第二十四話 “種田・十河時代”に、孫文が最後の来日
復興局で暴発寸前の十河信二を、鉄道省に呼び戻したのは、仙石貢である。仙石は、大正十三年の六月に、加藤高明内閣の下で鉄道大臣に返り咲いていた。
十河信二は、経理局長。このとき種田虎雄も門司鉄道局長から呼び戻され、運輸局長に抜擢されている。震災復興輸送に獅子奮迅の大活躍を見せた種田も、わずか地震発生二か月後の十月には、門鉄に飛ばされていた。出る杭は打たれる。そうとしか言いようがない。
ともかくも鉄相仙石貢の下で、俗に「種田・十河時代」と呼ばれた官鉄の黄金時代がはじまる。ここでは、仙石とのエピソードをそれぞれ一例ずつ紹介するにとどめる。
まずは、十河信二。
加藤内閣の旗印は「緊縮財政」であった。仙石鉄相も着任早々に鉄道予算の大幅削減にとりかかり、建設費を筆頭にバッサバッサと七割近くを削ろうとする。もちろん各局から猛反対の声があがったが、「大臣命令!」の一声で切り落としにかかる。猛反対の大嵐はますますその勢力を増す。十河経理局長は、その矢面に立たなければならない。
あるとき、鉄相が経理局長を呼び出した。
「おい、十河。大蔵省に行って次官に削減案を報告して来い。大臣にはオレが説明する」
もちろん、削り過ぎであった。こんなに予算を削ってしまっては、列車も満足に走れない。十河経理局長が大蔵省に出向くと、次官のほうが心配顔でこう聞いてきた。
「そんなに予算を削減して、無事に輸送できるものかね。君の意見はどうか」
「もちろん、無理です。輸送に支障をきたします」
「そうだろう。大蔵大臣に会って、君の意見を話してみたまえ」
そのまま大臣室に通されたので、浜口雄幸大蔵大臣直々に千石案の無理無謀を説いた。
「……君の意見が正しいのだろうね。そこまで緊縮すべきではない。仙石鉄相には自分から話しておこう」
と、浜口蔵相。
数日後、十河は仙石に呼び出された。
「馬鹿者! 貴様、使者の役目をなんと心得ているか!」
と、いきなり大雷が落ちる。
「浜口大臣に自説をブッたというではないか!」
「省議と私見を分けて説明いたしました」
「それがいかんというのだ!」
「では、なぜ、経理局長の私を使いに出したのですか。蓄音機の役割なら書記でもつとまります!」
「ふざけるな!」
「まじめでございます!」
仙石はますます声を荒らげ、十河も負けじと吠える。大臣室では上からと下からの雷が激しく交錯して、廊下まで轟きわたった。
「大馬鹿野郎! 浜口にはオレから話すと、あれほど言ったではないか!」
「うけたまわりました。しかし、局長には局長の責任というものがあります。大蔵大臣に意見を求められれば、お答えすべきでございましょう。それが不都合だというなら、今後、一切、使者の役はお断りします!」
「よし、わかった!」
と、最後は仙石がニッコリと笑った。
「……さがってよい」
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