ある日突然もう一人の妻が現れたら・・・(13)
元同僚の離婚も気がかりだが、一人になると自分の家庭の問題のことで
頭がいっぱいだった。
知りたくなかったはずなのに、夫とあの女との接点が気になって仕方が
ない。
仕事で女性と関わることはあまり考えられない、ボランティアの空手道場に
来ている女性は生徒の母親だ。
夫は男子校出身で人見知りだから、女友達もいなかった。
見たくはなかったが、夫のSNSをチェックすることにした。
夫も私もSNSはほとんど更新することはなかった。
出会った当初はSNSのメッセージ機能を利用していたが、付き合うように
なってからは、直接連絡が取れるからSNSで繋がる必要もないと思い互いにフォローを外した。
『サカグチ カズキ』と検索すると、一覧でたくさん同姓同名のアカウントがでてきた。
スクロールしていくと、夫のものと見られるアカウントがあった。
当時と同じプロフィール写真だった。
それは、夫の実家で飼っていた犬の写真。
『マメ』という名の柴犬だ。
夫のアカウントを開いた。
プロフィール写真だけの、相変わらず何も投稿していない状態だった。
ただ友達の多さだけが気になった。
夫はそんなに友人が多くないはずなのに、200人近く友達がいた。
なにも投稿していないアカウントにしては、不自然な数だ。
友達の一覧を表示すると、そこには女性のものとみられるアカウントが
いくつもあった。
『サキ@シンママ』『ハルカ@シンママ』そういった類のアカウントが次々と並んでいて、ゾッとした。
この中にあの女もいるのだろうかと思いながらも、夫への拒絶感が上回った。
あの女以外にもいるのかと、それ以上はもう一覧を見るのをやめた。
検索履歴からも消した。
夫の隠れた本性を垣間見て、私はもう一緒に暮らせないと思った。
でも、娘はどうなる。娘にとっての父親は、一人しかいないのだ。
離婚したとして、私のパート勤務の給料と夫からの養育費で娘を育てることはできるのだろうか。
離婚したら、夫は養育費をちゃんと払ってくれるだろうか。
あの女に上手いこと言い包められて、夫の給料を取られたら終わりだ。
嫌な予感がした。とっさに席を立ち上がりカフェを後にした。
私は、近所にある夫の実家へと向かった。
今は義母が一人で住んでいる。
インターホンを鳴らすと、「はい、今開けます。」と義母は言った。
ドアが開くと「メグミちゃん」と罰の悪そうな顔をした義母がでてきた。
「突然すみません。ちょっとお話ししたいことがあって。」
「どうぞ上がって。」
「お邪魔します。」
家に入り、ドアを閉めた瞬間
「メグミちゃん、ごめんね。うちの息子が、どうしようもない。本当に申し訳ない。」と義母が謝った。
「知ってたんですね。いつからですか?」
「半年くらい前かな。あの子に話があるって言われて。なにかと思ったら、
もう1人子どもができたって。」
「私てっきり、メグミちゃんに2人目ができたのかとばかり…。そしたら、
違う人だって聞いて。」
「私もあの子がなにを言っているのか、なにを考えているのかもさっぱりわからなくて。本当にごめんなさい。私はメグちゃんの味方だから。」
「でも私にはなにも話してくれなかったんですね。存在を知ってたのに。」
「それは、夫婦のことに私が口を出すのはどうなのかと思って。あの子にはちゃんと話し合いなさいって何度も言ったわよ。」
「昨日の夜、もう1人の妻だと言って女が子どもを連れて家に来ました。」
「……。」義母は思わず絶句した。
私がパニックを起こしたときと同様に、義母は膝から崩れ落ちた。
その音に反応してか、部屋にいた猫が「ニャー」と声を出した。
「もう私は以前のように一緒に暮らせる気がしません。でも娘のことや生活のことを考えると、どうしていいのやら。」
「離婚して養育費をもらえる保証がないというか、もう信用できなくて。」
「それは私がちゃんと払わせる。いくらなんでも、あの子はそこまでどうしようもない子じゃないわ。」
「こんなことになるなんて、本当になんと言っていいのやら。申し訳ない。
でもあの子、メグちゃんと離婚することは考えてないと思う。」
「それに可愛い孫に会えなくなるなんて耐えられないわ。」
私は返す言葉が見つからなかった。
