかと感じます。
遠藤氏は2020年11月よりソニー株式会社のシニアアドバイザーを務めている
時田:普及する時はみんなが使いたがるので、確かにそういうものがぐっと出てくる必要がありますね。例えば、90年代半ばまでは固定電話が主流でしたが、携帯電話が出てきたとき、みんな使いたいと思っていましたよね。顕在化した途端に一気に購入された。爆発的な普及のタイミングというものがありますね。
遠藤:そう考えると時代も一気に変わりましたよね。
時田:私は1995年にIIJに入社しましたが、当時はまだインターネットって何?という時代で、毎日のようにインターネットについて教えてほしいという電話が殺到していました。あの頃まではパソコンも何に使うのかよくわからなかったし、ワープロを家庭で使うことも年に数回しかなかった。インターネットが出てきてみると、色々なことができるようになり、今から後戻りはできませんよね。
コロナ禍では、オンライン会議を毎日何時間もやっています。社会情勢の結果ではありますが、刺激があって一気に普及する。こういったインパクトが必要なのかなと思いますね。
遠藤:ちょうど先日、大学3・4年生に向けて講義を行いました。私は1982年に社会人になった。ワープロから始まり、インターネット、iPhoneと、これだけの技術革新があり仕事をする景色もどんどん変わっていきました。将来こんな風になるなんて、社会人になったときには全然想像できなかった。最初は手書きで清書していましたからね。ワープロが出てきてすごいなと思ったらすぐにパソコン。つい数十年前のことですが、若い人たちは想像もできないでしょう。
これから社会に出るにあたって、将来どうなるかを色々と想像し、夢を持って仕事に励むということはもちろんやってほしいです。しかし、将来良い時代になったら力を尽くそう、今は苦しいから諦めようということはやってはダメです。「今が全てで、今全力を尽くすことで将来が変わるのです」、というメッセージを伝えてきました。
想像以上に変容するので将来のことはわからないのです。自分の社会人生活を翻ってみても、ここに至るまで全くわからなかった。社会人になったときは、日経平均株価が39,000円に向かってどんどん上がり、国債金利が8%の時代ですよ。
時田:住宅ローン金利も、今は30年でも総額が1~2割しか増えない。当時のローンは2~3倍になるものでした。そのくらい経済成長して、給与や物価も上がっていましたね。
私が働き始めたころは部署に1台ワープロがあり、共有のパソコンがありました。みんな使い方がわからないので事務の方にお願いして、ワープロで書類を作ってもらっていましたよ。今は逆に手書きで書類を書くこともないですよね。ものすごく時代は変わりましたね。
遠藤:本当に、そう思います . . .
― 様々な観点からお話をお聞かせいただきましたが、あっという間にお時間となってしまいました。最後にディーカレットに対してコメントをお願い致します。
遠藤:時代はデジタル化に向けて大きく変容していると思います。すごいスピードで変容している中で、デジタル通貨・暗号資産が極めて重要な役割を担うのは必至です。それに向けて新しい付加価値を提供しようというのがディーカレットの目的で、社会的にも重要な課題だと思います。世の中を引っ張っていくミッションを達成すべく、私も参画させていただいています。ただ、やるべきことは目の前の課題を一つ一つ全力で解決していくことです。みなさま、一緒にやっていきましょう。
長官時代のお話しから規制とイノベーションについて、さらには海外事情やテクノロジーの進化まで、幅広くかつ深いお話しを聞くことが出来ました。
ディーカレットでは、「あらゆる通貨と価値の役割をデジタル化し豊かな社会創りに貢献する」ことをビジョンとし、今後も邁進して参ります。
引き続き、どうぞご期待ください!