ある日突然もう一人の妻が現れたら・・・(8)
クリスマスの朝、娘は目を覚ましてすぐに枕の側に置かれたプレゼントに
気がついた。
「わーい!!!サンタさんきてくれたよ!」
「良かったね!」
「どんなプレゼントかな!?」
「開けて、見てみれば?」
娘が袋に結んであるリボンを引っ張ると、袋の口から人形の箱が見えた。
「えー!!!このおんなのこ、かわいい!」と娘は目を輝かせて喜んだ。
「みて!パパ、ママ!かわいいおんなのこだよ!」
「本当だ!良かったね。」
娘は朝ごはんを食べるのも忘れ、人形のお世話に夢中になって遊んでいた。
「ミルクのみましょうねー」と付属の哺乳瓶を人形に飲ませたり、お着替えをしてベットに寝かせたりしていた。
「気に入った?」と聞くと、「このこ、エミのいもうとなんだ〜」と娘が
嬉しそうに答えた。
もし2人目が生まれたら、娘の世話と赤ちゃんの世話をどうしようか心配だったが、娘は赤ちゃんの世話を積極的にしてくれるかもしれない。
娘が赤ちゃんに嫉妬して、寂しい思いをしないかなど勝手に心配していた。
娘のほうがすでにお姉ちゃんとしての自覚が芽生えているのかもしれないとこのとき思った。
夫は仕事に行き、娘もようやく朝ごはんを食べた。
そのあと、娘は時間を忘れて人形のお世話をしていた。
午後になり、「そろそろお買い物に行こうか。」と言うと、
「ママ、あかちゃんもつれていっていい?」と娘が言った。
「あかちゃん、一人じゃまだお留守番できないもんね。」
「うん!かなしくてないちゃうよ。」
娘は自分のリュックに人形を入れ、人形の顔だけ外に出した。
赤ちゃんをおんぶしているつもりなのだろう。
近所のショッピングモールへ行った。
ここなら、チキンもケーキも買えるからだ。
クリスマスということもあり、人も普段より多かった。
「人が多いから、手を繋ごうね。」と娘と手を繋いだ。
「あかちゃんだいじょうぶかな。」
「大丈夫だよ、エミの背中でねんねしてるから。」
娘用に骨なしのフライドチキンと、大人には骨付きのチキンを買った。
人が多く、ぶつかった拍子に娘のリュックから人形が落ちた。
「落としましたよ。」と2人の子どもを連れたお母さんが渡してくれた。
「すみません、ありがとうございます。」と声を掛けると、その親子は
会釈してスタスタと歩いて行った。
「拾ってもらえて、良かったね。」と言い、娘のリュックの中に入れた。
エミと同じくらいの年齢の男の子に、まだ1歳にも満たない赤ちゃんを抱っこしていた。
1人で2人子どもを連れてこの人混みで買い物していることに感心した。
ケーキ屋に着くと「パパのおしごとのとこみにいきたい!」と娘が言った。
「たまには、パパのとこ行ってみようか。」と会社の人たちに焼き菓子を、
それとクリスマスケーキを買った。
夫の仕事場は、自宅とショッピングモールの間にありちょうど帰り道だ。
外から覗くと、夫と先輩たちの姿が見えた。
「お疲れ様です。」と扉を開けると、先輩が「おーう!」と言った。
娘が「おかし、かってきたよ〜!」と言うと、「ちょうど15時だから、休憩にしようか!」と先輩が言った。
事務所の小さい冷蔵庫にケーキを入れ、コーヒーを淹れた。
娘には、先輩が近くの自動販売機でジュースを買ってくれた。
「エミちゃん、大きくなったね〜。」
「エミ、きょうね、いもうとつれてきたよ!」と言って、
リュックから人形を取り出してみんなに見せた。
「わあ〜、本当だ!かわいい。」と先輩は満面の笑みを浮かべた。
娘が1歳のときにも夫の職場に顔を出したが、そのときは娘の人見知りが
激しくずっと泣いていた。
今ではそのときのことが嘘かのように、普通に話している。
しばらく談笑し、洗い物を済ませて帰ることにした。
「エミちゃん、またね〜!」「メグちゃん、お菓子ありがとう。」と言って、先輩たちはまた仕事を始めた。
夫が「ケーキ忘れてるよ。」とケーキを手に歩いてきた。
「帰りに持って帰ってもいいけど、そのとき忘れるかもしれないからさ。」
「確かに。」と言って、ケーキを受け取った。
「ありがとう、エミまた後でな〜。」と夫は手を振った。
家に帰ってからも、娘は人形をお風呂に入れたりと世話に夢中だった。
夜ご飯のときも空いている椅子に人形を座らせたり、もちろん寝るときも
一緒だ。
「相当、気に入ったみたいだね。」
「ずーっと一緒だったよ。」と笑った。
娘も成長している、夫も仕事を頑張っている。
焦る気持ちとは裏腹に、私はなかなか仕事が決まらない。
子どももなかなかできない。
そうして時間だけがただ流れていった。