「そろそろ、娘を迎えに行く時間なので失礼します。ありがとうございました。」
「メグちゃん、またエミちゃん連れてきてね。」
私は軽く会釈をして、その場を後にした。
保育園に娘を迎えに行った。
パートを早退したはずなのに、気づいたらいつもの迎えの時間と同じに
なっていた。
保育園に着くと、娘は帰りの準備をしていた。
先生が「お帰りなさい。ママ、ちょっといいですか。」と教室の外に呼ばれた。
「ありがとうございます。なにかありましたか?」
「エミちゃんいつもよりなんか食欲がないみたいで、もしかしたら熱が出るかもしれないので、今週末は家でゆっくり過ごしてください。」
「わかりました。ありがとうございました。」
風邪ではない、精神的なものだ。
支度を終えた娘が「ママ〜!」と笑顔でこっちにやってきた。
「せんせい、さようなら。」と言い、保育園を後にした。
自分の家に帰るのに、家路への足取りが重く感じた。
夫と顔を合わせるのがつらい。
でも今後のことを話し合わないといけない。
家のドアを開けると、玄関はもとの3人の靴だけが置かれていた。
ちゃんと出て行ったかとほっとしたが、玄関の隣の部屋のドアが閉まっていた。
換気をしようと思いドアを開けると、そこにはまだあの女たちの荷物が置かれていた。
もう無理だと思い、私は実家に電話した。
「もしもし。急で悪いんだけどさ、今週末エミと遊びにいってもいい?」
「いいけど、珍しいね。泊まっていくなんて。」
「エミがおばあちゃん家に泊まりに行きたいって言ってたからさ。」
「わかった、楽しみにしてる。じゃあ、また明日。」
「うん、よろしく〜」
「エミ、明日はお母さんと2人でおばあちゃん家にお泊まりに行くよ!」
「えー、ほんと?やったー!パパも来てほしかったなあ。」
「今度ね。明日は2人だけだよ。」
娘とそう話していると、玄関のドアが開いた。
振り返ると、夫とあの女たちがスーパーの袋を手に立っていた。
「ただいまー、今日はみんなでパーティーにしようと思って。」と夫が
言った。
娘がそれを聞いて「イエーイ!」と騒いだ。
私はもう勝手にしてくれという気持ちだった。
そっちが出ていく気がないなら、こっちが出ていくしかない。
これが最後の晩餐だ。
元同僚のユカに連絡した。
「早速で悪いんだけど、会うの明日でもいい?」
すぐに既読になり、「いいよ」と返ってきた。
「久しぶりにあの店行きたい。」
「私も全然行ってないから、行きたい。」
「おっけー、また明日!」
実家の母に、メッセージを送る。
「明日は元同僚のユカと会うから、朝エミを連れて行きます。
夕方には戻ります。」
「わかった。」と母からすぐ返信がきた。
私は実家に泊まりに行くための、荷造りをした。
自分の分と、娘の分。
もちろん、娘の大切な『妹』も連れて行く。
夫とあの女は料理を作っていた。
女は赤ちゃんを抱っこ紐でおんぶしながら。
男の子が居心地悪そうに、キッチンの近くに立っていた。
私とエミはいつもどおり先にお風呂に入ることにした。
湯船に浸かると娘が「おともだちとあそんでもいい?」と聞いてきた。
私は「いいけど、向こうは遊びたいと思っているかわからないよ?」と
少し厳しいことを言った。
娘はしょんぼりしながらも「ブロックはすきかな」と言っていた。
お風呂から出て、髪を乾かした。
リビングに戻ると、男の子がすみっこで遊んでいた。
娘が「これでいっしょにあそぼうよ」と言ってブロックの箱を出した。
男の子は母親と私の顔色を伺っていた。
子どもは悪くないとわかっていても、笑顔になれるほど心は広くなかった。
テーブルには次々と料理がならんだ。
知らない女と夫が作った料理を信用して食べるほど私はバカじゃない。
料理は揃っている様子だったが、私は自分と娘の料理を簡単に作った。
ダイニングテーブルには椅子が4つしかないので、私と娘と夫が座った。
リビングのローテーブルにあとの3人は座った。
娘があの女の作った唐揚げや餃子を食べたそうに見ていたが、夫と向こうの
子どもが食べるのを確認してからでないと怖くて食べさせられなかった。
「先にお母さんが作ったの食べてからね。」
特に会話をするわけでもなく、ただただ気まずいだけの食卓だった。
娘が「きょうはしずかだね。」と小声で言った。
赤ちゃんの泣き声だけが響いた。